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浪人時代の友人が、ブログで卒業式のことを書いていました。彼と私とは、浪人時代に勉強そっちのけで、トコトン悩みをぶつけ合った仲です。どっちかというと「ダメで孤独で日陰なオレら」を分かち合ったような友達です。
大学で別々になり、それから4年、会うことも少なく、各々の道を歩いて来たのだと思います。そんな彼が、卒業式に出た時のことをブログに書いていました。別の用事があって、卒業式に出ないつもりだったが、当日朝に気が変わって、遅刻して出席したらしい。
何かを成し遂げた!とも思えない大学4年間だったが、卒業式に出てみたら、友人というかけがえない財産を得ていたことに改めて気が付いた、という。自分が出会ってきた人たちの誰一人欠けても、今の自分はないと思う、と、感謝が溢れてきたということです。
勝手に引用しちゃって、自分の話に引きつけちゃってごめんよ。でも、俺も同じようなこと思ったよ。「誰一人欠けても」という心境ほど殊勝な私でもないですが。
浪人時代、彼から「人間は一人じゃ生きていけないよ」と何度も言われた。また、「社会に出るとは、それまでに周りの人びとに受けた愛情の恩返しを、自分の持てる能力を果たしてお返ししていくこと」なんて言われた。前者には、納得がいかなかった。後者には、実感が持てなかった。
私は、この4年間がなければ、この言葉に背を背けたまま生きることになったと思う。一人だったら、何にもなかっただろう4年間でした。
実家に帰ってきて、高校からの友人に、電話で「これからもよろしく」と言われて、私は嬉しかったですよ。4年間が「夢」に終わらないように、恩知らずに戻らないようにしていきたいです。
恩を知るとは
本当にうれしかったことを
忘れない
ということ
(引っ越し前、お寺の門前に掲げてあった言葉)
・・・らしいです。合ってますか?
と、いうわけで!このブログも卒業です!・・・というか、引っ越しです!なので、一旦終了であります。お付き合い下さった皆さま、どうもありがとうございました。
移転先が決まったら、このブログに載せておきます。よろしければ、ぜひ今後ともお付き合い下さい。心機一転して再会・再開したいと思います(切らないでね!!)。
大学で別々になり、それから4年、会うことも少なく、各々の道を歩いて来たのだと思います。そんな彼が、卒業式に出た時のことをブログに書いていました。別の用事があって、卒業式に出ないつもりだったが、当日朝に気が変わって、遅刻して出席したらしい。
何かを成し遂げた!とも思えない大学4年間だったが、卒業式に出てみたら、友人というかけがえない財産を得ていたことに改めて気が付いた、という。自分が出会ってきた人たちの誰一人欠けても、今の自分はないと思う、と、感謝が溢れてきたということです。
勝手に引用しちゃって、自分の話に引きつけちゃってごめんよ。でも、俺も同じようなこと思ったよ。「誰一人欠けても」という心境ほど殊勝な私でもないですが。
浪人時代、彼から「人間は一人じゃ生きていけないよ」と何度も言われた。また、「社会に出るとは、それまでに周りの人びとに受けた愛情の恩返しを、自分の持てる能力を果たしてお返ししていくこと」なんて言われた。前者には、納得がいかなかった。後者には、実感が持てなかった。
私は、この4年間がなければ、この言葉に背を背けたまま生きることになったと思う。一人だったら、何にもなかっただろう4年間でした。
実家に帰ってきて、高校からの友人に、電話で「これからもよろしく」と言われて、私は嬉しかったですよ。4年間が「夢」に終わらないように、恩知らずに戻らないようにしていきたいです。
恩を知るとは
本当にうれしかったことを
忘れない
ということ
(引っ越し前、お寺の門前に掲げてあった言葉)
・・・らしいです。合ってますか?
と、いうわけで!このブログも卒業です!・・・というか、引っ越しです!なので、一旦終了であります。お付き合い下さった皆さま、どうもありがとうございました。
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とうとう帰ってきました。実家に。
今朝の夜行バスで到着。電車に乗ってとんとこ帰りました。自室には、一人暮らし先からクロネコで送った段ボール箱が山積していました。
市役所の最寄り支部に転入届も出してきたので、もう戻れません(戻れるけど)。4年間のブランクを経て、いよいよ今日から家族との生活が再スタートです。
◎思いつくままに
・23日に下宿を引き払ったので、28日までの6日間、友人宅に居候させてもらった。彼とは大学3年の始めに急に親しくなり、以後2年間、とてもお世話になった。楽しい2年間+6日間に感謝です。
・夜行バスで隣に座った女の子が、横で何やら書き綴っている。見てみたらハガキを書いているのだった。3時間くらいずーっとハガキを書いていた。何枚も、何人もに宛てて、丁寧に文章を綴っている。横からちらりと盗み読んだら(いけないことです)、おばあちゃんやら、友達やら、にすごーく相手を気遣い励ますような文面で、私は隣で寝たフリをしながら、「あんたいい人だ、頑張れよ!」とか心の中で思う。私は不審人物です。
・6日間泊めてくれたS君と例のK.K.君が、引っ越し前夜に荷物の片付けを手伝いまくってくれた。S君は、ひたすら私の物を捨て、捨て、捨て、・・・「おい、それ人からの手紙!」・・・捨て・・・、情け容赦なく捨ててくれた。使えるものも、捨ててはマズいもの以外、ビシバシ捨ててしまった。モノに執着がないというか、地球環境の敵というか・・・。彼の辞書には難しい法律用語はたくさん詰まっているが、「もったいない」という簡単な一語がないらしい。・・・しかし、おかげで引っ越し準備がもの凄いスピードではかどり、非常に助かりました。
