まちや小(ぐわあー)

その先を曲がったら何があるのだろう、どきどきしながら歩く。そして曲がってみて気がついたこと・感じたことを書く。

市長や

2013年09月14日 | Weblog
副市長などの自治体の執行部でもなく、議員でもなく、その土地の有力者でもなく

そこに住んでいる、また働いている人たちのことを考えるのが自治体職員の、行政の基本。

だが、それが出来ていない。

「全く」といっていい。

ここで、見てるのは市民ではなく、自治体執行部や議員や、有力者。

声を聞くのも、顔色も窺うのも、そっち側。

これではいい行政を行うことは出来ない!

で、それがここ!

おもてなし

2013年09月14日 | Weblog
これは「言葉に出す」ものではない。

なので、「五輪誘致」などという『商売』に使うのは最低!

※「仕草」「態度」、そこに『さりげなさ』があってこその「おもてなし」なのだ。

物販

2013年09月14日 | Weblog
以外に「これ!」といったものはない。

で、それを2日間開催。

その予算総額は720万円。

「変えよう!」

そう考えて、で、初年度の昨年(2012年)は、そういった思いで、中味も「フェスタ」ということで行ったものが、何度も書くが、今年(2013年)は旧態依然に戻って、(いや戻らされて)で、何の特徴もないものになった。

これ、「今年は!」、そう思って企画した職員たちにとっては、「なんだよ、それ!」になる。

このイベント、実行委員会というモノがあるが、それは名前だけ。

実際は自治体レベル(職員)で企画をし(考え)、で、実行委員会に計り、そこで承認され、で、イベントとなる。

だが、そこで(実行員会等)、一部の「あほ&おばか」によって、その企画は潰され、一昨年以前の「物販」イベントに戻ったわけだ。

これ、そこで、ふんばれない、頑張れない、その「あほ&おばか」を説得できない、市側に大きな問題がある。

これ、「問題」は、それを企画した職員ではなく、その上。

ここがふんばらなければ、職員はなんのために仕事をしてきたのか、そこの部分は「水の泡」になる。

で、「産業祭」から「フェスタ」に変わったのが、名前は「フェスタ」だが、中味は「産業祭」。

ということになると、商業・工業・観光担当課が仕切るはずなのだが、そうではない。

ここが「不思議」&「おかしい」。

で、「フェスタ」なら

市民協働とかが絡むのが全国津々浦々の自治体の常識なのだが、ここではなぜかからまない。

これも「不可思議」&「おかしい!」。

ということで、ただの「物販」だけのイベントが2日間、今年行われる。

※「ビーチ・バレー」は有志が企画から当日の運営までを行うモノ。「フェスタ」が主催するモノではない。で、それも、今までは「身銭を切って」、やってくれたことで、これがなければ、それこそ「物販」と「無料配布(漁協等の協力で)」の2つが主のイベントとなわけで、まあ、それなら、自治体は商工会だとかに十八番の「委託(丸投げ)」すればいいのだ。

故意

2013年09月14日 | Weblog
分かっていて、で、した。

『東電 海のセシウム濃度を2年近く低く公表
                                       9月14日 4時10分

東京電力は、福島第一原子力発電所の近くの海で、2年近くにわたって放射性セシウムの濃度を誤った方法で測定し、実際より低く公表していたことが分かりました。

これは、福島第一原発の汚染水による海の汚染を監視するため、13日に初めて開かれた原子力規制委員会の専門家チームの会合で明らかにされました。
東京電力は、原発南側の放水口の近くの海で測定した、海水1リットルに含まれる放射性セシウム137の濃度について、おととしの5月から2年近くにわたって、1から10ベクレル程度と公表していました。
ところが、原子力規制庁の職員に指摘され正しく測り直した結果、公表していた値は、1リットル当たり実際より数ベクレル程度低かったことが分かりました。
東京電力は「測定時に周辺の放射線の影響を誤って見積もったために正しく測れていなかった」と説明していて、ことし6月以降は改善して公表しているということです。
会合に参加した専門家からは「初歩的なミスだ」「東京電力に任せず規制委員会も測定すべきだ」といった批判や意見が相次ぎました。』

※「過失」ではなく「故意」、それも悪質な、というか、これが東電の常套手段!。で、まだ「過失」といっているのが他にいくつもある!

YOSAKOI

2013年09月14日 | Weblog
「ゆらめき雑記」から転載。

『YOSAKOIソーラン祭りを考える

よさこいソーラン祭り。札幌のは正確には「YOSAKOI」というみたいです。好きか嫌いかといわれると、僕はまあ、好きではないのだけれど、実際には、それほど気になってはいません(期間中は街に近寄らない)。しかし、道民ないし札幌人の誰しもが YOSAKOI に賛同しているわけではないことは知っておいていただきたいと思います。

ところで、内地の人たちは札幌の YOSAKOI をどのように見ているのでしょう。「北海道の晩春の楽しいお祭り」というイメージでしょうか。TV 番組のリポータは「日本一、いや、北半球一のお祭りです」などと言っていたのだけれど、それはどういう意味なのだろう。集客数、参加者数、それとも規模や経済効果? あるいは楽しさということだろうか。

