良い子、悪い子、こまりん子

幼児教育20余年。多くの子ども達を育て、ママ達の悩みに耳を傾けてきました。辛口アドバイスも含め、子育ママ達にエールを!

まいっちゃうなあ、お母さん!

2007-06-30 00:24:46 | こまりん子、こまりんパパママ
 先日、デパートのスポーツ用品売り場でお買い物をし、何となく、同じフロアにある子供服売り場をのぞきながら歩いていました
 今ではすっかり大人になった我が子。でも、子供服売り場を歩いていると、ミニカーを手に持ち、売り場の隅の方のスペースで無心に「ブーブー・・・」と言って走らせている息子、私に手をひかれ、立ち止まると私の顔を見上げてニッコリ笑う娘の姿・・・が浮かんできます
 いつのまにか・・・いえいえ、あれから、本当にたーくさんのことがあって、20年近くの歳月が流れ、現在に至ったのですが、今でも私は、毎日の生活のいろいろな場面で、二人の我が子が幼かった頃のことを懐かしく思い出します

 さて、そんな感慨にふけりながら歩いていると、売り場の一角で、若いお母さん達が6,7人かたまって立っているのが見えました
 む?何なのかしら?そう思って近づいてみると、そこには幼児のための知育教室のようなものがあるらしく、たまたまその時間は、教室の一つのクラスが終わり、先生が輪の真ん中で、お母さん達を相手に、クラスの解説、お子さま方の様子をお話しになっているようでした

 私はちょっと興味があって、少し離れたところから、様子を見ることにしました。すると、先生の声がはっきりと聞こえてきました

  「○○ちゃん、今日はとっても上手にできました お返事も元気に出来ましたし、お行儀も良かったです
  「△△ちゃん、今日はおしゃべりが多かったです 何度も注意したのですが、なかなか聞いてくれませんでした お母さんからも、注意をしてください
  「□□さん、お話しは聞けていましたが、理解は不十分でした もう一度お母さんが、きちんとお家でみてあげてください

 先生のお話は続きました
私は、もちろん、誰が○○ちゃん、△△ちゃん、□□ちゃんのお母さんかは知りません。
 しかし、先生が一人の子どもの様子を話し終わるたび、私はそこにいるお母さん達のうち、誰が○○ちゃんのママなのか、どの人が△△ちゃんのママなのか、瞬時にわかってしまうのです
 なぜって?
 それは・・・ 我が子を誉められたお母さんも、少々叱責されたお母さんも、何とか冷静に先生の話を表情を変えずに聞き終わろうとしていながら、実際には、明らかに顔色が変わるからなんですね
 誉められたお母さんは、思わず笑みがこぼれそうになるのをこらえ
 注意を受けたお母さんは、ほんの少しですが眉間にシワが寄ってしまう
 
 集団の中で、我が子が評価される・・・平常心で聞くことは本当にむずかしい
 そして、もっと平常心ではいられない時間、それは、その先生のような「第3者」の評価を踏まえた上で、我が子にそれを伝えたり、注意したりする時でしょう
 よほど、冷酷か?超無関心か!人間のできたお母様でないかぎり・・・
  「○○ちゃん、今日は先生がとってもあなたのことを誉めてくださったわよ ママはうれしかったわ」だけでは終われないものです
   「○○ちゃん、今日は先生がとってもあなたのことを誉めてくださったわよ。ママはうれしかったわ
 のあとに、大抵は続いて言います

  「そう言えば・・・△△ちゃんは、今日、おしゃべりをしてたんだって?何度も注意されたけど、ちっとも言うことを聞かなかったって、先生は怒っていらしたわ。あなたは、そんなことしちゃダメよ
 のようだったり・・・

  「ねえ、△△ちゃん、今日、ママは先生に叱られたわよー あなたったら、おしゃべりばっかりしていたんだって?○○ちゃんのママなんか、ずっとお利口だ、お行儀よかった、って誉められてたのに。ママはすごーく恥ずかしかったんだから やんなっちゃう
 とか。

 本来、きちんと伝えるべきこと・・・
それはどちらかと言えば「小さく」て、「少ない」
 そして、ママの気分に関することは「大きく」て「多い」んですよねえ
 本当は、なんでその教室に通わせたのか?いつの間にか、そういう根本的なことは忘れられてしまい、親の面子や満足度ばかりが先行する・・・
 