・そんなゴミ捨て名人の話を、引っ越し中の友人に話したら、「うちにも来てほしい!」と非常にうらやましがっていた。引っ越しは思った以上に大変なのでした。特に優柔不断だとね・・・。これを機に、モノ捨てられる人間になっていきたいもんです。
今朝の夜行バスで到着。電車に乗ってとんとこ帰りました。自室には、一人暮らし先からクロネコで送った段ボール箱が山積していました。
市役所の最寄り支部に転入届も出してきたので、もう戻れません(戻れるけど)。4年間のブランクを経て、いよいよ今日から家族との生活が再スタートです。
◎思いつくままに
・23日に下宿を引き払ったので、28日までの6日間、友人宅に居候させてもらった。彼とは大学3年の始めに急に親しくなり、以後2年間、とてもお世話になった。楽しい2年間+6日間に感謝です。
・夜行バスで隣に座った女の子が、横で何やら書き綴っている。見てみたらハガキを書いているのだった。3時間くらいずーっとハガキを書いていた。何枚も、何人もに宛てて、丁寧に文章を綴っている。横からちらりと盗み読んだら(いけないことです)、おばあちゃんやら、友達やら、にすごーく相手を気遣い励ますような文面で、私は隣で寝たフリをしながら、「あんたいい人だ、頑張れよ!」とか心の中で思う。私は不審人物です。
・6日間泊めてくれたS君と例のK.K.君が、引っ越し前夜に荷物の片付けを手伝いまくってくれた。S君は、ひたすら私の物を捨て、捨て、捨て、・・・「おい、それ人からの手紙!」・・・捨て・・・、情け容赦なく捨ててくれた。使えるものも、捨ててはマズいもの以外、ビシバシ捨ててしまった。モノに執着がないというか、地球環境の敵というか・・・。彼の辞書には難しい法律用語はたくさん詰まっているが、「もったいない」という簡単な一語がないらしい。・・・しかし、おかげで引っ越し準備がもの凄いスピードではかどり、非常に助かりました。
・そんなゴミ捨て名人の話を、引っ越し中の友人に話したら、「うちにも来てほしい!」と非常にうらやましがっていた。引っ越しは思った以上に大変なのでした。特に優柔不断だとね・・・。これを機に、モノ捨てられる人間になっていきたいもんです。
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昨日の午後、心優しい留年決定のM君が、就職で土地を離れる私とYさんを散歩に誘ってくれた。ゼミの4年生の仲間である。
M君は議論好きで、なんと就職せずに辻説法をして生きていこうとも考えているらしい。君は日蓮、はたまたソクラテスの生まれ変わりか。
しかし、飲みでもなく、食事でもお茶でもなく、散歩、というのがいい。お日様と空気が一番のごちそうさ!お金かからないし、気を使わないし、良いな、と思う。
そういうわけで、陽のあたる河原に集合。ベンチに座って話していたら、就職→辻説法→お坊さん→仏教→信仰、という話の流れになり、何を信じて生きているか、一番大事なものは何か、という話になった。
Yさんは遅れてやってきたため、唐突に「Yさんは何を信じて生きているの?一番大事なものは?」と質問される羽目になった。
しばし、考えたYさんは「一番大事なもの、自分の幸せかなあ」と。
議論は転じて、「落ち込んだ時、どうやって立ち直るか」という話になった。
落ち込んだ時、酒を飲んだり、食べたり、カラオケに行ったり、で発散して立ち直る人もいる。
M君は、そもそもあまり落ち込む事がないらしい。人間関係等、何か「失敗したな」と思うことがあった時、どうして失敗したのかを考える。で、それを正していく。そこに「落ち込む」という感情があまり介在しないという。議論好きの彼らしく、冷静に解決策や答え「どうすれば良かったか」を探すようだ。
Yさんは、その落ち込むことになった事柄に対して、捉え方、見方を変える、という。たとえば、悲惨な状況において、「もっと悲惨な状況もある。まだまだ自分は良い方だ」とか、落ち込むような見方から、落ち込まずに済ませられる見方に転換する、という。
また、思い切り落ち込んで、悲劇のヒロインになるのだという。「あたしって可哀想・・・」と。それで、ある程度落ち込んだら、落ち込んでいるのに「飽きる」らしい(!)。「あー、落ち込んだ」と思って気持ちを切り替えられるという。
「自分を嫌わない、ということ?」
「うん、自分大好きだから」
Yさんは、そういう自分の方法を「小手先」で「自己中」で、一つのことに落ち込んでしまうひとの方が純粋なのではないか、と話していた。ある意味、そうなのかもしれないが、それで明るくあっけらかんとしていられるなら、それはいいことだな、と思った。
M君もYさんも、上に年の離れた兄姉がいて末っ子、という共通点が関係あるかは分からないが、問題にぶつかっても、自分を責めたり嫌いになったりしない、というのはいいなあ、見習いたいな、と思った。そのためか、二人とも、いつもどこかあっけらかんとしていて、マイペースである。
M君の「落ち込みの原因を考える」法も、Yさんの「捉え方を変える」法も、落ち込み対策としてナカナカ有効な気がします。
ちなみに、私は落ち込んだときは、「しゃーない!失敗!次行こう!」と切り替えて前に進むか、打開策として考えられる行動を起こしてみるか、落ち込むよりも失敗の原因を変える方に集中するか、それか友人に話を聞いてもらう(客観的視点で見てもらい、気持ちを切り替える)。とにかく、落ち込むのを避けようと、前向きに動くようにしていると思います、最近は。やはり、自分を追い込まないことでしょうか。
それでも無自覚に落ち込んでいることも、よくある気がします。
「落ち込むのは、自分で自分を評価しているから」ということを言われたこともあります。
自分を自分で評価もせず、自分で自分をけなしもしない。さてさていかにして可能なるか?