しかし、そもそも、YOSAKOI を「祭り」として把握している人が、どれだけいるかは疑問です。はっきり言って、YOSAKOI は祭りではありません。むしろ、「大会」といったほうが的確だと思います。路上パフォーマンスの大会です。だから、審査もあるし、練習も過酷になるし、参加するには資格も必要になるし、多額の資金も必要になる。

けして、市民や旅行者の誰しもが参加して楽しめる「祭り」といった代物ではありません。ただ、その大会という限りにおいては、YOSAKOI はなかなかのものです。是非一度、納涼をかねて札幌に見学に来られると面白いと思います。開催時期の札幌の平均気温は25度前後、道民にとってはちょっと暑い季節ですが、内地と比較するなら涼しいでしょう。

そういったわけで、参考ばかりに こういった視点からのYOSAKOI というものも、YOSAKOI 参加者や関係者は頭の片隅に置いておくと良いと思います。思っている以上に YOSAKOI を楽しんでいる人というのは少ないのではないかと僕は思っています。どちらかというと迷惑です。もちろん、だから止めろといった極論を言いたいのではありません。

たしかに YOSAKOI は地域に密着した「お祭り」であって、それは素晴らしいことでしょう。各地にチームがあり、特色を生かした振り付けやテーマがあり、感動する場面や斬新な演出に興奮する場面もあります。札幌の大学だったら、たいてい YOSAKOI サークルがあるでしょう。そこでは、いろいろな物語も生まれているのだと思う。

参加者にしてみたら、やりがいのあるイベントなのだろうし、楽しいのだとも思う。しかし、その一方で、それは集団的な自己満足でしかないのではとも思います。というのも、基本的に YOSAKOI は観客と共有されるような祭りではないからです。いまのように大規模化すると、多少の文句はノイズとして無視されてしまうかもしれないけれど、これはたしかです。

もともと、YOSAKOI は北海道大学の学生が大通に場所を借りて始めたものでした。けれど、回数を重ね、大規模になるに連れて、学生の自治を離れ、そこに行政とメディアが介入し、次第に YOSAKOI は公的なものになっていきました。料金を取る代わりに良い席で踊りを楽しめる「桟敷席」が問題になったのもこの過程でした。

いまでは、そういった野暮な問題を取り上げると白眼視されかねません。最初は学生が始めた遊びかもしれないけれど、いまやそれは全国に誇れるような札幌を代表するイベントなのだから。そうした広報的な側面が強化され、運営が実質的に公的な手に渡ったあとも、学生の自治で運営されていた会場は「やはり一番楽しい」と言われていました。

こういった段階になって、参加する人たちと参加しない人たちは完全に分断されたような印象を受けます。もはや「演者」「観客」という以上に離れてしまっている。演劇でもそうだけれど、こうも一体感が損なわれてしまうと見させられている人は急速に冷めてしまいます。見せている人はもちろん楽しいのだろうし、当初は見ているほうだって楽しかった。

そこにはなにかしらの共有があったし、見ている人たちにもどこか参加しているという意識がありました。そして、それを共有しない人たちに対する遠慮もありました。それはもしかすると、いまは馬鹿騒ぎしているけれど、その騒ぎのあとにはきちんとあそこに戻らなければならないという刹那感の共有だったのかもしれません。

しかし、いまは違います。演者と観客の間には深い溝がある。そして、一度そう感じてしまうと、YOSAKOI を押し付けられる人たちの目に映るのはその嫌な部分です。参加者のマナーの悪さ、騒音の酷さ、地方車の場違いさ、そもそも、YOSAKOI のために道路や公園や施設の利用が制限されるのだから、興味のない人には迷惑でしかありません。

もちろん、どんなイベントだってそういったことはあるけれど、YOSAKOI の場合はそう感じる人が多いのではないかと思います。市民の潜在的な反発がこれだけあるものを、経済効果や参加者の理屈で止められないからといって続けているということに一抹の疑念は感じるものです。ただ、それでも YOSAKOI は終わらないでしょう。

しかし、いまのような状況がずっと続いて、いつまで経っても変わっていかないのなら、どこかで不意に破綻してしまうのではないかと思います。こうした文章を書いておいてなんですが、別に YOSAKOI を頭ごなしに否定したいわけでも、暴言を吐いてすっきりしたいわけでもありません。ただ、誰もが楽しめるお祭りにしてほしいと思うだけです。』

※自己満足、観客と共有化出来ない。確かにその通り。

安倍総理

2013年09月14日 | Weblog
現実をウソで固めて五輪を誘致。

『小出裕章氏「汚染水は制御不能。安倍首相の発言は恥知らずだ」-

                           ゲンダイネット(2013年9月14日10時26分)

「放射能は完全にブロックされている」「コントロール下にある」――。IOC総会で、安倍晋三首相は福島第1原発の汚染水問題について、こう豪語した。首相の言葉はすなわち、国際公約になったわけだが、現地では今も1日400トンもの地下水が壊れた原子炉建屋に流れ込み、海に漏れている可能性も否定できない。安倍首相の言う「完全ブロック」とは程遠い状況なのだが、原子力の第一人者はどう見ているか。

<そんなに安全なら自分で現場に行けばいい>

―安倍首相のIOC総会での発言を聞いて、どう思われましたか?