 こんなふうに親のおもちゃにされる子どもは、大変ですねえ、ほんと

知育ばかり、では寂しい・・・

2007-06-21 10:35:00 | つぶやき
 今年、大学2年の娘・・・ 
数日まえ「ねえ、ママ。リアちゃん、入院させて」と言ってリビングに入ってきました。手には2匹のくまのぬいぐるみ ベージュのほうがファミちゃん 白いほうが(実際には、グレーになっているのですが)リアちゃんです

 娘が生まれた時、私の母の友人が、お祝いに来てくださる時の手みやげに、この2匹のぬいぐるみを、長男である私の息子のために持ってきてくださったのです
 ぬいぐるみ好きだった当時3歳になりたての息子は大層喜び 大事に抱っこしていました。
 しかし、チラリとすやすや眠る妹を見て・・・女の子のほうのリアちゃんは、やっぱり妹にあげようと、ベビーベッドで寝ている娘の横に寝かせ・・・
 その日から、ファミちゃんは息子の、リアちゃんは娘の大親友になりました
 さすがに、小学校に入ってしばらくして、息子は断腸の思い?!で、ファミちゃんを娘に委ね、ファミちゃんとリアちゃんは、揃って娘のベッドで寝るようになったのです

 この19年の間に・・・ファミちゃんとリアちゃんは、何度も「ママの病院」に入院し、手術をしてきました
 主人のインドネシア赴任中も、幼稚園児の娘は、必ずリアちゃんを伴って訪イしていましたので、リアちゃんはバリのビーチも、世界遺産のボロブドゥールも知っている国際派
 しかし、19歳のリアちゃんは、あちこち、生地が切れたり、薄くなったり、穴があいたり・・・ そのつど、娘はドクター・ママに大事な大事なリアちゃんを委ねてきたのです
 今では、かなりの部分がアップリケ状にフェルトで補強され、丁寧に洗ってきましたが、やはりもとの白さには戻りません

 私は、大きな手芸店に出向き、いろんなものを見て回り、ファミちゃん、リアちゃんの手術に最も適したものを選び、今回も深夜の3時間の手術を施し、めでたく退院させたのでした

 娘が、大口をたたいて大学に登校した後、私は窓を開けたり、ちょっとしたものを娘の部屋に届けたりするために、彼女の部屋に入ります。
 すると、必ず、ファミちゃんとリアちゃんは、彼女のまくらの上に寄り添って並び、きちんと寝かせてもらっています 時には、まくらの上にちょこんと並んで座っていることもあり・・・
 生意気な口をきき、不機嫌な様子で出かけていく娘の様子を思い出し、あの彼女が、どんな顔をして、どんな様子で、ファミちゃんとリアちゃんを寝かせたり、座らせたりして部屋を出て行くのか・・・と、ちょっと心が和みます

 先日、あまりにボロボロになった2匹のお洋服の替えはないかと、渋谷のデパートのおもちゃ売り場に、何か良い案はないか、と探しにいきました。
 というのも、10年ほど前までは、2匹のお洋服は、ちゃんとそのメーカーから数種類販売されていて、昔は、彼らはいろいろとお洋服を着せ替えてもらっていたのでした
 しかし、メーカーに事情を話し、全国の店舗に在庫は残っていないかと探してもらったのですが、それも叶わず・・・
 今回は苦肉の策で、そのメーカーの乳児用の下着にアップリケなどを使って手を加え、退院と同時に、新しいお洋服に着替えさせました

 先日、そのデパートのおもちゃ売り場、子ども服売り場で、じっくりとお話しをする機会に恵まれました。
 私が探しているもの、その事情などを説明すると、あちこちの売り場の方が親身に、いろいろなものを探してくださったのでした。
 そして、ベテランの売り場の方がしみじみと語られたこと・・・

「最近は、知育玩具的要素のあるお人形しか、あまり売れないのですよ。むしろ、ぬいぐるみは小さい子どものものではなくなり、もっと大人に近い女性の『カ~ワイイ~』という対象になって・・・でも、きっと、抱っこしたり、ねんねさせたりというような、昔のようなかわいがられ方はしていないでしょうね 
 ここのところ、人形としての売れ筋は、お人形が声を出して数を数えたり、日にちを言ったりするような、そういう系統のおしゃべりをするものなんです 着替えも、単純に着せ替え人形としての意味ではなく、ボタンをはずす、止める、スナップを止める・・・みたいに、将来、幼稚園受験に役立つようなものを探すお母様達が増えまして・・・ 上手くは言えませんが、私は長年おもちゃ売り場にいて、時代の流れを感じています そして、どこかで、カサカサとした空気しか流れなくなったおもちゃ売り場を、とても寂しく感じているんです・・・」