M君は議論好きで、なんと就職せずに辻説法をして生きていこうとも考えているらしい。君は日蓮、はたまたソクラテスの生まれ変わりか。
しかし、飲みでもなく、食事でもお茶でもなく、散歩、というのがいい。お日様と空気が一番のごちそうさ!お金かからないし、気を使わないし、良いな、と思う。
そういうわけで、陽のあたる河原に集合。ベンチに座って話していたら、就職→辻説法→お坊さん→仏教→信仰、という話の流れになり、何を信じて生きているか、一番大事なものは何か、という話になった。
Yさんは遅れてやってきたため、唐突に「Yさんは何を信じて生きているの?一番大事なものは?」と質問される羽目になった。
しばし、考えたYさんは「一番大事なもの、自分の幸せかなあ」と。
議論は転じて、「落ち込んだ時、どうやって立ち直るか」という話になった。
落ち込んだ時、酒を飲んだり、食べたり、カラオケに行ったり、で発散して立ち直る人もいる。
M君は、そもそもあまり落ち込む事がないらしい。人間関係等、何か「失敗したな」と思うことがあった時、どうして失敗したのかを考える。で、それを正していく。そこに「落ち込む」という感情があまり介在しないという。議論好きの彼らしく、冷静に解決策や答え「どうすれば良かったか」を探すようだ。
Yさんは、その落ち込むことになった事柄に対して、捉え方、見方を変える、という。たとえば、悲惨な状況において、「もっと悲惨な状況もある。まだまだ自分は良い方だ」とか、落ち込むような見方から、落ち込まずに済ませられる見方に転換する、という。
また、思い切り落ち込んで、悲劇のヒロインになるのだという。「あたしって可哀想・・・」と。それで、ある程度落ち込んだら、落ち込んでいるのに「飽きる」らしい(!)。「あー、落ち込んだ」と思って気持ちを切り替えられるという。
「自分を嫌わない、ということ?」
「うん、自分大好きだから」
Yさんは、そういう自分の方法を「小手先」で「自己中」で、一つのことに落ち込んでしまうひとの方が純粋なのではないか、と話していた。ある意味、そうなのかもしれないが、それで明るくあっけらかんとしていられるなら、それはいいことだな、と思った。
M君もYさんも、上に年の離れた兄姉がいて末っ子、という共通点が関係あるかは分からないが、問題にぶつかっても、自分を責めたり嫌いになったりしない、というのはいいなあ、見習いたいな、と思った。そのためか、二人とも、いつもどこかあっけらかんとしていて、マイペースである。
M君の「落ち込みの原因を考える」法も、Yさんの「捉え方を変える」法も、落ち込み対策としてナカナカ有効な気がします。
ちなみに、私は落ち込んだときは、「しゃーない!失敗!次行こう!」と切り替えて前に進むか、打開策として考えられる行動を起こしてみるか、落ち込むよりも失敗の原因を変える方に集中するか、それか友人に話を聞いてもらう(客観的視点で見てもらい、気持ちを切り替える)。とにかく、落ち込むのを避けようと、前向きに動くようにしていると思います、最近は。やはり、自分を追い込まないことでしょうか。
それでも無自覚に落ち込んでいることも、よくある気がします。
「落ち込むのは、自分で自分を評価しているから」ということを言われたこともあります。
自分を自分で評価もせず、自分で自分をけなしもしない。さてさていかにして可能なるか?
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卒検に 受かったわっしょい どっこいしょ
でもなんで? あんなにたくさん ミスしたよ
大丈夫? きちんと 採点してたのか
不安だよ… 一人で運転 したくない
Welcome 助手席乗って 見ててくれ
大丈夫 あなたがいれば 怖くない
大丈夫 大丈夫だって 大丈夫!
違うんだ 一人と二人じゃ 違うんだ
大丈夫 卒検合格 したってば!
まだ言うか 意外と君は 臆病だ
そんなんじゃ 世間の荒波 渡れない
・・・
自動車普通免許、技能検定に2度目で合格しました。めちゃくちゃ緊張して、助手席の検査員は途中から不機嫌そうにため息をつき始めるし、で、コース内でのバックの試験に入る前に落ちたことを確信していましたが・・・、意外と余裕のある点数で受かっていました。採点甘かったんじゃないかな・・・。
まあ、自信満々で合格するより、これから注意して運転していけるし、良かったのかもしれないです。が、運転中、「俺、上手にできている」と思ったのは、路上では皆無。コース内のバック(方向転換)だけでした。ずっと、ヒヤヒヤしながら運転していました。
2ヶ月間、第1段階(コース内)と第2段階(路上)、通算で補修4回+検定6回、となかなか教習所様にはお世話になったので(学生なので、追加料金はナシ)、実家帰ってから練習して上手くなっていかなきゃな!と思います。
でも、まだ学科試験を受けていないので、免許は取れていません。来週、受けてきます。
でもなんで? あんなにたくさん ミスしたよ
大丈夫? きちんと 採点してたのか
不安だよ… 一人で運転 したくない
Welcome 助手席乗って 見ててくれ
大丈夫 あなたがいれば 怖くない
大丈夫 大丈夫だって 大丈夫!
違うんだ 一人と二人じゃ 違うんだ
大丈夫 卒検合格 したってば!
