Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

The Fly

2012-10-31 00:15:00 | コラム
現在はハリウッドの巨匠となったコーエン兄弟の映画で最高傑作を挙げるとするならば、
キャリア的には初期であろうころに撮った『バートン・フィンク』(91)で「個人的には」決まり。

NYで大成した戯曲家、バートン・フィンクがハリウッドに呼ばれ映画シナリオの依頼を受ける。

しかし書けない。
タイプライターを、まったく動かせない。

ホテルはジメジメ。
部屋の壁紙はゆっくり剥がれ、LAでは存在しないはずの「蚊」が睡眠を妨げる。

この「蚊」がキーパーソン、、、ではないな、キークリーチャー(=creature)になって物語が展開されるのだが、
団地の5階に越してから、そういえば「蚊」に刺されることがなくなったなぁと。

飛んでこないのである。
「ハエ」も。
1階の住人さんは「ムカデ」に困っているようで、ときどき駆除などをやっているが、それもなし。
前アパートでは、大きさだけでいえばタランチュラ級? の「クモ」も現れたし、酔っ払って玄関少し開けた状態で寝ていたら、その隙間から「野良犬」が覗いていた―ほんとうだって―こともあった。

動物? との触れ合いが激減している。
だって5階までやってくるのは、「ハト」くらいなものなのだから。

ハトねー。
ベランダにクソさえしなければ、来てくれてもいいけれど。
自分はふつうのひとより排便回数が多いんだ、1日に2食しか喰っていないのに、最低でも5回はウンコするんだぞ、自分の尻拭きだけで精一杯なんだ、オメーのクソまで片付ける暇はないんだっての。

なんの話か分からなくなってきたが、そんなところに住んでいるのに「念のため」アースジェットを置いている。
3年前に購入したもので、いままで一度も使ったことがない・・・のだが、先日、この団地の住人になって初めてハエと遭遇した。

好きでもないのに「ちょっとだけ」やった!! と思う、この複雑なこころの動き、分かる?

ハエに出会えた喜びか、はたまた、アースジェットを使える喜びか。

しかしこのハエ、どうにも動きが鈍い。
動体視力が優れているとはいえない自分でも、彼(彼女?)の一挙手一投足が完全に把握出来るくらいに。

そういえば聞いたことがある、ほんとうかどうかは知らんが、上にやってくる蚊やハエは、その時点で弱っているから、元気であるはずがないって。

これだったら、アースジェット使うまでもなくね?
手でいけんじゃね?

しかしアースジェットを撒き散らしたいという願望もあって、
ただいっぽうで、撒いたら撒いたで、床がベトベトしたり臭ったりするわけで。

散々悩んで、結局は手で捕まえた。
モノスゴゆっくり手を伸ばしたのに、それにさえ反応しないハエだったから、一発で捕まえられた。

そうして、ティッシュのなかで握り殺した。
あれだけ鈍い動きをしているのだったら、ベランダから下に落としてあげてもよかったんだけれども。

しかし。
殺しちまった哀しみよりも、アースジェットを使わなかった後悔のほうが大きかったり。
勝負Tシャツを着てコンドームまで(しかも、ふたつ)用意したのに、なにも出来なかったみたいな、、、それはちがうか、ともかく、なんとも後味の悪い最期であった。

田舎に暮らしていた二十数年前では想像も出来なかったことである。
だって実家では、とくにかーちゃん存命のころ、台所には沢山の「ハエ取りリボン」が吊るされていて、そこに何匹もの「息も絶え絶え」なハエが貼り付いていたのだから。

その光景よ再び! なんて思っているわけではないが、どうせハエに出会うのだったら、生きがいいほうがいいなぁ、、、と思ってね。


※「飛ぶ」から連想して、この曲を。吹奏楽でも、悪くないね。




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初体験 リッジモント・ハイ(23)

