さらばリスボンの街
旅の最終日です。リスボンからマドリードまでの帰路は700キロです。突っ走れば6時間たらずですが、老人は食事やコーヒータイムだけではなくトイレ回数も多いので7時間か8時間のドライブになります。時差があるので、リスボンを午前9時に出発してもマドリードの時間ではすでに午前10時です。スペインの夕飯時間(夜9時です)までに戻りたいのですが遅くなってもノープロブレムです。
カゼは治りましたが寝坊をしました(なぜ旅に出ると寝坊をするのか?)。僕が起きたときには友達はすでに着替えを済ませていました。先に朝食に上がって貰い(レストランは最上階です)、僕が席についてから地図を広げました。マドリード着の希望時間を友達と話し合い予定通りに着いたら日本レストランで夕食(で釣った訳ではありません)だぁ、となりました。話がまとまったら出発です。
僕の荷物は友達に頼み、レストランからフロントへ降りてチェックアウトをしました。フロントにはいつもの親切なおっさんの代わりに女の子二人でした。一人はスペイン語も話す女の子で、私が車を玄関へ持ってきます、とガレージへ降りてくれました。残った女の子はどこから見てもブラジル人(100%)で、スペイン語は上手ではありません(レアルのロナルド程度です)。でも気になっていたホテルの名前について彼女に聞きました。
(僕)このホテル、昔は違った名前じゃなかった?
(ブラジルの女の子)ええ、そうです。昨年ボヤが出て今年リニューアルオープンした時に名前から全てが変わりました。
これで僕がマドリードから電話をしても通じなかった訳も、部屋は隅々までピカピカでモダンなのも分かりました。
ロッシオ広場
(ブ)宿泊はいかがでした?
(僕)場所が便利だしサービス(ウエルカムフルーツや花やワインから頼んだ雑用まで)も良かったのでまた来ます。
(ブ)有り難うございます。次回は割引をします。
僕は割引券でもくれるのかと思ったら、ブラジル女の子がパタパタとパソコンを叩いて、
(ブ)ヤマダ様を顧客リストに登録しましたので、いつでもいらしてください(後日メールでそのサービス案内が届きました)。
話の弾みとは言え、また来なくてはいけなくなりそうです。車を取り行ってくれた女の子ですが、ミニバンはシートが高いのでしきりにスカートの裾を気にしていました。チップを渡したら恥ずかしそうに喜んでくれました。荷物を積んでさらばリスボンですが、教えてもらったホテルからの出路はさながらジェットコースターでした(45度の坂を下り終わったらヘアピンカーブ)。でも、大通りに出たので、あとは来た道を引き返すだけです、楽勝です。
左手の遠方には来た時に渡った赤い橋が小さく見えます。あれを渡ればあとはスペインへは一本道です。ところが進めども橋に出ません。僕は方向音痴ですが、右に曲がるか左に曲がるかくらいは分かります。左に曲がる標識は現れず道なりに直進を続けています。道路標識には来た時の国道の番号が出ません。友達もおかしいと気づきました。
観光タクシー
マップを引っ張り出したら、このままではヨーロッパ大陸の最西端のロカ岬まで行ってしまいます。ロカ岬は夕日鑑賞の観光スポットで有名ですがまだ太陽は頭上です。日没観賞は巨大なオレンジを半分に切ったマドリードの夕日で十分です。どうやら来た時にくぐった地下トンネルを再びくぐったのが失敗のようでした。帰りは地上のロータリーを通るべきだったようです。やはり、ネットのミシュランガイドで帰りのルートも確認すべきでした。詰めが甘かったです。
ノートパソコンもスマホもWi-Fiを払ってまでは使わないだろうとマドリードに置いてきました。ガラケー一丁で来ました。せめてナビ(イベリア半島はカバーです)を引っ張り出してセットすべきでした。仕方ないので、料金所でスペインへ行く道を聞きました。
次の出口でおりて「リスボン」標識に従ってUターンして下さい。OK。