まだ言うか 意外と君は 臆病だ
そんなんじゃ 世間の荒波 渡れない
・・・
自動車普通免許、技能検定に2度目で合格しました。めちゃくちゃ緊張して、助手席の検査員は途中から不機嫌そうにため息をつき始めるし、で、コース内でのバックの試験に入る前に落ちたことを確信していましたが・・・、意外と余裕のある点数で受かっていました。採点甘かったんじゃないかな・・・。
まあ、自信満々で合格するより、これから注意して運転していけるし、良かったのかもしれないです。が、運転中、「俺、上手にできている」と思ったのは、路上では皆無。コース内のバック(方向転換)だけでした。ずっと、ヒヤヒヤしながら運転していました。
2ヶ月間、第1段階(コース内)と第2段階(路上)、通算で補修4回+検定6回、となかなか教習所様にはお世話になったので(学生なので、追加料金はナシ)、実家帰ってから練習して上手くなっていかなきゃな!と思います。
でも、まだ学科試験を受けていないので、免許は取れていません。来週、受けてきます。
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お前のためにチームがあるんじゃねえ。チームのためにお前がいるんだ。
スラムダンクの安西監督が、回想シーンで自身の鬼監督時代を思い出している時に、安西先生が選手を叱って言った言葉にこんなのがあった気がします。
昨日、家庭教師の生徒と雑談していた時に、彼が体育の授業でサッカーをしていた時の話をしてくれました。サッカー部のキャプテンが試合中にふてくされていた、と。
「俺はきっと原因はこうじゃないかと思うんだけど―みんなもそう言っていたんだけどね―、たぶんその人は自分が難しい(かっこいい)プレーをしたくて、パスを求めていたと思うんだけど、周りの人はその人が期待する程上手じゃないからね。パスが来ないんだよ。だからやる気なくしてふてくされていたと思うんだ」
「なるほど。いいアシストをしてもらいたかったんだ」
「うん。でも、体育の授業だから、みんなそんな上手なことができないのは当たり前なんだよね。で、きっとこういうことじゃないかと思うんだけど、彼は自分のためにチームがあると思っていたんじゃないかな。・・・でも本当は違うんだよね。チームのためにその人がいるんだよ」
「・・・うーん、なるほど・・・」
つい先日に、なにか自分の振る舞いに違和感を覚えて「どうしてだろーなー?どうすればいいんんだろーな」と思っていた事があったのだけれど、「自分のためにチームがいるんじゃない、チームのために自分がいるんだ」という言葉に、ずばり答えを言われた気がしました。
私は、小さい頃からチーム・プレーというものが苦手なのですが、4月から実地で学んでいきますです。これまで迷惑かけてきた方々、ごめんなさい。これからがんばるわ。
・・・と書いてみたものの、どうがんばればいいのか。どうも「がんばる」テーマばかりブログ上で増やしていて実行が伴わない気が・・・。この体質がチームプレーの障害になっていたりして。
スラムダンクの安西監督が、回想シーンで自身の鬼監督時代を思い出している時に、安西先生が選手を叱って言った言葉にこんなのがあった気がします。
昨日、家庭教師の生徒と雑談していた時に、彼が体育の授業でサッカーをしていた時の話をしてくれました。サッカー部のキャプテンが試合中にふてくされていた、と。
「俺はきっと原因はこうじゃないかと思うんだけど―みんなもそう言っていたんだけどね―、たぶんその人は自分が難しい(かっこいい)プレーをしたくて、パスを求めていたと思うんだけど、周りの人はその人が期待する程上手じゃないからね。パスが来ないんだよ。だからやる気なくしてふてくされていたと思うんだ」
「なるほど。いいアシストをしてもらいたかったんだ」
「うん。でも、体育の授業だから、みんなそんな上手なことができないのは当たり前なんだよね。で、きっとこういうことじゃないかと思うんだけど、彼は自分のためにチームがあると思っていたんじゃないかな。・・・でも本当は違うんだよね。チームのためにその人がいるんだよ」
「・・・うーん、なるほど・・・」
つい先日に、なにか自分の振る舞いに違和感を覚えて「どうしてだろーなー?どうすればいいんんだろーな」と思っていた事があったのだけれど、「自分のためにチームがいるんじゃない、チームのために自分がいるんだ」という言葉に、ずばり答えを言われた気がしました。
私は、小さい頃からチーム・プレーというものが苦手なのですが、4月から実地で学んでいきますです。これまで迷惑かけてきた方々、ごめんなさい。これからがんばるわ。
・・・と書いてみたものの、どうがんばればいいのか。どうも「がんばる」テーマばかりブログ上で増やしていて実行が伴わない気が・・・。この体質がチームプレーの障害になっていたりして。
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K.K.君(下記参照)との朝のランニングが始まりました。
日曜朝、川沿いのランニングコースを真っすぐに。その後、並んでスクワットもしました(不審人物)。
集合場所への行き帰りのランニング(こっちの方が長かったりして)を含めて、随分走りました。7キロくらい・・・?
