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アメリカ人の信じるもの

 アメリカの小中高では進化論を教えない学校が多いという。なぜなら、キリスト教にある「神が人間を創造した」という考えに矛盾するからだそうだ。少なくとも、私たちが住むコロラドの田舎町、グランドジャンクションでは、進化論を大学などで学んで知っていはいても、信じたくない、受け入れられない、という人々が予想以上にいるようだ。
 そういった人々の信条は、仏教や神道、あるいはキリスト教でも、その教えの中に通じるものがあれば、あるいは状況に応じて、また便宜上の理由で、ある程度受け入れることができる日本人の柔軟で朗らかともいえる宗教観とは、大きな隔たりがあると言わなければならない。
 一神教であるキリスト教の信者にとって、同時に他の宗教も信じることは、多数の夫や妻を持つのと同様、不道徳なことであるらしい。(キリスト教のなかでもモルモン教では一夫多妻を認めているので、この例えは適当ではないけれど。)そういった背徳者は地獄に落ちるのだと言ってはばからない人々が、少なからず存在する。同じ一神教であるイスラム教の国々と激しく対立するのは無理もない話しかもしれない。
 一方、キリスト教の信者にとって、いつでも宗教が、あるいは属する教会が、自分たちを守ってくれるという安心感があるという。たとえば知人の大学生が、両親ともに同じ時期に亡くして心配していたことがある。その少し後、意外に元気そうにしている彼と出会ったとき、彼はこんなことを言っていた。教会とそこに属する社会が、彼とその兄弟を、精神的にも実質的にも救ってくれたのだと。
 自由で、いろんな価値観が共存するといったアメリカのイメージもあるが、それは、一部の都市部における話にすぎない。ひとことでアメリカといっても、海岸沿いと内陸部、都市部と田舎、あるいは西と東など、地域によって人々の生活スタイルや信条はずいぶんと違う。
 もちろん個人差はあるが、一般的に、海岸沿いの都市部には異文化に寛容な人々が多い。特に西海岸では、東洋文化もかなり浸透していて、禅などの精神世界など、多くの人々の価値観に影響を与えている。一方、内陸部に行くと、キリスト教文化が根強く、他の宗教や文化を受け入れられないという人々が多い。また、同じキリスト教であっても数え切れないほどの宗派があり、お互いに対立していたりする。そして、アメリカの大部分を占める内陸部、特に中西部では、未だ開拓時代の剛健で頑固な精神を忘れない人々が、その価値観を大切に守り続けている。
 この夏、サンフランシスコからグランド・ジャンクションに越してきて3年が経つ。二つの対照的な街に暮らし、そこに住むさまざまな人々との出会いは、多くのことを教えてくれたと思う。そしてこの夏、この街を去り、再びサンフランシスコに戻ることになった。日本が近くなったようでほっとするものの、この国を支える多くのアメリカ人の潜在的信条を垣間見ることができたのは、この街グランド・ジャンクションだったかと思う。

(Copyright(C)FUMIYO.Y.SUGITA サラダボウルの国アメリカ第9話 YIFA MATE 2009年7月号 )
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コメント
 
 
 
おぉ〜お帰りなさい (狼少年)
2009-07-04 13:01:31
サンフランシスコに戻れるんだ。

お仕事、変わったの?
 
 
 
Unknown (fumiyo)
2009-07-05 14:19:14
サンフランシスコの近郊、バークレーあたりに住むことになりそうです。
 
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