 話しの成り行きから、私が自分の仕事を話したので、この方は、日頃はお客様には語られないようなご自分の思いを、敢えて語ってくださったのだと思いました

 日にちを話すお人形、数を数えるお人形ですか・・・
今日が何日なのか?確かに、二度と来ない「今日」ですから、知らないで過ごすよりも、今日一日を大切に過ごす、という意味でも、知っているほうが良いに決まっています
 数も、人が生きていく上では、とても大切な分野です。日頃の生活の中で、自然に身に付けばすばらしいですね

 でも・・・やっぱり私も、このベテランの店員さんと同様、ちょっと心寂しいものを感じずにはいられませんでした

 小さなものを愛しむ心・・・それは、お人形遊びからのみ、培われるもの、育つものではありません。
 小さな花、小さな虫、生き物、そういう小さなものすべてと関わることから、育っていく心でしょう
 しかし、やはり昔は、特に女の子の場合は、「もの話さぬ人形」を相手に、時には母として、時には姉として、いろいろなことを語り、世話をすることで、育ったいった部分も多いはず
 また、父親や母親に叱られた時、お人形を相手に自分の悲しい思い、理不尽に叱られた?腹立たしさを話し、人形に癒されたことも多かった・・・

 そんな、子どもと人形、子どもとぬいぐるみとの「優しい時間」を、もっと子どもにとっての心育つ豊かな時間として、理解してもらえたら・・・と、悲しいほど感じました

 きっと、ママ達にも、そんな時間があったはず・・・ではありませんか?

彼岸花 と らっきょ

2007-06-14 22:08:31 | 良い子、良い親!
 大阪にいる実家の母とテレビを観ていると、お料理番組の中で「らっきょ」の話題になっていました
 
 私には、らっきょにはほろ苦い思い出があります 結婚してから毎日、私は毎晩違うメニューの夕食の支度をして主人の帰りを待ちました。もちろん、当時の主人はまだまだ若手で忙しく、毎日自宅で夕食をしていたわけではないのですが、たとえ遅くても自宅で夕食をする、という時には、とにかく、大学当時から下宿し、就職の後も寮暮らしだった主人に、少しでも家庭料理を食べさせてあげたい・・・という思いで、がんばってたんですねえ、ふふふ

 一貫校に在学していた私には大学受験の必要なく、進学もすでに決まっていて、高3のわりには気分的にはリラックス そんな私ですから、ほぼ毎日、仕事で忙しい母の替わりに夕食の支度をしていました
 そのおかげで、結婚が決まっていた時には、すでにお料理に関してはベテラン?! あり合わせの材料でお料理を作る、というような主婦修行にも慣れていましたので、毎日違うメインディッシュ・・・というのは、それほど苦にはならなかったのでした
 
 しかし、とうとう3ヶ月ほどすると、メニューも底をつき、いよいよカレーライスの登場、となりました
 実家では、カレーライスの薬味は、あまり用意はしませんでした 絶大な威力を誇っていた父が嫌いなものは、絶対に食卓にはのぼらない・・・と、私の実家では、暗黙の了解事項だったのでした
 ですからきっと、父は福神漬もらっきょも、ちっとも好きではなかったのでしょうね カレーと一緒に出されることはありませんでした

 けれど、新婚3ヶ月目の私としては、何となくカレーのテレビのCMのように、オシャレなガラスの小皿などに入ったらっきょ、福神漬、ピクルス等、是非、出してみたかったのです
 私は、いつものスーパーではなく、いそいそと漬け物専門店を訪ねました そこにはいろんな種類のらっきょがあり・・・私が迷っているのを目ざとく見つけたらしい店主は・・・
 「奥さん、らっきょ、ですか?そりゃあ、うちの自慢の黄金らっきょにしてくださいよ 騙されたと思って。おいしいよー カレーにはぴったり