結構きつかったのに音を上げなかったのは、私が根っからの負けず嫌いだからです。K君について行けず「もうダメ、やっぱK、すごいな。負けたよ。さすが体育会だな(2年でやめたけど)!」というセリフを言うのが嫌なのです。
私は小さい頃から負けず嫌い故に、運動も勉強も頑張っていたように思います。しかし、中学に入ってから、周りに勉強も運動も自分よりできる人たちが沢山いたので、それから成績も落下、運動も、高校で文化部に転向してからは、ほとんどしなくなって、気付けば軟弱の部類に・・・。
いかん、ダメだな、俺。
一方、負けず嫌いは今でも残っているようで、普段は隠れていますが、競争に参加させられると、競争本能がメラメラ燃えてきます。就職試験のペーパーテストを受けている時、テレビでクイズ番組を見ている時に、「俺が一番に!」と燃えてくるのです。なんなんでしょうか、これは。
それで、今日、K君と並んでスクワットしていて思ったのです。そういえば、運動部にいた時に、下手なクセに負けん気ばかり強いやつがいたな・・・。でも、そういう人は他人と勝負する部分にばかり目が行って、基本がなっていなかったり、練習でも、練習の要点(目的)を外しているから、ちっとも練習になっていなかったりした。
で、今日の私めも、スクワットしながら考えていた事は、いかに太腿の筋力をつけるか、体力をつけるか、ではなくて、いかにKに見下されないべく、やり遂げるか。そのために、いかに最小限の力でスクワットの形についていくか、であった。・・・これでは、何のためのスクワットだか分からない。
帰りに、走りながら、Kに「俺とお前じゃ体の鍛えられ方が違うから、Kのトレーニングにはならないぞ」と言ったら、Kは「いや、こうやって朝起きて気持ちよく運動できればいいんだよ。続けていくことが大事だと思うから、無理せず徐々にやっていこう」と言ってくれた。
目標は自分との間に持つべきで、人との勝ち負けじゃないんだよな、と思った。当たり前のことですが、つい人との比較の中に自分を良くしようとしちまいます。
やっぱ、これから働いていくのに、すぐ疲れてしまうんじゃ使い物にならないし、家族を持ったり親の面倒を見たり、で今よりもずっと体が周りの人のための資本になっていくと思います。そんなに言う程利他心に溢れた自分でもないのですが、少しは役に立てる人になりたいので、体質改善し、健康でありたいなと思います。
それを忘れぬよう・・・いや、忘れちまうんだな。忘れながらも思い出しつつ朝ランを続けていきたいです。また明日!
日曜朝、川沿いのランニングコースを真っすぐに。その後、並んでスクワットもしました(不審人物)。
集合場所への行き帰りのランニング(こっちの方が長かったりして)を含めて、随分走りました。7キロくらい・・・?
結構きつかったのに音を上げなかったのは、私が根っからの負けず嫌いだからです。K君について行けず「もうダメ、やっぱK、すごいな。負けたよ。さすが体育会だな(2年でやめたけど)!」というセリフを言うのが嫌なのです。
私は小さい頃から負けず嫌い故に、運動も勉強も頑張っていたように思います。しかし、中学に入ってから、周りに勉強も運動も自分よりできる人たちが沢山いたので、それから成績も落下、運動も、高校で文化部に転向してからは、ほとんどしなくなって、気付けば軟弱の部類に・・・。
いかん、ダメだな、俺。
一方、負けず嫌いは今でも残っているようで、普段は隠れていますが、競争に参加させられると、競争本能がメラメラ燃えてきます。就職試験のペーパーテストを受けている時、テレビでクイズ番組を見ている時に、「俺が一番に!」と燃えてくるのです。なんなんでしょうか、これは。
それで、今日、K君と並んでスクワットしていて思ったのです。そういえば、運動部にいた時に、下手なクセに負けん気ばかり強いやつがいたな・・・。でも、そういう人は他人と勝負する部分にばかり目が行って、基本がなっていなかったり、練習でも、練習の要点(目的)を外しているから、ちっとも練習になっていなかったりした。
で、今日の私めも、スクワットしながら考えていた事は、いかに太腿の筋力をつけるか、体力をつけるか、ではなくて、いかにKに見下されないべく、やり遂げるか。そのために、いかに最小限の力でスクワットの形についていくか、であった。・・・これでは、何のためのスクワットだか分からない。
帰りに、走りながら、Kに「俺とお前じゃ体の鍛えられ方が違うから、Kのトレーニングにはならないぞ」と言ったら、Kは「いや、こうやって朝起きて気持ちよく運動できればいいんだよ。続けていくことが大事だと思うから、無理せず徐々にやっていこう」と言ってくれた。
目標は自分との間に持つべきで、人との勝ち負けじゃないんだよな、と思った。当たり前のことですが、つい人との比較の中に自分を良くしようとしちまいます。
やっぱ、これから働いていくのに、すぐ疲れてしまうんじゃ使い物にならないし、家族を持ったり親の面倒を見たり、で今よりもずっと体が周りの人のための資本になっていくと思います。そんなに言う程利他心に溢れた自分でもないのですが、少しは役に立てる人になりたいので、体質改善し、健康でありたいなと思います。
それを忘れぬよう・・・いや、忘れちまうんだな。忘れながらも思い出しつつ朝ランを続けていきたいです。また明日!
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午後2時半。教習所にいたら、友人K.K.から電話があり、市街地から10キロ程離れた山奥の里へサイクリングに行こう、と誘われた。「今から!?」「ああ、そうだよ。行こう!」
午後3時半。私の部屋近くに集合。部屋に荷物を置いて、トレパン、パーカーに着替え、自転車を紛失中の私は別の友人の部屋にママチャリを借りに行く。快く貸していただき、いざ出発!
午後4時ジャスト。スタート。
Kは言った。
「今日は自分を改革しようぜ!!!」
なに・・・!いつもなんとなく煮え切らず自分のキャラ(殻)を破れない俺を応援してくれているのか、お前・・・!でも・・・
K、お前・・・、
自分だけマウンテンバイクじゃないか!
ハンドルが下にクルンと曲がっている、超前傾姿勢で走行する、本格的なMTBである。時速40キロも出るらしい。対して、俺はママチャリで山を登るのか・・・
「イエーイ!行くぜ!熱い!」
・・・。
目的地は山の中にある寺院。聖徳太子が創建された、由緒あるお寺だ。
出発してすぐに、市街地を離脱。歩道が狭くなり、車道に躍り出る。横、下には川が流れ、川の上流へと上っていく。道はそれほど急でないにしても、緩やかな坂が、続く、続く、続く、つづ・・・うおーーーーーー!!!!(ママチャリで走る道じゃない!)