2012-10-30 00:05:08 | コラム
物を投げたり落としたり壊したりするのが好きだった。
物を盗るのが好きになるのは「もう少しだけ先」の話で、小学校低学年時は、物を盗るよりも壊すことで快楽を得ていた・・・のかな。

まるで赤ちゃんみたいだが、家の物を壊せば困るのは自分なので、だから自分の家と無関係な物を選んで壊した。

嫌なヤツだねー、たぶん精神病なのだろう、それでキャッキャいっていたんだ。

その日は隣りに住む下級生のNくんを子分にして、ちかくの畑に並ぶビニールハウスのビニール部分を「ひたすら」裂いて遊んでいた。
なぜって繰り返すが、それで快楽を得られるから。

ひとつ目を裂いたときは、Nくんは間違いなく「引いて」いた。
そりゃそうだ、Nくんは基本的に「いい子」であったから。

しかし不思議なもので、裂けば裂くほど罪悪感は消え失せ、その行為が楽しくなってくる。
そうして5分後には、すべてのビニールハウスのビニールが「マトモではない」状態になっていた。

「気持ちいいね」
「・・・はい」

ふたりで笑ったその直後、畑の主が登場した。

当たり前っちゃあ、当たり前の展開である。
日中だもの、こうした犯行は夜、密かにやることなのに。

「なにしてくれてるんだ、お前たちはっ!!」

という主の怒号にびびった自分、ここで素直に謝れば翌日からクラスで「全員から無視される」なんて展開にはならなかったのに、

「石川くんに、脅されたんです!」

と、いってしまったのだ。

「石川? あの石川が?」
「はい、あの石川くんです」
「・・・・・」

「ほんとうか?」と、自分にではなくNくんに聞く主。

「だよね?」と、Nくんに迫る自分。

「・・・は、はい」


石川くんは、自分のクラスメイトである。

超のつくイケメン。
スポーツ万能。
学力は「そこそこ」で、彼に恨みがあったわけではなく、いやむしろ憧れていた。

憧れからの反動? か、咄嗟に出た名前が石川くんだった。


主は自分らをほったらかしにして、石川家へ。

ばれるのは時間の問題、幸い父親も母親も外出中である、どうせなら早めに嘘がばれて、この主に何発かビンタされ「はい、おしまい!」にしたいところ。だったら素直に謝ればいいものを、それが出来なかったところをみると、やっぱり精神病なんだよね。

「牧野さん、どうするんですか」
「お前はいいよ、家に帰ってな」
「でも・・・」
「やろうっていったのは、自分なんだから」

間違った男気の見せかたとは、このことだろう。
とにかくNくんを家に帰し、主の再訪を待った。


・・・遅い、遅過ぎる。

揉めているんだろうか。

当たり前だ、バカヤロウ。


それから5分後―あろうことか、主の軽トラと父親の乗った車がほとんど同時に現れたのだった。

その10分後には、自分は血だらけ状態で号泣していた。

父親は、コトの流れを完全には把握してなかったはずである。
とにかく自分が悪さをして、畑の主を怒らせたのだと。それしか分かっていなかったんだと思う。

最初は拳ではなく、投げだった。
そこから顔面やボディ目がけての殴打が始まり、それがしばらく続いた。「お前ってヤツは!」「ヒトサマに迷惑かけて!」と怒鳴りながら。

深刻度はもちろん100だが、描写としては『あばれはっちゃく』以上『血と骨』以下、、、というか。
理想のワルガキ度? を挙げるとするならば、『どこまでもいこう』(99…トップ画像)なのだが。
あの映画のように、相棒(Nくん)も居たわけだし。


いやしかし、ほんとうに、ほんとうに怖かった。

生まれて初めて殴られたこの日は、
生まれて初めて父親を怖いと思い、
生まれて初めて母親の恐怖の顔を見て、
生まれて初めて母親の絶叫―「光永が死んじゃうから!」と、止めに入ったのだ―を聞いた、忘れられない日、、、なのである。