 何だか、すべて見透かされているように思った私は、何とはく気恥ずかしく、進められるがままに、奮発して「店主お薦め黄金らっきょ」を買いました 
 いくらだったかは忘れましたが、とにかく、100グラム入れていただいて、「おいくらですか?」と聞き、満面の笑顔の店主に「○○円です」と言われた時、卒倒しそうになったことを今でもよく覚えていますから、きっととんでもなく予想をはるかに超えた金額だったのでしょう・・・

 じつは、この話しには傑作な?悲しい?落ちがあり・・・
  「今日はとうとうカレーなんだけど、あの駅前の由緒正しそうなおつけもの屋さんで、らっきょを買ってきたんよ」と、CMさながらのガラス小皿を食卓に出した時、主人がひと言。
  「ぎゃー、僕、らっきょ、嫌いやねん

 これがマンガなら、きっと、4分の1ページくらいに私の大写しの顔が描かれ、その横に「ガーーーーンッ」と書かれた吹き出しがあるでしょうね。
 ・・・そんなことを思いながら、私はほのぼのと両親のそばで番組を観ていました
 
 すると、急に思い出したらしく、唐突に母が唐突に話し始めたのでした

  「あのね、彼岸花、あるでしょう?あの彼岸花を、ぎゅっと引っこ抜いたらね、らっきょのような根っこがついてくるんよ、知ってる? 
 私、初めてその根っこを見た時、ものすごくうれしくてねえ。『いやー、らっきょがこんなにたくさん咲いてるんやあ』って思ったの あなたのおばあちゃんは、ものすごくお料理が上手で、何でも手早く、おいしく作る人でね・・・らっきょや梅干し、梅酒など、みんなものすごく上手に作る人やったんよ 
 この時期になると、私はいつも、母親の横で、いろんな話しを聞きながら、らっきょの株を一つ一つにわけて、皮を剥いて・・・って手伝って、らっきょの甘酢漬けを漬けたもんよ 
 せやから、彼岸花の根っこを見たとたん、私はすぐに思ったの 私がたくさん彼岸花を採って帰ってあげたら、きっと母親がものすごく喜ぶなあって、ってね ほんまは、彼岸花が咲く頃には、すでにらっきょは漬けは終わっているわけやけど、そんなことは子どもやから、すっかり忘れててね・・・
 とにかく、暗くなるまで、一生懸命に彼岸花を摘んで、抱えるほど持って帰ったん。『お母さん、ただいまー、らっきょ、こんなに採ってきたよー、もう買わなくてもいいんよー』ってね。
 そしたらおばあちゃん、にこにこ笑って、あたまをなでなでしてくれてねえ・・・『トミちゃん、残念やねえ。これはね、彼岸花で、らっきょとは違うんよ せっかく採ってきてもらったのに、悪いねえ。』やって。
 私は、なんか悲しくなってねえ・・・ これがらっきょと違うんやったら、せっかく咲いてた彼岸花をこんなにたくさん採ってしまって、彼岸花にも悪いことしたなあ、と思ったし、何だか恥ずかしかったしね・・・
 そしたらね、おばあちゃんが、言ってくれるの。『大丈夫、大丈夫。明日の朝、ちゃんとまた近くに埋めてらっしゃい あなたがらっきょと間違ったのは球根やから、元通りに埋めてやったら、ちゃんとまた芽を出すよ、心配せんでも大丈夫 きっと、また来年、あなたが埋めたところに、ちゃんと花を咲かせるから 来年は、一緒に見に行きましょね』ってね。おばあちゃんは、私が感じてたこと、みんなお見通しやってんよ・・・

 「明くる日、私は朝早くに起きて、彼岸花の球根を元の場所に戻しにいったん そしたらね、ちゃんと、次の年、おばあちゃんが言うたように、そこはまた、たーくさんの真っ赤な彼岸花が咲いてね・・・ 私、ものすごくホッとしたもんよ
 狭山(梅田の高層マンションに引っ越す前に住んでいた場所の名前)のお庭にも、いつからか彼岸花が咲くようになってでしょう?あれは、庭に来る野鳥が、種を運んできたか、野鳥のフンから芽が出たか、どちらかやと思うけど
 あのお庭の彼岸花、私は大切にしてたんよ なんで(どうして)って、彼岸花を見たら、私はいつもおばあちゃんのことを思い出してね・・・
 49年間で、初めて聞く話しでした。