山々が間近に眺められ、下を流れる川は青く澄んでいく。しかし、私は自転車をタチコギでこぐのに精一杯で、景色に感動している余裕はない。ぜえぜえ。はあはあ。げ、限界・・・。
K「気持ちいいーーーーー!な、気持ちいいなっ?」
ま「吐きそうだっ!!!」
足の筋力だけでは前進できないので、腕、胸、背の筋力を動員して、全身で自転車をこぐ。あたりに人の通りはまるでない。自転車も通らない。ただ自動車だけが行き交う。車道の隅っこを登って行くMTBと、ママチャリ。「・・・ぜえぜえ(なぜ俺は)!」、「はあはあ(なぜ俺は)!!」、「あ゛ーーーーーー(ママチャリで登っているんだーーーーーー)!!!!」
ガラにもなく叫ぶ。これが出発の時に言ってた「自己改革」ってやつか・・・!?
自転車はトンネルの中も抜けていく。
K「窓烏!」
ま「ん!?なんだ!?」
K「ち○こ!」
ま「・・・・・・(怒)!!!」
ま「K、疲れないのかっ?はあはあっ」
K「息ひとつ切れない。窓烏は?」
ま「・・・・・・しんどい!!!」
恐るべしマウンテンバイク。そんなに楽なのだろうか。
午後4時50分。目的地のお寺に無事到着。最後には足もつりつつも、途中、何度か下り坂があったこと、平地も比較的多かったことに救われた。
お寺は5時に閉門。ぎりぎりである。管理者の方の一人の初老のおじさんが案内してくださった。本堂に案内されて、あれ?意外と奇麗。檜の初々しい匂いがする。
聞けば、本堂もご本尊も、5年前に心ない放火によって焼かれてしまったのだという。幸い創建時の図面が残っていたため(多分。聞き間違いだったらごめんなさい)、本堂も、ご本尊も再建したのだという。確かに、本堂は新築。ご本尊の地蔵菩薩様も檜の寄せ木造り、ということだったが、非常にきれいで、あでやかに色が塗られてあった。
如来像は金色一色だが、菩薩像は色鮮やかなものという。しかし、ほとんどの菩薩像は、長い年月が経って黒くなってしまっているらしい。そんな一般に目にする黒い仏像も、昔々に作られ、祀られた当初は、このような色鮮やかな像だったのか、と思うと、貴重なものを見ている気がした。
「日本で一番新しい仏像です」とのことでした。色落ちも欠損もない仏像は、何か貫禄がありました。トレパンとパーカーで、その前に立ってしまいました(失礼)。
古いお寺、というのもいいけれど、こういう由緒ありつつも新しいお寺もなかなか良いものです。良い雰囲気を感じました。
お寺を後にし、少し下った見晴らしの良いところでKと2人で休憩する。自販機でコーヒーを買い、体を温めつつ、Kの買ってきてくれたドーナツ1個を半分こし、自分の買ってきたチョコチップスナック(よく売っている、スティック状のパンで、袋にたくさん入っているもの)を食べる。山際には、今まさに沈もうとしている夕日が眩しく輝いていた・・・。
K「お前の足の細さ見てびっくりした。もっと逞しくなろうぜ」
ま「ああ」
K「俺も、だけどな」
ま「・・・ああ」
K「明日から、朝、ランニングしよう。筋トレもしよう。八時に川辺に集合な」
ま「ああ。そうしよう。・・・ところで今日、これから時間大丈夫なの?」
K「今日、彼女の誕生日なんだ。もうレストランを予約している」
ま「え。何時から?」
K「七時」
ま「今、五時半だぞ」
行きと比べて、帰り道のなんと楽なことよ。ほぼずっと下り坂で、こがなくてもすいすい進んでいく。ちょっとこげば車と同じくらいのスピードで走っていける。帰りはほぼ半分の時間、30分で帰って来れた。
Kは「今日は付き合ってくれてありがとう!」と言って、彼女の下へと走り去った。私も「こちらこそ」とは言ったものの、その後、自転車を貸してくれた友人と夕飯を食べていたとき、ずっと「もう、ほんと、ひどい目にあった」と嘆いていた。自分もこんなに愚痴っぽくなるのだな。なんだか達成感よりも、打ちのめされた感が強かったのだ・・・。
自転車を貸してくれた友人は笑っていた。
友「あはは。ひどい目にあったな。俺は行かなくて正解だった。」
ま「くそー。明日からのランニングで見返してやるー。」
その数時間後、Kからメールが来た。
「疲れているだろうし、明日は無しにしよう。俺も疲れたし(笑。」
・・・!!なんだなんだ、お前はー!自分も疲れてたのかい!
そのあと、ぼくは、うらみたっぷりにブログをかきました。良い経験をさせてもらったけれど、夕日はきれいだったけれど、楽しくもあったけれど・・・。もう、あんなしんどい抜き打ち遠足ははご免願いたい・・・。とか言いつつも、また誘われたら行ってしまうような気も、する。
午後3時半。私の部屋近くに集合。部屋に荷物を置いて、トレパン、パーカーに着替え、自転車を紛失中の私は別の友人の部屋にママチャリを借りに行く。快く貸していただき、いざ出発!
午後4時ジャスト。スタート。
Kは言った。
「今日は自分を改革しようぜ!!!」
なに・・・!いつもなんとなく煮え切らず自分のキャラ(殻)を破れない俺を応援してくれているのか、お前・・・!でも・・・
K、お前・・・、
自分だけマウンテンバイクじゃないか!
ハンドルが下にクルンと曲がっている、超前傾姿勢で走行する、本格的なMTBである。時速40キロも出るらしい。対して、俺はママチャリで山を登るのか・・・
「イエーイ!行くぜ!熱い!」
・・・。
目的地は山の中にある寺院。聖徳太子が創建された、由緒あるお寺だ。
出発してすぐに、市街地を離脱。歩道が狭くなり、車道に躍り出る。横、下には川が流れ、川の上流へと上っていく。道はそれほど急でないにしても、緩やかな坂が、続く、続く、続く、つづ・・・うおーーーーーー!!!!(ママチャリで走る道じゃない!)