「ほとほと呆れました。一体何を根拠にコントロールできていると言っているのでしょうか。冗談ではありません。福島原発は今、人類が初めて遭遇する困難に直面していて、想像を絶する状況が進行しているのです。そもそも、原発政策を推し進めてきた自民党政権は、原発を安全だと説明してきたが、安全神話は事故で崩れた。それなのに『コントロール』なんて、よく言えたもので、本当に恥知らずです。そこまで言い切るなら、安倍首相自らが福島原発に行って収束作業に当たればいいと思います」

―汚染水の現状をどう見ていますか。

「これは予想できたことなのです。事故が起きた福島原発では溶けた炉心の核燃料を冷却する必要があります。水を入れれば核燃料に触れた水の汚染は避けられない。福島原発は水素爆発で原子炉建屋の屋根が吹き飛び、地震と津波で、施設のあちこちが壊れている。汚染水は必ず外部に漏れてくる。それが原子炉建屋やタービン建屋の地下、トレンチといった地下トンネルにたまり、あふれ出る。誰が見ても、当たり前のことが起こっているのです」

―小出さんは2011年3月の事故直後から、汚染水はタンカーで移送すべきだと提案していました。

「漏れた汚染水が原発の敷地内にたまり続け、今のように周辺からあふれるのは明白でした。それなら一刻も早く汚染水を漏れない場所に移さないといけない。そこで数万トンの容量があるタンカー移送を提案したのです。新潟県にある世界最大の原発、東京電力柏崎刈羽原発には廃液処理装置があります。柏崎刈羽原発は稼働停止中ですから、そこに運んで廃液処理するべきだと考えたのです」

―しかし、提案は採用されなかった。

「汚染水を海上輸送するので、地元漁協はもちろん、国際社会の反発が予想されるし、受け入れる新潟県の反対もあったのでしょう。東電が柏崎刈羽原発に放射性廃棄物がたまり続けることを避けたかったのかも知れません。私は2011年5月に原子炉建屋の周辺に遮水壁を設けることも提案しました。地下水の汚染を防ぐためです。しかし、東電側は『カネがかかり過ぎて6月の株主総会を乗り切れない』と考えたようで、結局、何もしなかった。今になって遮水壁、凍土壁を設置すると言っていますが、バカにしているのかと思いますね」

<汚染水は許容値の300万倍、制御は不可能>

―政府の汚染水対策の柱は「凍土壁」と、汚染水から放射性物質を取り除く多核種除去装置「ALPS」の増設・改良です。「ALPS」が稼働すれば状況は改善されるのですか。

「動かさないよりも動かした方がいいに決まっている。しかし、汚染水問題の根本解決は困難と言わざるを得ません。なぜなら、汚染水の濃度があまりに高いからです。汚染水に含まれている主な放射性物質はセシウム137、ストロンチウム90、トリチウムの3つだと思います。この実験所をはじめ、国内の原発でストロンチウム90を廃液処理する場合、法令上の基準値は1リットル当たり30ベクレル以下です。しかし、先日、福島原発の地上タンクから漏出した汚染水は1リットル8000万ベクレルと報道されていました。つまり、許容濃度にするには、300万分の1以下に処理しなければならない。私は不可能だと思っています。さらに、トリチウムは三重水素と呼ばれる水素ですから、水そのもので、ALPSで除去することはできません」

―凍土壁は効果ありますか。

「私は遮水壁は鉄とコンクリートで造るべきだと思っています。耐久性があり、最低でも10~20年は持つからです。しかし、造るのに時間もカネもかかる。待ったなしの状況を考えれば、急場しのぎの凍土壁も造った方がいい。ただ、凍土壁が冷却に失敗したら地下に巨大な穴が開く恐れがある上、何年維持できるのか分からない。最終的には、やはり、凍土壁の周囲を鉄とコンクリートの遮水壁で覆う必要があると思います」

―小出さんは最近、水を使った冷却をやめるべきと言っていますね。

「水を使い続ける限り、汚染水は増え続ける。今のような状況は何としても変えなくてはなりません。重要なことは冷やすこと。つまり、冷やすことさえできれば、手段は問わないわけです。東海原発の原子炉のように炭酸ガスを使って冷やす例もあります。ただ、ガスだと今度は汚染ガスの問題が出てくるでしょう。そこで、金属を使うことが考えられます。仮に(融点の低い)鉛などを炉心に送ることができれば、最初は熱で溶けて塊になるものの、塊が大きくなるにつれて次第に熱では溶けなくなる。その後は自然空冷という状態になると思います。ただ、これが確実に有効な対策かと問われると正直、分かりません。金属の専門家などを集めて知恵を絞るしかありません」