※『どこまでもいこう』のヒロイン、芳賀優里亜が好きだった




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初体験 リッジモント・ハイ(22)

2012-10-29 00:15:00 | コラム
「殴って、なぜ悪いか」

トップ画像とこの台詞―『機動戦士ガンダム』―にピンとくる同世代は多いと思うが、
今回のテーマは、「殴られたこと」。

「った」ではなく、「られた」ほうね。


その昔、米オスカー授賞式で「―いままで僕を殴ったひと、キスをしたひとに感謝したい。僕が殴ったひと、キスしたひともね」とウィットに富んだ? スピーチをしたひとが居たが・・・

自分、回数ではなく人数でいうと、
キスした/されたひと より、殴った/殴られたひと のほうが、残念ながら多い。

しかも、圧倒的に。

単に、くそーと思う。
グーより、チューのほうがいいもんね。

少し格好いいことをいうと、
・・・でもまぁなにかのパクりではあるのだが、身体の痛みより、こころの痛みのほうが傷は深いし長引く。
殴られた痛みは一瞬、そうでなかったとしてもすぐに癒えるものだから。

とはいっても、そんな経験はしないほうがいいにきまっている。

痛いものは痛いし、
歯が欠けるかもしれない―実際に、自分は欠けた―し、
鼻の骨を折るかもしれないし、
その姿を好きな子に目撃されるかもしれないし、

マゾヒストでもないかぎり、殴られて気持ちよくなるヤツなんて居ないだろうから。


殴られた回数―格闘技を除いて、350回くらいかな、もっと多いかな、
そのうち7割は、未成年のうちに殴られた。

それでよかったと思うんだ、いや、よかったということはないのだが、成人後の殴る/殴られる は、「死」につながる可能性もあるしね。

内訳を、もう少し続けよう。

未成年時に殴られた回数の大半は、高校1年時、しかも5月~6月の短期間に集中している。
つまり、イジメによるものだ。

今回のテーマはイジメではないので、このままスルーしてしまおう。ここ書くと怨念120の文章になってしまうので。

残りは教師、父親の順に多い。
イジメを除けば、同級生や上級生、もちろん下級生に殴られたことがない―つまり殴り合いのような喧嘩は、上京するまで経験したことがなかったのである。

さて。
そこそこ・・・どころじゃないか、けっこう滅茶苦茶な少年期を送ってきた割には、父親に殴られた回数は少ない。
教師に殴られたほうが、圧倒的に多い。
しかも担任ではなく、なぜか隣りのクラスの教師とか、生活指導の教師に殴られた。つまり担任が手を焼き、ほかの教師に助けを求めた―というわけなのだ。

自分が高校を出てからのことかね、どう考えても生徒・児童が悪いのに、そう簡単に教師が手を上げられなくなったのは。
いま考えても、殴られて正解だったけれどね。もっと殴ってくれても? よかったくらい。

殴ってくれてありがとう、森原先生・・・って、あ、いっちゃった。

しかし。
そんなクソガキであっても、生まれて初めて自分を殴ったのは父親だった。

しかも一発ではない、二発三発四発五発とつづき、蹴りや投げ技も入り、自分と同時に障子も吹っ飛び、まるで『姿三四郎』(43)のようなアクションが展開されたのである。

鼻血ぶー、足がくがく、みたいな。

痛みは忘れたが、この日のことは台詞から父親・母親の表情、さらにいえば天気や晩飯のメニュー(そう、血だらけになっても喰ったんだ)まで、あらゆるディティールを記憶している。