山々が間近に眺められ、下を流れる川は青く澄んでいく。しかし、私は自転車をタチコギでこぐのに精一杯で、景色に感動している余裕はない。ぜえぜえ。はあはあ。げ、限界・・・。
K「気持ちいいーーーーー!な、気持ちいいなっ?」
ま「吐きそうだっ!!!」
足の筋力だけでは前進できないので、腕、胸、背の筋力を動員して、全身で自転車をこぐ。あたりに人の通りはまるでない。自転車も通らない。ただ自動車だけが行き交う。車道の隅っこを登って行くMTBと、ママチャリ。「・・・ぜえぜえ(なぜ俺は)!」、「はあはあ(なぜ俺は)!!」、「あ゛ーーーーーー(ママチャリで登っているんだーーーーーー)!!!!」
ガラにもなく叫ぶ。これが出発の時に言ってた「自己改革」ってやつか・・・!?
自転車はトンネルの中も抜けていく。
K「窓烏!」
ま「ん!?なんだ!?」
K「ち○こ!」
ま「・・・・・・(怒)!!!」
ま「K、疲れないのかっ?はあはあっ」
K「息ひとつ切れない。窓烏は?」
ま「・・・・・・しんどい!!!」
恐るべしマウンテンバイク。そんなに楽なのだろうか。
午後4時50分。目的地のお寺に無事到着。最後には足もつりつつも、途中、何度か下り坂があったこと、平地も比較的多かったことに救われた。
お寺は5時に閉門。ぎりぎりである。管理者の方の一人の初老のおじさんが案内してくださった。本堂に案内されて、あれ?意外と奇麗。檜の初々しい匂いがする。
聞けば、本堂もご本尊も、5年前に心ない放火によって焼かれてしまったのだという。幸い創建時の図面が残っていたため(多分。聞き間違いだったらごめんなさい)、本堂も、ご本尊も再建したのだという。確かに、本堂は新築。ご本尊の地蔵菩薩様も檜の寄せ木造り、ということだったが、非常にきれいで、あでやかに色が塗られてあった。
如来像は金色一色だが、菩薩像は色鮮やかなものという。しかし、ほとんどの菩薩像は、長い年月が経って黒くなってしまっているらしい。そんな一般に目にする黒い仏像も、昔々に作られ、祀られた当初は、このような色鮮やかな像だったのか、と思うと、貴重なものを見ている気がした。
「日本で一番新しい仏像です」とのことでした。色落ちも欠損もない仏像は、何か貫禄がありました。トレパンとパーカーで、その前に立ってしまいました(失礼)。
古いお寺、というのもいいけれど、こういう由緒ありつつも新しいお寺もなかなか良いものです。良い雰囲気を感じました。
お寺を後にし、少し下った見晴らしの良いところでKと2人で休憩する。自販機でコーヒーを買い、体を温めつつ、Kの買ってきてくれたドーナツ1個を半分こし、自分の買ってきたチョコチップスナック(よく売っている、スティック状のパンで、袋にたくさん入っているもの)を食べる。山際には、今まさに沈もうとしている夕日が眩しく輝いていた・・・。
K「お前の足の細さ見てびっくりした。もっと逞しくなろうぜ」
ま「ああ」
K「俺も、だけどな」
ま「・・・ああ」
K「明日から、朝、ランニングしよう。筋トレもしよう。八時に川辺に集合な」
ま「ああ。そうしよう。・・・ところで今日、これから時間大丈夫なの?」
K「今日、彼女の誕生日なんだ。もうレストランを予約している」
ま「え。何時から?」
K「七時」
ま「今、五時半だぞ」
行きと比べて、帰り道のなんと楽なことよ。ほぼずっと下り坂で、こがなくてもすいすい進んでいく。ちょっとこげば車と同じくらいのスピードで走っていける。帰りはほぼ半分の時間、30分で帰って来れた。
Kは「今日は付き合ってくれてありがとう!」と言って、彼女の下へと走り去った。私も「こちらこそ」とは言ったものの、その後、自転車を貸してくれた友人と夕飯を食べていたとき、ずっと「もう、ほんと、ひどい目にあった」と嘆いていた。自分もこんなに愚痴っぽくなるのだな。なんだか達成感よりも、打ちのめされた感が強かったのだ・・・。
自転車を貸してくれた友人は笑っていた。
友「あはは。ひどい目にあったな。俺は行かなくて正解だった。」
ま「くそー。明日からのランニングで見返してやるー。」
その数時間後、Kからメールが来た。
「疲れているだろうし、明日は無しにしよう。俺も疲れたし(笑。」
・・・!!なんだなんだ、お前はー!自分も疲れてたのかい!