 確かにそう言えば、引っ越しするまでの家の庭に、たった4,5輪ですが、毎年、彼岸花が咲いていましたね・・・
 咲き始めたのは、私が結婚してからでしたが、たまたま秋に帰省すると、手入れの行き届いた庭には不釣り合いに見える真っ赤な彼岸花があり、それでも妙に松の緑にマッチして、凛と咲いていたのを覚えています・・・
 あの彼岸花を愛でながら、私の母はいつも、自分の母親との思い出を、懐かしく思い出していたのですねえ・・・ 今はもう、さら地になってしまい、庭の木々もすべてなくなってしまった、と聞いた、昔の家の庭をあらためて思い出しました
 そして同時にあの鮮やかな赤い花を思い出します

 花を愛する心・・・食を大切にする心・・・それは、母から娘である私に受け継がれた心だと思っていましたが、じつはもう一代遡った祖母から私へ、脈々と受け継がれている大切な心なのだな、と実感しました
 
 奈良県の奥のほうの町に、自分の息子の家族と暮らしていた母方の祖母とは、残念ながら、私は子どもの頃からそれほど頻繁に顔を合わせることはありませんでした
 私にとっての祖母は、常に穏やかで、いつも上手に和服を着こなす小さなおばあちゃん・・・
 しかし、これからは私も、らっきょと彼岸花を見るたびに、その多才だった祖母のことを思い出すでしょうね・・・

 母も、穏やかな笑顔で料理番組を見ていましたが、きっと心の中では、母親のことをたーくさん思い出していたのでしょうね
 
 私は、たんぼのあぜ道で、一心不乱に彼岸花を摘む「幼い母」の姿を想像しました・・・

遅れない、忘れない

2007-06-04 23:26:13 | すてきパパママにご提案
 昨日の日曜日、教室の卒業生で、現在小学校1年生の子ども達と、お母様方でお食事をしました
 昨年の10月までは、毎週、教室で顔を合わせていた子ども達とお母様方
 約半年ぶりに勢揃いしたわけですが、ほんのわずかの時間、ちょっぴりまわりの様子をうかがっていただけで、その後はまたすぐに、当時のように仲良し 子どもらしい笑い声を聞かせてくれました

 どんな時も、楽しい時間はあっという間にすぎてしまいます また是非次の機会に・・・と名残惜しい気持ちで別れました
 毎年繰り返されることではありますが、集まり、そして散じて人は変わっても、こういう時間は私にとっての至福の時間です

 さてさて。そんな充実感を感じながら、深夜に着信メールをチェックしていると・・・見事に、昨日集まられたお母様方から、昼食会のお礼のメールが届いていました 
 さすがの私も、この「タイミングを外さない」お礼のメールに唸りました 何てすばらしい・・・感動でした

 物事には、まさに「タイミング」があります
 それが蕎麦なら、伸びないうちの食べる・・・
 スープなら、冷めないうちにいただく・・・

 ですよね。伸びても、冷めても、蕎麦は蕎麦、スープはスープであって、決してその本質が変わってしまうわけではありません しかし、実際には、本来のおいしさが半減したり、作り手の心をも台無しになってしまう・・・ですね

 詫びを入れたり、お礼を述べたりするのも、全く同じ、でしょう
 ちょっと遅くはなったけど、詫びは入れたのだから、とか。
 会ったついでとは言え、一応、お礼は言ったのだから、とか。
これでは、本当は意味をなさないことが多いものです。しかし、世の中の多くの鈍感な人、ルーズな人などは、その事をそれほど理解していないようです

 「ああ、楽しかった 連れていっていただいて、本当に良かったねえ ○○さんのおかげで、こんなに楽しい時間を過ごせたね 有り難かったあー」と、どんなに内輪で話していても、実際に「○○さん」に対して、その嬉しかった、楽しかった、という思いと、感謝の気持ちを伝えなければ、○○さんには何も届きません。
 
 多くの人は、○○さんに伝えよう と思いつつ、心では十分に感謝をしながら・・・
  ついつい明日にしよう、とか。
  あさってにお目にかかるからその時にしよう、とか。
  お電話では失礼だから、近日中にお礼状を出そう、とか。

 こんなふうに「ちょっと後回し」にしておきながら、気づくとすっかり忘れてしまう、先延ばしになって、今さら気の抜けた炭酸飲料のように味気なくなったものを、どうしようもできなくなってしまう・・・
 そんなことはありませんか?

