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雲南の書記と副書記15

2017-07-08 11:07:36 | Weblog
写真は雲南のシャングリラ近くの雲南のチベット仏教の総本山・松賛林寺の壁に描かれた雪獅(チベット語では、gangs seng geガン・セン・ゲ)。中国の唐が栄えた頃にチベットをおさめていた吐蕃国以来の守るもの。チベット国、また現在のチベット亡命政府の国旗にも書かれている。
 日本の狛犬にそっくりに見えるが、日本に仏教が入った経路などに深く関連があるらしい。が、証明も難しい。そのことについては以下の川野明正氏のブログに記事があったのでご参照ください。(雪獅では、同じ角度の写真もありました)
http://ameblo.jp/kawa721/entry-11910203441.html

【民族自治の重視から生まれたコンビ】
 このコンビ成立には時代背景が大きく関わっています。

 1977年に10年続いた文化大革命の終結が宣言され、中国という国の立て直しが急務な時期でした。鄧小平ら中央の人々が中央政府の混乱を鎮めると次に重要視したのが少数民族地区の政策調整です。最初に中央政府が重視したのはチベット自治区でした。

 1980年2月に総書記に就任したばかりの胡耀邦総書記は5月22日にラサに飛んでチベット自治区を視察し、その後「民族区域自治の自治権を十分に行使する」など6箇条を定めました。翌年の4月にはチベット自治区の条項を元に「雲南民族工作紀要」が策定され、その後、新疆、内蒙古にも相次いで同様の紀要が出されます。(※)

 文化大革命期に弾圧を断行した毛沢東夫人・江青ら4人組の裁判が始まるのが1980年11月ですから、1981年の策定という点でも民族政策を中央政府がいかに重視していたかが分かるでしょう。

※浜勝彦「鄧小平の近代化政策」【アジア現代史シリーズ3】日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 p.86-87、1995
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