<チェルノブイリのように石棺にするしかない>

―福島原発はどうすれば廃炉できるのでしょうか。

「(1986年に事故を起こした)チェルノブイリ原発のように石棺しか方法はないと思います。ただ、チェルノブイリ原発も事故から27年経った今、コンクリートのあちこちが壊れ始めている。福島原発は事故を起こした原子炉が4基もあり、石棺にするにしても、使用済み核燃料プールにある燃料棒は必ず取り出す必要がある。その燃料棒の取り出しに一体何年かかるのかも分かりません」

―簡易型タンクで急場をしのぐだけの東電の後手後手対応にも呆れます。

「現場は猛烈に放射線量が高く、一帯は放射能の沼のようになっていると思います。その中で、貯水タンクを(壊れにくい)溶接型にしたり、漏出がないかどうかを24時間体制で監視すれば、確実に作業員の被曝(ひばく)線量が増える。つまり、作業を厳格にしようとすれば、その分、作業員の被曝線量が増えてしまう。だから、場当たり的な作業にならざるを得ないのだと思います」

―作業員の話が出ましたが、今後、数十年間は続くとみられる廃炉作業を担う作業員は確保できるのでしょうか。

「チェルノブイリ原発では、収束のために60万~80万人が作業に当たりました。27年経った今も、毎日数千人が作業しています。原子炉1基の事故でさえ、この状況です。福島は原子炉が4基もある。一体どのくらいの作業員が必要になるのか見当もつきません」

―それなのに安倍政権は原発を再稼働する気です。

「町の小さな工場でも毒物を流せば警察沙汰になり、倒産します。しかし、福島原発の事故では東電はいまだに誰も責任を問われていません。電力会社が事故を起こしても免責になることに国が“お墨付き”を与えたようなものです。だから、全国の電力会社が原発再稼働に走るのです」

▽こいで・ひろあき 1949年東京生まれ。東北大工学部原子核工学科卒、同大学院修了。74年から現職。放射線計測、原子力施設の工学的安全性の分析が専門。「放射能汚染の現実を超えて」(河出書房新社)、「原発のウソ」(扶桑社)など著書多数。』

※安倍総理は、よく、ここまで根拠のまったくない、「ウソ」ばかりいうことが出来るよな。まあ、あるいみ「すごい!」。

やりすぎは

2013年09月14日 | Weblog
ダメ。

『ビーチ文化と海の家 音楽禁止の余波(上)「音霊」閉鎖、頭ごなしに“抗議”

                       カナロコ by 神奈川新聞 9月12日(木)11時30分配信

この夏、逗子海水浴場(逗子市)の“象徴”と呼ばれた施設が浜辺を去っていった。

6日。数日前までの熱狂がうそのようにがらんとした海岸では、「音霊(おとだま)」の解体作業が行われていた。逗子出身の音楽ユニット「キマグレン」の2人が経営する海の家兼ライブハウス。2005年夏のオープン以来、毎年約4万人の入場者を数える人気スポットだった。

その音霊が突然、今夏限りの閉鎖を発表したのはシーズン終盤の8月23日。「こんな頭ごなしのやり方では、決して良い方向にいかない。閉鎖は行政へのメッセージですよ」。店長の清水良太さん(25)は苦々しい表情を浮かべていた。

 
■「安全安心のため」
 
「頭ごなし」とは、平井竜一市長が強く打ち出す「音楽禁止」を含めた条例改正の動きだ。7月に発生した客同士の殺傷事件が契機となり、市は警察など関係機関と対策協議会を設置。来夏に向け「あり方を根本的に見直す」(平井市長)検討を進めている。

〈逗子海岸が今、大変な状況に陥っています〉
市のホームページには危機感をあらわにした声明が掲載された。

入れ墨やタトゥー姿の若者たち。小競り合い騒動を起こす酔客。露出度の高い水着で密着するカップル、果ては殺傷事件の発生…。「これでは家族連れは安心して遊べないだろう」。シーズンさなか、ライフガードを務める男性(22)は困った顔で海岸を見渡していた。市が掲げる「ファミリービーチ」とはかけ離れた実情があった。

こうした風紀の乱れ、治安の悪化の一因を、市は「音楽」と捉える。片瀬海岸西浜海水浴場(藤沢市)や由比ガ浜海水浴場(鎌倉市)が続けざまに音楽やクラブイベントを自主規制したことで、あぶれた客らが東へ東へと流れている-。そう指摘する海の家の関係者もいた。

逗子市はこれまで海水浴場の運営方針やルール策定は逗子海岸営業協同組合とも協議してきたが、今夏は協議の場に組合を交えず、海の家の営業時間短縮や取り締まり強化などを行った。66日間で海の家への指導は20件、警告が6件、防音対策不備などで営業停止3日間も2件あった。「ルールを守らない人がいる以上、厳しいと言われようと安全安心を取り戻すのが最優先だ」。毎週末の夜間パトロールで客らから、「強硬だ」と批判された平井市長は重ねて持論を訴えた。


■共存の道筋見えず
 
「泥酔客やごみの問題も、すべて音楽を規制すれば解決するのか」。自主的な努力を重ねてきたという同組合代表理事の原敦さん(44)は違和感を隠さない。自身の海の家では、若者たちが熱狂するクラブイベントを行う団体の受け入れを自粛し、土日の売り上げは昨夏の半分ほどに落ちた。海岸へ下りる高架下通路入り口には夜間の街灯を設置し、浜辺に残されたごみは拾い、自費で処分した。