それにしても、ポルトガル有料道路の料金はいい加減です。このミツビシは○○?と僕の知らない車種を聞かれたので適当に答えたら、料金が半額に下がりました(ということは反対もありえます)。次の出口で降りたら避暑地風の村でした。再び有料道路に戻れましたが、有料道路を用もないのに行ったり来たりしていたら、その無駄金でビールが飲めます。
料金所で再び払い、スペインへ戻りたいのでぇ~す、と叫んだら、ルッタ・スル(ルート南)の標識に従ってくださぁ~い、と返ってきました。そのルッタ・スルに入ったら、頭上の標識に国道の番号がずら~と並んでました。地元の人は国道名で分かるけど、ガイジンには国道ナンバーではないでしょうか(くそ~)。結構時間をロスしましたが、やっと橋を渡れました。来た時はガタガタとうるさいと罵った橋の音が天使の奏でるハープの音に聞こえました(旅のあと隣人から新しい橋があるのを教わって、ガックリ)。
ガラガラの高速道路をひたすらスペインへ、東へ向かいました。国境を越えた時は我が家へ戻ったようにホッとしてガラケーをオンにしました。最初のガソリンスタンドで給油をしました。マイナーなスタンドで聞いたことのない名前のガソリンを売っています。きっと大手よりも安いのでしょう(スペインではガソリンはオープン価格です)、ポルトガルの車も給油に来ています。コンビニも兼ねたレジは田舎のスーパーですが、どう見ても薄汚い倉庫です。ポルトガルからスペインへ戻ると汚い国だなぁ、と思います。
坂道だけじゃなくて階段もあり
バルでアイスコーヒーを飲みながらトイレ休憩です。友達に運転を代わってもらい、僕は寝ました。これならスタンドでビールを買えばよかったです。緑が多かったポルトガルの車窓が黄土色の景色になりました。炎天下なので刈り取られた麦畑は風に吹かれると銀色の波のように輝き、海のようです。スペインに戻れば何があっても大丈夫、と言う安心感は心地よい眠りを誘いました。起きたらちょうど昼時なのでドライブインへ入りました。朝食を食べすぎたうえに座りっぱなしです、軽くつまむ程度にしました。
このスペイン高速5号線(ポルトガル街道)は比較的平坦なのでスピードオーバーをしがちです。うっかりするとスピードメーターは140や160です。周りは建物も看板も木もないあけっぴろげの荒野なのでスピード感覚がありません。そんな老人が運転するミニバンを追い越していく車はきっと若いドライバーでしょう、大方はポルトガルナンバーです。時速200キロ近くなのであっという間に小さくなります。
時速120キロが“一応”制限スピードですが意味不明(僕には)に時速100キロの区間があり、必ず頭上に“ネズミ捕り”の白いカメラボックスがあります。良心的と言うのか「レーダー設置」の電光パネルが必ず出ます。こうしないとスペインではスピード違反の罰金は無効になります。交代で運転をしながらひたすらマドリードを目指しましたが市内に入る手前で帰宅渋滞に巻き込まれました。反対車線も金曜日の夕方なので週末を郊外で過ごす車で渋滞でした。にっちもさっちも行きません。旅の最終ステージのノロノロ運転にはうんざりします。
大道芸人とテラス
家に着いた時はリスボンから8時間ちょっとでした。まずは台所で冷えたビール、次に シャワー、いざ日本食です。もう運転はしたくないのでバスで街中へ行きました。日本レストランで、まずはビールで無事に戻った乾杯をしました。4泊5日で走行距離は2000キロでしたが事故もなく車の故障もなしです。クーラーをガンガン回しながら高速道路を走りっぱなしだったので、エンジンにはご苦労様です。古くなってもさすが日本車です。久しぶりの日本食なので冷ややっこ、焼き鳥などをつまんで、鉄火丼を食べました。地中海マグロが山盛りでした。あまり飲んではいないのでバルで一杯ひっかけようと思いましたが友達は眠そうな顔なので大人しく帰宅しました。