そのあと、ぼくは、うらみたっぷりにブログをかきました。良い経験をさせてもらったけれど、夕日はきれいだったけれど、楽しくもあったけれど・・・。もう、あんなしんどい抜き打ち遠足ははご免願いたい・・・。とか言いつつも、また誘われたら行ってしまうような気も、する。
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☆昨日までのあらすじ
順調に進んでいるやに見えた教習所ライフ。3/5には卒業検定の予定だった窓烏。高速道路教習を目前にして、仮免許証を紛失。再発行まで一時的に教習はストップ。組まれていた予定は、全て書き換えられ、3月の教習所は非常に混んでいるので、卒業検定は延びに延び、3/26に。一方、遅くとも3月中には引っ越しせねばならない。果たして烏は免許を取って田舎に帰れるのだろうか・・・。
教習所の窓口の方が、同情してすごく親身に対応してくださって、帰りのバスで泣けてきました。仮免許証をなくしたこと自体は「なんとかなるだろ」程度にしか思わなかったのですが、本人がそんないい加減なのに、その窓口の人は、自分以上に心配しくれて、予定を作り直したり、探してくれたり、してくれたので・・・。
しかも、なくしたのが、教習直後に人と話していて気が緩んでいた時だと思われるので・・・。ばっかだなあ。
順調に進んでいるやに見えた教習所ライフ。3/5には卒業検定の予定だった窓烏。高速道路教習を目前にして、仮免許証を紛失。再発行まで一時的に教習はストップ。組まれていた予定は、全て書き換えられ、3月の教習所は非常に混んでいるので、卒業検定は延びに延び、3/26に。一方、遅くとも3月中には引っ越しせねばならない。果たして烏は免許を取って田舎に帰れるのだろうか・・・。
教習所の窓口の方が、同情してすごく親身に対応してくださって、帰りのバスで泣けてきました。仮免許証をなくしたこと自体は「なんとかなるだろ」程度にしか思わなかったのですが、本人がそんないい加減なのに、その窓口の人は、自分以上に心配しくれて、予定を作り直したり、探してくれたり、してくれたので・・・。
しかも、なくしたのが、教習直後に人と話していて気が緩んでいた時だと思われるので・・・。ばっかだなあ。
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このブログも、とうとう始めてから1年を経過してしまいました。何だか分からないうちに1年が・・・、果たしてこれで良かったのだろうか・・・。
このブログは、つげ研の主催者からの真夜中(ちょうど、今くらい、日の変わり目)の電話によって、つげ研のサブコンテンツとして、即席で生まれました。彼はいつも、突然何かを押し付けてきます。
タイトルとペンネームだけ、2人で電話で相談して決めましたな。携帯片手に辞書引っ張って、適当にめくったところにあった「月に叢雲 花に風」。「おお、かっこいい!」と2人一致し、決定。名前の窓烏は、主催者様の発案だった気が。深い意味も何もなく、「窓ガラス」の「硝子」を「烏」にかけただけです。しかし、タイトルと名前のこの短い字数の中に、月・叢雲・花・風・烏
、とまあ、なかなか色んな風物が入っていますな・・・。
その後、電話を切って、ものの数分で、主催者様がブログとIDとパスワードを用意して下さっていた、というわけです。
こんな「用意してもらった」感が、私にとっては逆にやりやすかったわけです。スタートラインから「自分がやっている」となると、自己矛盾に陥って、ものの数回で終わっていたかもしれません。現に「こんなんでいいのかな・・・」と主催者様に何度も気弱なことを言っていたのですが、その度に「書くこと、続けることに意味がある」と、説得力があるようなないような言葉にまんまと説得されて、続けてきてしまいました。しかし、彼は「こんな記事は良くない」「こういう風に書け」なんてことはまるで言ってこず、基本持ち上げて励まして下さったので、その点感謝です。
果たして「書くこと、続けることに意味」があったのでしょうか?ブログの質はさておき、ブログを通じて、つげ研主催者と、チョキで数え上げられるかも分からないくらい大勢の会員の方々と、そしてこれまた大勢(なわけがない)のブログを通して知り合えた方々と、コミュニケーションをとらせていただき、良かったなあ、と思います。ありがとうございます。
1年経って、さて、このブログ、これからどう致そうか?やっぱり独り相撲にならぬよう、支えられながらやっていきたく存じます。あんまり気負わなくていいのでしょうね。今後とも、どこに迷走していくか分かりませんが、どうぞよろしくお願いします。
恵まれた環境、ブログに限らず、忘れずにやっていかなきゃな、と思いました。ついつい忘れてしまいますな。
このブログは、つげ研の主催者からの真夜中(ちょうど、今くらい、日の変わり目)の電話によって、つげ研のサブコンテンツとして、即席で生まれました。彼はいつも、突然何かを押し付けてきます。
タイトルとペンネームだけ、2人で電話で相談して決めましたな。携帯片手に辞書引っ張って、適当にめくったところにあった「月に叢雲 花に風」。「おお、かっこいい!」と2人一致し、決定。名前の窓烏は、主催者様の発案だった気が。深い意味も何もなく、「窓ガラス」の「硝子」を「烏」にかけただけです。しかし、タイトルと名前のこの短い字数の中に、月・叢雲・花・風・烏
、とまあ、なかなか色んな風物が入っていますな・・・。
その後、電話を切って、ものの数分で、主催者様がブログとIDとパスワードを用意して下さっていた、というわけです。
こんな「用意してもらった」感が、私にとっては逆にやりやすかったわけです。スタートラインから「自分がやっている」となると、自己矛盾に陥って、ものの数回で終わっていたかもしれません。現に「こんなんでいいのかな・・・」と主催者様に何度も気弱なことを言っていたのですが、その度に「書くこと、続けることに意味がある」と、説得力があるようなないような言葉にまんまと説得されて、続けてきてしまいました。しかし、彼は「こんな記事は良くない」「こういう風に書け」なんてことはまるで言ってこず、基本持ち上げて励まして下さったので、その点感謝です。
果たして「書くこと、続けることに意味」があったのでしょうか?ブログの質はさておき、ブログを通じて、つげ研主催者と、チョキで数え上げられるかも分からないくらい大勢の会員の方々と、そしてこれまた大勢(なわけがない)のブログを通して知り合えた方々と、コミュニケーションをとらせていただき、良かったなあ、と思います。ありがとうございます。
1年経って、さて、このブログ、これからどう致そうか?やっぱり独り相撲にならぬよう、支えられながらやっていきたく存じます。あんまり気負わなくていいのでしょうね。今後とも、どこに迷走していくか分かりませんが、どうぞよろしくお願いします。
恵まれた環境、ブログに限らず、忘れずにやっていかなきゃな、と思いました。ついつい忘れてしまいますな。
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