だが、組合の試験的な対応としてクラブイベントを自粛する動きがあるなか、逗子市は民間の反発を受けながらも条例規制に乗り出す。

「市のやり方は、ゼロか100かだ」と原さん。音霊店長の清水さんも言う。「海岸を今後どうしていくのか、もう少し歩み寄り、共存を探る方法はなかったのか」

しこりを残したまま、逗子の夏は終わりを迎えた。

西浜から由比ガ浜、そして逗子へと広がった音楽やクラブイベントの規制は今夏、海の家の集客手法のあり方に大きな問いを投げかけた。全国的なブランドを誇る湘南海岸はどこに向かうのか。各地の模索や来夏へ向けた挑戦の動きを通し、あるべきビーチの姿を考える。

◆クラブイベント
 
明確な定義はないものの、音楽をかけるディスク・ジョッキー(DJ)が大音量でダンスミュージックを次々と流し会場の男女が重低音のリズムに合わせて踊る催し。都内などのクラブでは一晩中踊り続ける企画も少なくない。厳密には風営法上の許可が必要とされるケースもあり、都内では警察に摘発される店が出始めている。海の家では、ダンスフロアがある建物の外で酒類を提供する店もある。


◆20年で海水浴客半減
 
藤沢市教育委員会発行の「湘南の誕生」(2005年)によると、日本で海水浴が始まったのは明治時代に入ってからだ。1887(明治20)年の東海道線開通をきっかけに、全国に先駆けて相模湾を覆うように開設された。1910年には江ノ電が全線開通し、海水浴をはじめとする行楽が庶民的な娯楽として普及していった。

近年の海水浴客数は、レジャーの多様化などを受けて緩やかに減少している。

県環境衛生課によると、2012年の県内海水浴場の利用者数は685万人。天候の影響も受けつつ、ここ数年は500万人台前後で推移しており、約20年前の1994年(1098万人)と比べ半減した。海水浴場の数も、95年の36カ所に対し、2012年は26カ所になっている。

海岸に並ぶ海の家も、時代とともに変化を遂げてきた。かき氷や焼きそばなどを提供する昔ながらの店は少なくなり、代わりにカウンターがあるカフェ風の店やクラブイベントを行えるライブハウスが増えるなど形態が多様化している。

8月最後の週末。例年なら、短い夏の終わりを惜しむように若者が殺到し、夕刻のビーチは最高潮を迎えるはずだった。

だが、今夏は違った。

「とにかく客がこない。もう正直、限界ですよ」。客足の引きが早く、辺りは閑散としている。嘆きが漏れ聞こえるのは今夏、「音楽全面禁止」を徹底した藤沢市の片瀬海岸西浜海水浴場だ。

シーズン最中のある日、20人ほどの若者が海水浴に来た。音楽もダンスもなく盛り上がりに欠けるビーチを見渡して出た言葉は「やっぱ、由比ガ浜行こう」。ぞろぞろと連れだって、江ノ島電鉄に乗って隣の鎌倉に行ってしまった。

「音楽禁止もいいけど客を呼んでほしい。なんか策を考えてくれないと、もたない」。数年前からクラブイベントの会場として海の家を貸していた関係者は頭を抱える。昨年と比べ客数も売り上げも半分以下という。

家族連れからは、「去年と違って、本当に安心」との声が聞かれた。一方、酒を飲み千鳥足で駅へ向かうビキニ姿の若い女性は「超つまんない。去年もおととしも超盛り上がったのに」と口をとがらせていた。

昨夏約265万人の海水浴客が訪れた西浜だが、音楽禁止となった今夏は「200万人前後」(海の家関係者)と、2~3割減少する見通しだ。


■トラブル急増の芽
 
「どこも同じだと思う」と、海の家関係者は匿名を条件に集客力のあるクラブイベント開催の仕組みを明かす。

イベント主催者が、海の家を会場として借り、1回当たり数十万円を海の家経営者へ支払う。音楽を選曲して流すDJ(ディスク・ジョッキー)などを含めた会場内の演出は、ほぼすべて主催者側が仕込む。海の家側は、来場者へ酒や飲み物を販売する。

数百人規模の集客と飲食代。海の家にとって、売り上げが確約された“うまみ”の大きな商売になっていった。

合計30軒ほどが店を構える西浜で、こうした業態の海の家は3軒ほどだった。しかし、酒を飲んだ若者らのトラブルは急増し、海水浴場関連だけで110番は一夏で500件近くに上っていた。


■来夏再び“解禁”へ

西浜を管轄する藤沢署によると、今シーズンの海水浴場関連の110番受理件数は前年比で27%減の344件となった。うち、けんかなどのトラブルの通報に限れば6割減少し、駐車苦情や盗難も軒並み4~5割減ったという。署員は「音楽禁止の効果が大きい」と分析する。

方で、傷害や準強姦(ごうかん)未遂など悪質な事件は依然として発生している。アルコール度数の高い酒を小さなグラスで何度も何度も一気飲みするかけ声は今夏も散見された。やはり「トラブルの大半は酒が原因」(署員)だ。