 蕎麦は伸びても蕎麦、スープは冷めてもスープ・・・
でも、蕎麦は伸びないうちに、スープは冷めないうちに食べるべきもの、ですね
 どうぞ、タイミングの重要性を、是非、再確認してくださいね

ところ変われば・・・

2007-06-02 00:17:31 | 良い子、良い親!
 先日、私は、新宿のシアターアプルで開演中の「JUMP」という韓国のパフォーマンスを見てきました
 アクロバティックなコメディーパフォーマンス、とでも言いましょうか・・・5月18日の開演開始前から、東急の新型電車では、車内モニターで公演予告を流していたので、それをご覧になった方もおいでになるでしょうね
 今回は、私の中高時代からのお友達のお誕生日祝いとして、この公演にお誘いしたのでした
 この「JUMP」を私が初めてみたのは、昨年の6月、韓国好きの友人と一緒に、ソウルに行った時のことです
 ソウル通の彼女は、すでに「ナンタ」「トケビ」と、ソウルに行くたびに話題の公演を見ていて、いち早く「JUMP」の評判を聞きつけた彼女は、日本からチケットを予約 「ええー ソウルでお芝居を見に行くの?」などとビビッている私を、「絶対にはずさないって」と連れていってくれたのでした。
 そして、ほとんど日本人のいない劇場で、私は公演中、友人と二人で床をならし、手が痛くなるほど拍手し、ヒュ~ヒュ~と大声で囃し立て、すっかり「はまって」しまったのでした

 12月に主人と一緒にソウルに行った時には、いの一番に主人を誘い「JUMP」へ
 初めてみた時からわずか半年で、劇場には多くの日本人(団体客のようでしたが)が詰めかけ、パンフレットも日本語が用意されていました。劇場も間借り公演ではなく、町の中心部に「JUMP」専用劇場が誕生し、そこでは日本人留学生のアルバイトまでいて、すっかり日本人が行きやすいものになっていました
 ちょうどその頃、日本公演のためのプロモーターとの交渉が進んでいた、ということで、今回の初の日本公演になったわけです
 ほとんど「言葉」の出てこないパフォーマンスでは、ストーリーを追う必要もなく、ただただ、すごい!わー!かっこいい!のような形容詞だけで、ノリノリになれるパフォーマンスなんです

 その公演で・・・ 私は今日、あらためて感じたことがありました。
 韓国で見た2回の公演と、今日の公演との違い・・・いやいやまったく、日本人は、非常にお行儀が良い、ですね ヒューヒュー!のような声もなければ、もちろん、口笛ピュ~ウ、みたいに囃し立てることもありません
 日本では、野球の試合などでも、あまり口笛で声援を送ったりするようなことがありませんが、欧米ではよく、指を使ったような口笛でビューピュ~ウ!みたいな音を出します 何かポーズを決めた時、好プレーがあった時・・・そうですね、それが歌舞伎であれば、花形役者が見事に見得を切った時、慣れた観客がタイミング良く、「成田屋っ」とか「よっ!音羽屋」などと声をかけますよね。ああいうタイミングで、韓国でも、ヒュ~ヒュ~とか、口笛とか、大きな拍手とかで声援を送っていました
 でも、昨日はパチパチパチ・・・という拍手のみ 頻繁に笑いのツボにはまる私の友人Tは、公演中ずっと手を叩き、涙を流して笑い、声を出して声援を送っていました 私もそのタイプですから、言ってみれば、私とTの二人が、目立ってノリノリで、手拍子をする・・・状態でした

 これで3回目だった「JUMP」ファンの私は、勝手にJUMP後援会のメンバーのように(そういうものがあるのかどうかは知りませんが)、観客の反応が気にかかりました
「あれ?みんなどうしたの?そんなに静かに、冷静に、どうして見ているの?おもしろくないのかな?何だかつまらない、なんて思ってるのかしら?いやー、そうだとしたら、どこが日本人に受けないのだろう?」なんて・・・

 でも、終わった時に気づいたのです。フィナーレが終わり、ステージが暗くなっても、観客はいつまでもいつまでも拍手。声を出したりはしないのですが、行儀よく静かにする拍手は鳴りやみませんでした
 ヒュ~ヒュ~という声もないし、口笛もない。一人一人がポーズを決めても、あまり拍手もしなかったけれど、本当はしっかりと楽しみ、スゴイぞ!なんて思っていたんでしょうね

