まど
細く開いた窓を覗いてみると、そこにはNikonD70Sを前に困惑している女がひとり・・・
 



 

 

電燈をみると、宮沢賢治の「春と修羅」の序を思い出します。

 

わたしといふ現象は

仮定されたひとつの有機交流電燈の

ひとつの青い照明です

(あらゆる透明な幽霊の複合体)

風景やみんなといつしよに

せはしくせはしく明滅しながら

いかにもたしかにともりつづける

因果交流電燈の

ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち その電燈は失はれ)  ・・・・・以下、略。

 

電燈は失われ、それでも保ち続けるひかりって、なんでしょう。

 



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こんな本を買ってみた。

 

本屋でこれを見つけたとき、私は、買うべきか買わざるべきか、非常に迷った。
今のところ、癌を発症しているようではないし、まして余命半年と言われているわけでもない・・・・・。

我が国には「言霊」という観念があって、縁起(?)の悪いことは口にするのを避けるものだとされているが、この場合は・・・・。
差し迫って必要でもないのに、買って手元に置いたりしたら、「呼ぶ」のではないだろうか?
まだ、お迎えをお招きするのは困るなあ。

だが、実は、私の本棚には「死」という文字のついた本がズラリと並んでいるのだ。マニア?
「死」文庫を持っていながら、いまさら何を恐れるかとも思うのだが、この本はタイトルがあまりに直球すぎる。

 



死に関しては、人はいくつかのタイプに分かれる。

まず、死なんてことは全然考えないタイプ。
わたしは死はいつも生の隣に座っているものなので、死を考えていない人なんていないだろうと思っていたが、身近にそのタイプがいたので驚いた!
私より一回り上で、大変朗らかな人なのだが、「自分が死ぬなんてこと、考えたこともないわ~!」と、それはまた良く通る声で歌うように言ったのだった。
そうか。もしかしたら、人間としてそのほうが前向きで良いのかもしれない。

それから、死が怖くて考えたくないタイプ。
きっと、このタイプが一番多いに違いない。

それに対して、一番少ないであろうと思われるのは、死を達観していて、恐れないタイプ。羨ましいなあ。自分にばっちり合う信仰に出会えた人だとそこに行き着くことが出来るのだろうか。
ああ、それからジャーナリストとか、作家とか、ものを書く人もきちんと事実を把握する習慣が出来ているし、内観することに長けているから、わりと冷静だ。

そして、死ぬのが怖いから、よく調べておいていざというとき慌てないようにしたいというタイプ。わたしも、これです。
このタイプのみなさんそうだと思うが、調べれば調べるほど訳がわからなくなってくる。
そりゃそうだ。だって、死んであの世を見て帰ってきた人がいないのだから、ほんとのところがわからない。
臨死体験をした人がいるけれど、人間は生命の危機に瀕するような状況になると脳内麻薬なるものが出るということで、苦痛を感じないメカニズムになっているようだから、ほんとに花畑のようなところを見たのか、ただの幻影かがはっきりしない。
やっぱり、イタコに頼むしかないのか?
科学で割り切れないのなら、私はもうそっちへ行くよ。っていうか、完全にそっちを信じられたら、それはそれで儲けものだ。

おっと、話がきりのないところへ行くところだった。
そうではなくて、その前、まだ命のある六ヶ月間の話でした。
やるべきことは山のようにあるのに違いないが、死を達観出来ていない人にとって一番厄介なのは、なんといっても自分を納得させることだろう。
私もじたばたするのだろうなあ。トホホ。

実際に、余命六ヶ月を宣告されて、この本を買うことが出来るのは、その段階をある程度超えることの出来た人なのだろう。
本屋で、今差し迫っているわけでもないのに、この本買ったら「呼ぶ」んではないか、と迷ったが、それでも買うことにしたのは、ほんとにそういう状況になったときには、私にはとてもその勇気が出ないかもしれない、と思ったからである。


レジで「この人、この本が必要な状況なのか」と緊張されても困るから、もう一冊とんでもなく柔らかい本も買うことにしたりして、本を買うのにこんなに苦労するのは初めてだ。

「本にカバーをお掛けしますか?」・・・・当たり前だっつーの!タイトル見たんでしょ!電車でこの本読んでたらみんなドン退きだよ。
「○○ポイント貯まっておりますが、お使いになりますか?」
・・・・ポイントかあ。私がほんとにそうだったら、ここでポイント使っちゃうのも負けた気がするしなあ・・・・・・、あっ、おいおい、客がこういう本レジに出して、お兄さん、それ、聞ける?
ほんとにマニュアル通りだね!
緊張させては気の毒と思って損したよ!