8月初旬の午後10時、人けのなくなった海岸で準強姦未遂事件の被害者となったのは17歳の少女だった。海の家の桁下で見知らぬ男と2人でいるところを、すんでのところで発見された。少女は泥酔状態だったという。

「いったんリセットしなきゃ西浜に未来はない」。音楽禁止を打ち出した江の島海水浴場協同組合の新井進専務理事は言う。「今年は決意の年だったが、自主規制を徹底して結果を示せた。今後は、来年に向けて音楽ジャンルや音量、イベント内容についてルールを決めていく」と、“音楽解禁”を見据える。

藤沢市観光課も「イベントの開催などで誘客に力を入れる」と、後押しする姿勢だ。

片瀬海岸西浜海水浴場が今夏、音楽全面禁止を打ち出し、海の家の“クラブ化”が隣接する鎌倉・由比ガ浜や逗子へ広がった今回の問題。なぜ、茅ケ崎などの西ではなく、東へ向かったのか。

昔から顔の見える関係で、権利の売買・貸借がない」と話すのはサザンビーチちがさき(茅ケ崎市)の海の家経営者だ。この経営者には今春、初めて音楽イベントの開催打診があった。だが「この辺りは、西浜や由比ガ浜のように建物が近代的な作りになっていない。近隣に迷惑をかけるようなことはできない」と断ったという。

西浜以西のビーチでは、昔ながらの海の家が多く、軒数も少ない。権利を持つ経営者の多くが、運営者を兼ねていることもクラブ化しなかった理由のようだ。

一方、湘南でも圧倒的な若者の集客を見込める西浜では5年ほど前からクラブ化が始まった。逗子海岸では9年前から音楽ユニット、キマグレンによる「音霊(おとだま)」を筆頭に音楽イベントが開催できる防音設備を備えた海の家が増えた。由比ガ浜でもバーカウンター、カフェ風の店が登場していった。

こうした潜在的なニーズや、海の家の経営手法、建物の作り方などの違いから、クラブ化の流れが東へ向かったとの見方もある。

こうも変わるものか。

多くの小中高生が夏休みに入った20日、例年なら一気に盛り上がるはずの片瀬海岸西浜海水浴場(藤沢市)には、静かな潮騒が響いていた。

週末の夕暮れ時ともなれば、一部の海の家では、最高潮を迎えようと、大音量のダンスミュージックで踊る若者たちが体を揺らし、重低音は江の島や住宅街にまで届いた。「若い女の子が、小さな水着を身に着け、酒に酔い、よたよたビーチを歩いていた。そこに上半身裸の屈強な男たちが群がる。もう本当に心配で」。長年、西浜を見てきた海の家の女性経営者(72)は、いつか大変な事件が起きるのではないか、と気が気ではなかった。こうした状況は5~6年前から始まり、ここ1、2年で一気にエスカレートしたという。

◇昨年、クラブイベントの主催者へ海の家を貸していた男性経営者(30)は明かす。

「うちは主催者に場所を貸すだけ。『ハコ貸し』というやつです」。主催者はさまざまで、事前にチケットを売るケースもある。1人当たり2千~3千円程度が相場で、男女で料金を変えるイベントもある。

酒などの飲み物は海の家側が提供し、別料金だ。「ハコ代と酒代がうち(海の家)の収入になる」。場所代と集客が確実に見込めるこうした仕組みから、海の家経営者がイベントの内容や音量、音楽ジャンルなどについて口出ししにくくなる構図が浮かぶ。

この海の家では、昨夏の2カ月間で30回ほどクラブイベントを開催。今夏は「音楽禁止」の自主規制を受け、クラブイベントは予定していない。売り上げや客数は半減しているという。

◇海の家経営者は、うまみの大きいクラブイベントを再開したいのではないか。

すると、意外な答えが返ってきた。「もう、たくさんです。もめ事が多すぎ。手に負えないくらい。『やめろ、やめろ』と押さえるのが大変。何か起きちゃ取り返しがつかない」

藤沢署によると、昨年は騒音やけんか騒ぎなど海水浴場関連だけで500件近い通報があった。それが今年は7月1~15日の集計で、2割以上減少しているという。「因果関係は定かではないが確実に減っている」(署員)

日が暮れ、海水浴客が続々と引き揚げる。酔いの回った若い女性2人連れに今夏の西浜の印象を聞いた。
「超つまんないよね。ギャルは減ったし。去年も一昨年も最高に盛り上がったのに」とこぼした。

男性経営者は、閑散とした静かなビーチを見渡し、さみしさをにじませた。「でも、やっぱり海の家で流行の曲を軽い感じで流せるようにはしたいな」』

※海での音はせいぜい「BGM」。大きな音でなにかをしたいなら、それ専用の、音が外にもれない場所でやればいい!

