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雲南の書記と副書記16

2017-07-14 14:31:49 | Weblog
 大理の町並み。大理はぺー(白)族が多く暮らす。大きい伝統家屋は3房1照壁と呼ばれる構造をしている。コの字に廊下で連なった部屋があり、一面に光が反射しやすいまっ白(若干、墨のようなもので植物の絵などが描かれることもある)な漆喰壁を南面にもうけて中庭に風情をもたらす。このような家がホテルとして使われているところも。瓦屋根の漆喰のしっとりとした風情に藍染めの暮らしは、日本人にはノスタルジックな気分にさせてくれる。
 後ろの山は標高4122メートル、19の峰の連なる蒼山。ただただ美しい。

【副書記も雲南の少数民族出身者が複数に】
1 985年から雲南省副書記を務める麗江出身のナシ(納西)族の和志強の他に1989年から副書記として取り立てられた人物に尹俊がいます。

 彼は大理の洱源の人、そのあたりに多く居住する(ぺー)白族の出身です。それ以前は大理の経済の中心である下関市委員書記から市長となり、さらに大理白族自治州長に就任していました。雲南の現状に明るい副書記として迎え入れたのでしょう。

 彼は1993年に雲南省人民代表大会常任委員会主任へと転出しています。身分階級的には省副書記と同等の地位です。

 こうして雲南出身者により体制により雲南が安定してはじめた1995年に10年省書記を務めた普朝柱は退任し、替わって後にオーストラリアに逃亡し、逃亡高官のなかでもっとも地位の高い人物といわれるようになる高厳が吉林省長から雲南省書記として着任します。

 その時点では和志強は副書記として在任し続けますが、その3年後の1998年に1993年に副書記から尹俊とともに退任となりました。
                          (つづく)
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