ああ、こんな些細なことで懊悩するのだ。
ほんとに「その時」がきたら、この類の本を買うのはチェーン店はやめにしよう。
営業スマイルは私の心をささくれ立たせるに違いない。
それから、馴染みの本屋はパス。
行きずりの本屋で、酸いも甘いも噛み分けたような顔のおじいさんが座っているところに限る。
ばあさんは駄目だ。顔に、気持ちが出ても困る。
きっと、同情されたくない。


やっぱり、今回、宣告受ける前に買うことにして良かった。
さらに、土俵際で本気で読むのではなく、平常心で読むことが出来るのは、ますます良かった。

 

・・・実は、15日、誕生日がきてひとつ年をとりました。
もう、折り返しを(とっくに)過ぎました。
癌年齢の大海を泳ぎまくってます。真面目に備えておくのも悪くないと思います。


今年の、誕生日を、とりあえず無事に迎えることが出来ました。

お母さん、ありがとう。そして、みなさん、ありがとう。

 

 


 



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秋来ぬと目にはさやかにみえねども・・・・・草叢で虫の声がするようになったので、ああ、秋が小声で囁いていることなのだよなあ、などと急に古文の現代語訳っぽく感嘆してしまうのでした。

今年の秋は古典でも紐解いてみようか、それとも何か駄文でも書き散らしてみようかなどと思ったりして。
思ったりするのですが、毎年思っただけになります。

たまにはキーボードじゃなくって鉛筆使って何か書きたいとも思います・・・が。



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そもそも日本海側というのは美味しいものがゴロゴロしているところだ。
姪に言わせると特に新潟人は舌が肥えているので、まずい店はすぐに潰れてしまうらしい。
今回は姪が一緒でないので、夜はホテルの部屋で何か買って一人で食べよう・・・・、その代わり、翌朝糸魚川へ行くときは美味しい駅弁買って行こう・・・・、そう思った私はネットでこれを調べ出した。

とある駅弁愛好家のHPでみると、この柳都御膳は味・包装ともに駅弁の域を越えているということだ。
うーん、素晴らしい。流石、新潟だ。ブラボー。
ちなみに柳都(りゅうと)は新潟市の別名。その昔、新潟市は掘割がめぐり、お堀端にたくさんの柳が植えられていたためという。

新潟に来る朝は、新幹線の中でアンデルセンのサンドウイッチを食べて朝食とした。
昼は昨年も行ったワイナリーでランチ、のつもりが親戚のおばあちゃんにつかまってワイナリーに寄る時間がなくなったため、駅前のモスバーガーでそそくさとすませ、夜は三越(新潟には三越があるのよ!伊勢丹も、ある。侮るなかれ、新潟。但し、7時に閉まる。早すぎ。)の地下で仕入れた。
せっかく食の都に来たというのに東京にいる学生みたいな食生活である。
せめて柳都御膳で逆転勝利を狙いたいところである。

 

ところが・・・、翌朝駅の売店に寄った私は絶句した。
柳都御膳の販売は10時からって!?
・・・・・・・なにしろ、「特製」なのであるから他のチャチな駅弁と足並みを揃えるのはプライドが許さないらしい。
くっそー、下調べが足りなかったか。
7時54分発「北越2号」に乗り、日本海をうち眺め、新潟の味を満喫しようと思っていたのに・・・・。

だが、これで良かったのかもしれない。
「柳都御膳」は写真でも判るとおり、松花堂弁当風の様子を呈しており、さらに不織布っぽい風呂敷で包まれているらしい。
これを朝っぱらからデンと拡げ、女一人車内でパクついていたら、周りの乗客に「なんだ、コイツ」と思われること必至である。
さらに、「信越本線で朝からデカい駅弁をむさぼってる中年女発見」などと誰かのブログにでも登場するはめになったかもしれない。
私が定年を迎える年頃の男性だったら「優雅にお一人で列車の旅、ですね。」と羨ましがられる風景であろうに・・・。
しかも、ビール呑んじゃっても良いのだ。いいなあ、男って。


さて、無いのなら仕方ない。
他の並の駅弁でお茶を濁す気にもなれず、VIE DE FRANCE(これも関東ならどこにでもあるパン屋)で照り焼きチキンサンドとコーヒーを買って列車に乗った。

そして、昼ごはんは過密スケジュールのため、帰りの列車の中でおにぎりとペットボトルのお茶で済ませることとなる。
駅弁買っても良かったのだが、糸魚川ではせいぜいこのくらい・・・。