では、その日の出来事を詳細に綴っていこうか―。

つづく。


※あぁおもしろい




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モノリスは、ベンチだった。

2012-10-28 00:15:00 | コラム
シナリオ執筆を最優先にするため、家にこもることが多くなった。

コーヒーがぶがぶ呑みながら、煙草ばんばん吸いながら、モニターとにらめっこ。
ときどき自慰、晩になったらビールをメインにした食事。

少し前のコラムで書いたように、ちょっと息苦しくなることもあるので「夜の」ジョギングを日課にしている。

60分(前後)走ったあと、団地内にある小さな公園ベンチに横になることが「決まり」だ。

汗がひくのを待ちつつ、夜空を眺める。
この時期は星がよく見えて、柄にもなく感動なんかしたりする。

ベンチに、マジックで書かれた落書き。

「おまん○女 090-○○○○―5132」とある。

ちなみに初めの「○」は自主規制ではなく、ほんとうに「○」と書かれていた。
後半4つの「○」は、自主規制である。

放送禁止用語は「○」で伏せているクセして、個人情報は垂れ流しにしている矛盾。
暗いヤツだなと思いつつ、しかし便所と同様、落書きなんてこんなものだと解釈する・・・も、これを書いたヤツと自分と、こころの腐り具合ってどのくらいの差があるのだろう、、、などと考えたり。

あんまり変わんないかもな―という結論に達し、再び空を眺める。

星を見て理由がよく分からない感動に襲われ、いい気持ちになる・・・のは数分で、ずっと見ていると、こんどは恐怖心がやってくる。
恐怖心というのはちがうか、宇宙のわけの分からなさに慄くというか、

なんだブラックホールって。
星雲とか恒星とかってどういうことなんだって。
何億光年とか、自分の想像力の遥か先を行き過ぎていて、ついていけないのだった。

そうして、ほとんどのひとが一度や二度は経験するであろう、どうして地球だけに生命体があるのだろう、むしろそっちのほうが不自然じゃないかとか、答えのないことをアレヤコレヤ考えることになる。

そんなこと考えても、しゃーない。
だから、
汗がひいたところで自宅に帰還する・・・と思いきや、
もういい歳なので、この状態で階段を上ると膝に堪える、ゆえにこんどは団地の周辺を一周することにした。

歩きながら、再びいろんなことを考える。

この世の不思議を思うのは、きっと時間があるからなのだろう。
シナリオに没頭しているのも、ひとつの要因か。
べつにそういう哲学? をするのは無駄なことではないとは思うが、きっと、友人知人がいろんなことを始めていることからくる焦燥感もあるにちがいない。

腐れ縁の友人が、起業した。
まったく畑がちがうのだが、ただただすごいことだと感心する。

ここ数ヶ月のあいだに、4人の友人が新しい家庭を築いた。

いっぽうで映画監督を目指す同級生の女子は、福島に行って戦っている。

手術を繰り返す病弱な友人は、それでも親御さんに仕送りを忘れない。

みんなすごいし、そういう報告を聞く度に、なにやってんだろうな自分、、、と思う。


進歩がないわけではない(と信じている)し、自分なりに戦っているつもりだが、まだまだなんだと。

考えがまとまらないので一周では済まず、二周三周と団地を回る。
しかし回れば回るほど焦燥感に駆られ、それを紛らわそうとする性が働くのか、帰宅途中の女性の脚を「怪しまれない距離感」で眺めたりなんかしている。

あぶない、あぶない。

そうして公園ベンチに戻り、腐ったヤツの書いた落書きを見て、再び空を眺める。

そうか、こういう感覚でポール・シュレイダーは『タクシードライバー』(76)の脚本を産み落としたんだな、、、と思った。
ここでやっと、とにかくいいシナリオを書かなければ―という気持ちになった。

ベンチから始まる、自我との葛藤。

すげぇなベンチ、自分にとってはモノリスのような存在になってくれたわけだ。
しょーもない落書きを含めて、自分に知恵を授けてくれたようなものだもの。


自分が好きなこと、好きで好きでたまらないこと―つまり書くこと―で喰えるようになったら最高だな幸福だな、
柳美里とか、よく書くことの苦痛というものを訴えているがなにいってんだよ、、、などと思っていた。

いたのだが、最近になってやっと、書くことって苦痛を伴うものだと悟った。

遅過ぎる?