外面

2013年09月14日 | Weblog
「報道」、「噂」、こういったものを極端に嫌うのが自治体。

で、これがその典型。

『懲戒処分:奈良市職員10人を 勤務中「中抜け」など5件の不祥事で /奈良

                               毎日新聞 2013年07月31日 地方版

奈良市は30日、勤務中に職場を抜け出す「中抜け」をしたなどとして、5件の不祥事に関連して職員10人を停職や減給などの懲戒処分にしたと発表した。

中抜けでは、市環境部収集課の男性職員(47)が減給10分の1(3カ月)。中抜けと判断したのは昨年9月24日(時間不明)▽同26日(1時間29分)▽10月24日(1時間40分)の3回。職場の出入りを撮影した昨年12月のテレビ報道を受け、市の職員分限懲戒審査委員会が審議した。

職員は委員会の聴取に「休憩時間の範囲内」と中抜けを否定したが、審査委は「同僚職員への聞き取りで『職場離脱が無かった』という証言を得られなかった」などと判断したという。

このほか、酒気帯び運転で罰金刑(30万円)となった同課の男性職員(50)=停職3カ月▽欠勤を繰り返した市こども園推進課の女性職員(52)=停職1カ月、市下水道建設課の女性職員(28)=減給10分の1(3カ月)▽2009年度〜10年度に取引業者からの請求の処理を怠り、延滞後の業者の督促に自腹で約78万円を支払った市リサイクル推進課(当時)の男性職員(45)=同▽カッターナイフの所持による軽犯罪法違反で科料(9900円)となった市水道局工務課の男性職員(44)=減給10分の1(2カ月)。監督責任を問い各職員の上司4人も減給や戒告とした。』


『<勤務「中抜け」>「報道根拠の処分不当」奈良市職員が提訴

                               毎日新聞 9月14日(土)2時31分配信

勤務中に職場を抜け出す「中抜け」疑惑を報じたテレビ報道を根拠に、奈良市から減給の懲戒処分を受けた男性市職員が、「客観的な根拠も裏付けもなく、報道のみを安易に信用した」として、処分の取り消しを求める訴訟を奈良地裁に起こしたことが13日、分かった。市側は同僚職員らの証言などが得られないまま、報道内容を基に処分したことを認めており、専門家からは処分の妥当性を疑問視する声が出ている。

提訴は8月22日付。訴状などによると、男性職員は清掃工場に所属。毎日放送(大阪市)が昨年12月のニュース番組で、工場から私有車で外出した職員が、休憩時間を超過して「中抜け」した疑惑を報道。奈良市はこの映像を主な根拠に7月30日、勤務中の職場離脱が計3回(12年9~10月)あったとして減給10分の1(3カ月)の懲戒処分にした。

報道では工場を出入りする職員は匿名で顔も映っていなかったが、市は車の形などから懲戒処分を受けた職員の可能性が高いと判断。職員は市の聴取に対し、取材を受けたことを認めたうえで「休憩時間の範囲内」と中抜けを否定したという。

奈良市によると、毎日放送に対し、放送されたもの以外の映像提供を求めたが「映像は報道目的」として拒否された。しかし、毎日放送が「内容に自信は持っている」と返答したことを受け、「映像の信頼性は高い」と判断し、懲戒処分を決めたという。

訴状で職員側は、報道された映像からは休憩時間を超えて勤務離脱したことは認められない▽他の職員らへの事情聴取など一切の調査をしていない--などと主張。一方、市側は取材に対し、同僚職員への聞き取りをしたが、「『職場離脱はなかった』という証言を得られなかった」と説明。提訴については「裁判の中で処分の正当性を主張していきたいと考えている」とコメントした。

毎日放送は「訴訟の当事者ではなく、コメントする立場にない」としている。服部孝章・立教大教授(メディア法)は「主観の入る余地がある取材、編集をした報道機関の映像で懲戒処分するのは疑問。職員管理のできていない市が、他人のふんどしで相撲を取ったような処分だ。処分するなら、市側の調査結果に基づくべきだ」と指摘している。【釣田祐喜、宮本翔平、芝村侑美】』


※この記事のとおりだとしたら、自治体の面子は丸つぶれというか、そもそも、ちゃんと調べて、で、対応したかが問題なわけだ。しかし、「職員管理の出来ていない」とは、ここ(このまち)にもあてはまる書き方だな。

ジャパン・オリジナル

2013年09月14日 | Weblog
「ナポリタン」が典型。


『「スパゲティにケチャップやトマトソースをかけてはいけない」 ―

             外国人向け「イタリア料理10の掟」- えん食べ(2013年9月13日19時30分)

イタリア料理はいまや世界中で食べられるようになっている。だが、イタリア人の、特に料理人の目から見ると、その多くはイタリア料理とは言えないものなのだそうだ。

世界のイタリア料理を正しい道に導くため、イタリア北部の都市パルマにあるフードアカデミー「Academia Barilla」は、外国人向けのイタリア料理に関する10の掟を発表した。「ホラー」なイタリア料理を生み出さないための手引きとして活用して欲しいそうだ。

その10の掟の中には、日本人としては耳の痛いものもある。いくつか紹介しよう。

「パスタにケチャップをかけてはいけない。これは、イタリア人をひどく不快にさせる行為だ。 Academia Barilla ではこれを、『許し難い罪』であると定義している。イタリア料理に関する多くの著作を持つ Gennaro Contaldo 氏はケチャップの使い方について次のように説明している。