田舎すしではどうあっても柳都御膳のカタキは取れない。
それならいっそ貧乏学生スタイルを通すほうがスッキリするというものである。

家に帰って話をすると、「アハハ、東京でも食べられるものばっか。」と笑われた。
ふん、笑いたければ笑えばよい。(涙)
次回こそとリベンジを誓うのであった。



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※お盆休みが終わって、ぼつぼつ書いておいたので、投稿します。

 

 

今年の新潟の墓参りには糸魚川への旅をプラスしました。

糸魚川くんだり(糸魚川のみなさん、失礼!)まで、フォッサマグナを見に?
それとも翡翠を拾いに?・・・そんな簡単に拾えたら毎年行くわさ。
そうじゃなくて、いつの日か必ず行こうと決めていた、谷村美術館を見るだけのために。

糸魚川行きの朝、新潟は雷が鳴り、激しい雨でした。
せっかく日本海が見えるところを走るのに、残念だなあと思っていたのですが、直江津を過ぎる頃から晴れ間が見えてきました。

AM10:01、糸魚川に到着。ちょっと海を眺め、山のほうにある美術館まで旅人気分で歩きます。

途中の家々を眺めていると、1階の軒高が高いのに気付きます。
冬は雪が降るので、床下が高く取られているのでしょうか。
こういうちょっとした発見をするのが、旅の楽しみです。

 

 向こうに霞む山はなんというのでしょう?白馬岳のほうを向いて撮っているのですが。
ずいぶん遠いところまで、ひとりで来たなあ、という感慨がこみ上げてきます。
直線距離でいえば東京からたったの(?)200kmくらいなんですが。

 

 谷村美術館は、澤田政廣(木彫・文化勲章授章)の作品群を展示したもので、設計は私の一番好きな建築家である村野藤吾(文化勲章授章)によるものです。

http://www.hisuien.com/tanimura_museum/index.htm

 

和風の回廊の向こうには、砂漠の砂の中から生まれたような建物が現れます。

これ、これ。
この足元周り。村野建築に会えました。

以下、絵ハガキより複写。

最初の矢印に従って進むと、あとは自然と次の間に導かれるようになっています。
次々現れる空間はそれぞれの仏様のお部屋になっていて、緻密に計画された自然光と照明に浮かび上がる像と対峙出来るようになっています。

建物の中には私一人。
外は真夏の昼間ですが、中は季節も時間も忘れた、まるで卵の殻の中のような子宮の中のような静かな空間です。


谷村美術館は村野藤吾92歳の時の、設計図をもとに没後建てられたものを除いた、最後の作品です。
この発想。情熱。
これを見るだけのために糸魚川まで来た甲斐がありました。


 



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義父が具合が悪くなりました。

1年程前から、酸素が必要になっていたのですが、こんなに急に悪くなるとは・・・。
お盆休みに会いに行ったときは、起きて来て一口ビールを飲んだり、食べ物をつまんだりして、寝室に戻るとき、酸素のチューブを踏まないよう、私がたぐりながら前を歩いたら「牛に曳かれて善光寺参り」などと軽口を言ったりしたくらいだったのに。

心肺停止になり、そこから復活してくれた時は脳の働きが弱っていました。
とても記憶力とその引き出しの滑らかさが優れており、「ほら、あの・・・」とか「えーと、なんといったっけ」というのを聞いたことがないくらい、スラスラ言葉が出る人だったのに、今は脳がいろいろな映像を作り出すらしく、空中のものをつかんでいろんなしぐさをしたりします。
ただ、もともと朗らかな人なので、何かを私達に語りかけ、(入れ歯を外してあるのでいまいち判りにくいのですが)、相槌を打つと「なっ?」とご満悦で嬉しそうに「はっは」と笑います。
「何か」を取りたくて起き上がろうとするのですが、「苦しくなっちゃうといけないから、○○先生が寝ていなさいって」というと「ほー、そうか」と言って聞き分けてくれます。
私が同じ状況になったら、こんなにいい人で居られるだろうか。
こういうとき、素の自分がでてしまうのかと思い、これからでも、少しでも自分を調教しておくべきだななどと考えてしまいました。

容態が悪化しても延命措置はとらない、と決めたので、あとは本人の体力次第ということになります。
いつ何があってもおかしくないので、と言われているので、なるべく私も空いている時間は病院に詰めたいと思っています。

更新がなかなか出来ないかと思います。来ていただいて、留守だったらごめんなさい。

 

朝顔市のときの写真。
今、うちの朝顔はこれより随分伸びましたが、花や葉は小さくなってきました。

季節が変わろうとしています。



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イテテ。やっぱ、ビーサンにしときゃ良かったよ。



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