いかにも。

まぁそれでも悟ったんだから、結果オーライとしておこう。





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シネマしりとり「薀蓄篇」(20)

2012-10-27 00:53:10 | コラム
ちゃいるど・ぷれ「い」→「い」ちかわこん(市川崑)

日本一、煙草が似合う映画監督。
和田夏十(わだ・なっと)という最強の相棒を妻にした幸福者。
じつはヒッチコック並の技巧派。

自分にとって市川崑とは「そういうひと」であり、「金田一シリーズ」の印象は薄い。

肉ばっかり喰ってヘビースモーカーだったはずなのに、92歳まで生きた―そういうところなんか尊敬に値すると思うのだが、自分がアアダコウダいわなくても、市川崑って現代の若い映画小僧に人気があるのだった。
日本映画の黄金期を支えた巨匠のなかでは、たぶん黒澤・小津の次に観られている映画監督だと思う。

人気が「異常に」高いのは『黒い十人の女』(61)だが、それはよく分かる。
たぶん「ちょっとだけ」早過ぎた傑作だったのだろう、ショットや台詞がいちいち洒落ていて、古臭さをまったく感じさせないから。

自分の好きな順に5作挙げるとするならば・・・

『炎上』(58)
『おとうと』(60)
『プーサン』(53)
『病院坂の首縊りの家』(79)
『東京オリンピック』(65)

・・・と、なる。


アニメーターから出発し、文芸やコメディ、ミステリにドキュメンタリーまで。
じつに器用なひとで、誰もが認める「失敗作」なんて、『竹取物語』(87)くらいかもしれない。
かぐや姫(沢口靖子)を迎いにくるのが「米国的UFO」であったという展開は、個人的には清々しくて? 好きだったりするのだけれども。


『おとうと』の脚本は水木洋子だが、三島の『金閣寺』を映画化・・・というより参考にした『炎上』や『プーサン』、それから『黒い十人の女』も『東京オリンピック』―そう、きっちりとした脚本があったのだ―も、脚本を担当したのは夏十だった。

曰く「脚本では、とてもじゃないが妻には勝てん」

こういう関係性、すごく羨ましい。
だから市川映画を観るとき自分は、凄いなとか面白いなとか思うよりも前に、いいなぁ羨ましいなぁ、、、などと思ってしまうのだった。

自分にとって市川崑と和田夏十という作家はふたりでワンセットであり、だからなのかもしれない、夏十が「深くは」関わっていない「金田一シリーズ」を印象の薄いもの、、、と認識しているのは。

夏十は83年に亡くなり、市川は映画を撮り続けるが、同志は次々に死んでいく。
「四騎の会」メンバーの3人、小林正樹は96年に死去、木下恵介と黒澤は98年に死去。

ひとり残された市川は、4人で共同執筆したとされるシナリオ『どら平太』を映画化(2000)、
しかし我々映画小僧が想像するような活劇は展開されず、ちょっとガッカリした記憶が残っている。

もうひとつ、ユニークな側面として「積極的にセルフリメイクする」というのがある。

56年の『ビルマの竪琴』を85年に再映画化、76年の『犬神家の一族』を2006年に再映画化。
一作のみという監督は多いが、二作も手がけた映画監督は稀だから面白いな、機会さえあれば『炎上』も『おとうと』も、『東京オリンピック』さえリメイクしたかったのかもしれないな・・・などと思ったり。

キャリアの上っ面だけで判断するのは失礼のような気もするが・・・
映画を量産し、
セルフリメイクまでやってのけ、
右腕が最大の理解者であり愛するひとでもあった―というのは、そーとー幸福な人生だったんじゃないかと。

あぁ、(しつこいが)じつに羨ましい。


※この乾いた感じが、若いひとに受け入れられ易い・・・というのは、よく分かる





次回のしりとりは・・・
いちかわ「こん」→「こん」どる。

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明日のコラムは・・・

『モノリスは、ベンチだった。』

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