『わたしは良質なケチャップなら好きだ。だが、その用途は、チップスに限定すべきだ』」

ケチャップを大胆に使用したパスタメニュー「スパゲティ ナポリタン」を発明してしまった日本人としては、なんとも耳の痛い忠告だ。

こんなのもある。

「パスタやリゾットは、他の料理のサイドディッシュ(添え物)として提供してはならない。これは、パスタに対する冒とく行為だ。Contaldo 氏は、この件について次のように述べている。

『私は1970年代に初めてイギリスを訪れたとき、パスタやリゾットをサイドディッシュとして使うメニューがあるのを知った。だが幸いなことに、現在ではそのようなメニューはほぼ絶滅している』」

Contaldo 氏が日本を訪れないことを祈ろう。日本では2013年の現在も、スパゲティを「添え物」として使っているメニューがたくさんあるからだ。例えば、ほか弁屋さんでハンバーグ弁当やメンチカツ弁当を買うと、付け合わせとしてスパゲティ ナポリタンが添えられていることが多い。

筆者は海外で「スパイダー(蜘蛛)ロール」や「キャタピラ(いもむし)ロール」といった奇抜な鮨を見るにつけ、「こんなものは鮨じゃない!」と怒っていた。だが、そんな自分がイタリア料理を冒涜していたとは、まったく気付いていなかった。いやほんと、ごめんなさい。

もう1つ引用しよう。「スパゲティ・ボロネーゼ」は、世界で最も人気のあるイタリア料理の1つ。だが、ボローニャではスパゲティではなく、タリアテッレを使うのが一般的だそうだ。

Academia Barilla は次のように説明している。

「細かいことだと思うかもしれない。だが、イタリア料理においては、正しい種類のパスタと正しいソースを組み合わせることが、神聖なことだと考えられている」

同協会が発表した10の掟は次の通りだ。なるほど!と思うものから、なんのことかわからないものまで様々あるが、イタリアに旅行に行くときには、知っておいた方が良いのかもしれない。

1. パスタとリゾットをサイドディッシュ(添え物)にしてはならない。これは、冒涜的な行為だ

前述の通り。耳が痛い…。

2. イタリア料理に、鳥肉を使ったパスタメニューはない

筆者は昨日、コンビニで購入した「鳥肉とキノコの和風パスタ」を食べたばかりだ。イタリアの方々には、本当に申し訳ないことをしたと深く反省している(でも、多分、来週あたり、また食べると思う)。

3. イタリアのレストランに、赤と白のチェック柄のテーブルクロスを使っているレストランなどない

これは米国のイタリアンレストランでよく見かける光景だ。日本ではあまり見ない気がする。

4. パスタを茹でるときに、油を入れてはいけない。油は、パスタの水を切った後に入れるものだ。


これも、米国人に向けた忠告だと思われる。米国人には、油を入れて茹でれば、パスタ同士がくっつかないと信じている人が比較的多い気がする。

5. 正しいボロネーゼパスタには、スパゲティではなく、タリアテッレを使う

前述の通り。でも、最近はイタリア人でもスパゲティを使うことが増えてきたらしい。

6. エスプレッソは、食事の後に飲むもの。カプチーノは朝食時に飲むもの(できれば、甘くして)

これは日本人には無縁な気がする。パスタを食べながら、エスプレッソを飲む人を、日本で見たことはない…と、思う。

7. 「フェットチーネ・アルフレッド」という料理は、イタリアにはない

「フェットチーネ・アルフレッド」とは、たっぷりのバターとパルメザンチーズをかけたパスタ料理。確かにこの料理を作ったのは、イタリア ローマのレストラン。それをある米国旅行者が母国で広めた。だが、イタリアでこのメニューを知るものはほとんどいない。

8. 「シーザーサラダ」というメニューを知るイタリア人はほとんどいない

こちらはイタリア生まれの Caesar Cardini 氏が北米で作ったメニュー。だが、イタリア人でこのメニューを知るものはいない。

9. トマトケチャップ、トマトソースをパスタにかけてはいけない

前述の通り。卵料理に対してケチャップをかけることも、下品とされているそうだ。イタリア風オムレツは、ケチャップをかけるととても美味しい。でも、我慢…。

10. イタリア料理の伝統に敬意を払って欲しい

イタリア料理の伝統に敬意を払い、イタリアのマンマの言うことには従って欲しいそうだ。

マンマはおばあちゃんから、おばあちゃんはひいおばあちゃんから、そしてひいおばあちゃんは、ひいひいおばあちゃんからの教えを受け継いでいる。この教えは、何百年にも渡って試され、実証されてきたものばかり。教えに従っていれば、まずい料理ができるはずがない。これが、イタリア料理の肝なのだという。

最後に、Academia Barilla は外国人に向けて、次のメッセージを送っている。

「イタリア料理を大事な人と一緒に食べて欲しい。それが人生の意味であり、家族を愛するということの意味だからだ」』

※ってことで、これらは「ジャパン・オリジナル」。