 韓国好きの友人は良く言います。
「私、よく思うんだけど、大阪の人と、韓国の人って、何だか似てるところあるよね。すっごく賑やかだし、声も大きいし、派手好みだし・・・大阪が朝鮮半島に近いからって理由はないだろうけど、もしかしたらやっぱり、民族的にも、文化的に共通点多いと思うのよね
 むー、そんなふうに言われ、あらためていろいろなシチュエーションを考えてみると、確かにそうかもしれませんね。少なくとも、先日の様子からもまさに言えることですが、公演中、静かにお行儀よくしている関東の方々よりも、大阪のおばちゃん達のほうが、もっともっとノリノリになるだろうし、賑やかだし、よくしゃべるし・・・

 以前、私は大阪の子ども達のことをブログに書いたことがありますが、まさに、土地柄の違いは子どもを取り巻く環境の違いであって、まわりの影響を大きく受けて育つ子ども達の雰囲気が違ってくるのは当然でしょうね

 今では、関東のこのあたりでは登下校の小学生達に「いってらっしゃい」と声をかけてくださるご近所の方々の姿は、滅多に見ることはありません。
 もちろん、今でも昔ながらの下町のほうでは、そういう人間関係も息づいているのでしょうが、特に新興住宅地やマンション暮らしでは、子ども達は家族以外の他人、ご近所さんから挨拶を受けることは稀ですね
 しかし、未だに大阪では、子どもが登校時に信号待ちをしていたら、「あんた、これから学校か?ご苦労さんやな、今日もしっかり勉強しーや」などと見知らぬおばさんやおじさんが声をかける・・・あるんですよね、吉本や漫才の世界以外です
 大阪では、たまたまバス停やタクシー乗り場並ぶ列の前後になった人達が、その日の自分の行動や、テレビで見たニュースの感想などを語り合う、という姿もよく見られる光景です
 タクシーの運転手さんも、よくお話しをされますよ。まあ、そんなふうに、フレンドリーに見知らぬ人と、その場限りの話しをするのはイヤだ、という方の場合には、こういう馴れ馴れしさは、かえって迷惑なのかもしれませんが・・・

 公演の後、遅いお昼を食べにデパートの中国料理店に入った友人Tと私 じつに、大阪のおばさんのノリで、注文をする時にも、いろいろお店の方とよくお話しをしました
 中途半端な時間で、客の少ない店内では、あまり他のお客様への気遣いをする必要もなく、私達は時々大阪人らしい?!大爆笑をし、長居をさせていただきました。
 そんな私達に、お店の方は何度も熱いお茶を注ぎにきてくださりながら、言葉巧みにグリーンのフレッシュライチを勧めてくださいました 気分よくお話しした私達は、「うまいことやられた」という感じで、そのライチを注文することになりました。

 私達の注文を聞き、厨房のほうに戻っていかれるマネージャーの後ろ姿を見送りながら、Tと私は・・・
  「ははは、ほんま、やられたって感じやねえ あのマネージャーさん、さすがに商売上手やねえ お客見て、上手にポイントを心得て勧めはったねえ そらマネージャーになりはるだけのことはある あのおばさん、短時間話している間に、私達の気性や何やをしっかり見抜き、ピンポイントで責めてきはったねえ まあ、私らも気持ちよく、コロッと承諾して注文する気にさせられたね。やられたーやわ、はっはっは

 確かに、その朝に届いたばかりと言う冷凍ものではないフレッシュなグリーンライチはおいしかったですよ 
 心底マネージャーが勧め上手で、「その朝に届いた貴重品」ではなかったとしても・・・その方の話術によって、私達は大変満足してそのライチをいただいたでしょう

 さあ、あなたはどちらのご出身ですか?
 あなたが生まれ育った土地と、今あなたが暮らしている土地では、さまざまな雰囲気が違いますか?
 帰省した時に目にする子ども達と、あなたのお子さまとの間に、何か違いを感じますか?

 もちろん、土地柄を越えた「その人そのものを感じさせる人柄」もありますね。そう、ライチを上手に勧められたお店のマネージャーのように。

 それにしても。食生活、言葉を含めた普段の生活は、まさに「文化」そのもの 本当に楽しいですね

むかしのブログ「大阪弁のおもしろ話」