今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

116 下連雀(東京都)・・・大江戸の街を追われて出来た街

2007-12-31 17:14:27 | 東京(都下)
足の長い女の子を見かけた。その長い足を、冬の日がいっそう長く見せて影を延ばしている。新宿から西へ15キロ、JR三鷹駅前の交差点である。大晦日前日の街はすっかり人通りが減って、新しい年の始まりを待ち構えているようだ。東京の郊外ではよくある駅前商店街に過ぎないが、特徴といえば「下連雀」という町名だろうか。中央線で神田とつながるこの街は、江戸時代、神田連雀町が引っ越してきた街なのだ。 駅前広場を少し . . . 本文を読む
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115 霞ヶ関(東京都)・・・役人の酸いと甘えが染み付いて

2007-12-23 17:10:26 | 東京(区部)
地名にも「名はタイを表す」場合がある。この場合のタイは「体」ではなくて「態」がふさわしい。「兜町」「秋葉原」など、業態を象徴する地名はいくつも思い浮かぶが、東京・霞ヶ関は代表例の一つであろう。官庁街が並ぶ面白くも可笑しくもない街ではあるけれど、ただ単に「霞ヶ関」と言うだけでニッポン官僚機構の総本山がイメージされ、この国の政策立案推進の場であるという理解が共有される。便利であるが気味が悪い地名だ。 . . . 本文を読む
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114 福岡(福岡県)・・・天神の雑踏逃れ百道浜

2007-12-22 18:02:31 | 山口・福岡
「市街地人口」という概念で比較すると、174万人が暮らす福岡市圏のボリュームは全国第5位だという。仮に8位の北九州と合算すると、札幌を大きく抜いて3位の名古屋に迫る大都市圏となる。だから師走商戦渦中の日曜日、繁華街・天神の雑踏は半端ではなかった。三越、大丸が覇を競い、地元・岩田屋が対抗する通りは歩くのがやっと。萩や佐世保で「本気の買い物となったら福岡まで行くのよ」と聞かされたことを思い出す。 . . . 本文を読む
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113 博多(福岡県)・・・山笠の日まで眠った振りをして

2007-12-18 20:55:29 | 山口・福岡
福岡空港に降り、JR博多駅前のホテルにチェックインした――と書くことは容易だが、私の中で「福岡」と「博多」がきちんと区別できているとは言い難い。「福岡市にあって博多はその一部を成す」らしいのだが、ときに博多は福岡全域より強い印象で語られたりする。二つの街はいったいどのような間柄なのか。まずは筑前一ノ宮・住吉神社に御挨拶し、それから博多総鎮守・櫛田神社に仁義を切って、街へと繰り出した。 住吉神社 . . . 本文を読む
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112 大宰府(福岡県)・・・東風吹かず梅の香りは遠い空

2007-12-17 17:33:39 | 山口・福岡
大宰府で風に吹かれてみたかった。これまで福岡に行く都度立ち寄ろうとして、その機会に恵まれなかった懸案の地である。天満宮にお参りをするといったありきたりの興味からではなく、私なりに「期するところ」があったのである。それは「海から大宰府までの距離を体感することによって、古代人の心理に触れることができるのではないか」という推論を、かねて温めて来たからなのだ。私は7世紀人になりきって出発した。 午前6 . . . 本文を読む
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111 上石原(東京都)・・・暮れなずむ軒先の柿熟れ残り

2007-12-12 21:12:08 | 東京(都下)
夕暮れは商店街がいい。八百屋があり肉を売る店があり、売り尽くそうと声を張り上げる魚屋がある。明かるく浮かび上がる店先はどこか懐かしく、見知らぬ街であっても温かい。「暮れなずむころ」という時間帯が曲者で、献立プランを楽しむ主婦や、慣れない買い物に右往左往するおじさんたちの顔つきが、いずれも寛いで見える。それはそれぞれに、暖かい部屋で待つ家族がいる(といいのだが)からなのだろう。 新宿と八王子を結 . . . 本文を読む
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110 井の頭(東京都)・・・神田川水の出どこはイノカシラ

2007-12-09 00:56:53 | 東京(都下)
東京には「都市公園」と定義される公園が6980ヵ所もあるのだそうだ。しかし昭和31年にできた「都市公園法」の施行令によると、住民一人当たりの公園面積の標準は10平方メートルとされており、東京ではこれだけ公園数があってもその半分にも達していないらしい。ということは、散歩コースに都立・井の頭恩賜公園を「持つ」私は恵まれているということか。しかも4つしかない都立の動物園が、そこにはあるのだ。 将軍・ . . . 本文を読む
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109 多賀城(宮城県)・・・多賀城は古代の風が吹き抜けて

2007-12-08 12:06:11 | 岩手・宮城
ある時代に傑出した繁栄を見せ、その後は歴史に埋もれてしまった街は、その名を耳にするだけで自動的に特定の世界が連想されるものだ。東北でいえば「三内丸山」は縄文を、「十三湊」は中世を、「会津若松」は幕末に結びつく。そして「多賀城」といえば、古代そのものであろう。もちろん今もそこには活き活きとした生活があり、喜怒哀楽が交錯する「現役の街」なのだが、私にとって多賀城は、あくまでも古代の響きとともにある。 . . . 本文を読む
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108 野崎(東京都)・・・広げられ鄙には稀な太子道

2007-12-07 11:37:19 | 東京(都下)
「野崎」という、どこにでもありそうな鄙びた地名が東京にもある。三鷹市が調布市と接するあたりの、「東八道路」と「武蔵境通り」が交わる一帯である。「東八」とは東京―八王子のことらしく、武蔵野台地を東西に貫こうとして建設が途中でストップしている幹線道路である。「武蔵境通り」は調布から西東京市へ、台地を南北に通じる都道で、大拡幅工事が進行中である。野崎には、間もなく大きな交差点が出現する。 今では「武 . . . 本文を読む
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107 若松(東京都)・・・先進の医療の街は引き籠もり

2007-12-06 15:02:09 | 東京(区部)
都営地下鉄・大江戸線に「若松河田」という駅がある。若松と河田という町名を並べただけの芸のなさであるが、それだけこの地域を代表する駅名が見当たらなかった、ということなのだろう。周辺を見渡すと新宿、戸山、市谷といった耳慣れた地名がある一方で、余丁町、原町、喜久井町、弁天町など、大方の東京人には縁の薄い名称が並んでいる。この地域を一括して呼び表わすふさわしい名前はないものだろうか。 地名見物を続ける . . . 本文を読む
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106 神戸(兵庫県)・・・東海と西海つなぐターミナル

2007-12-04 08:52:35 | 大阪・兵庫
西国といえど晩秋の日没は早い。大時計が午後5時51分を指すJR神戸駅に降り立つと、駅前広場はすでに暮れていて、家路を急ぐ人々のシルエットが寒々と通り過ぎて行く。改めて駅舎を振り返る。シンプルながら重厚な建物が黒々とうずくまって、大きく駅名を掲げている。その文字列を見上げていたら、かつての社会科少年にこみ上げてくる感慨があった。「そうだった、ここが東海道本線の終着駅なのだ」 神戸は、いつも三宮駅 . . . 本文を読む
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105 元町(兵庫県)・・・自らのブランド力で復興だ

2007-12-02 22:57:07 | 大阪・兵庫
都市にはブランド力がある。それは「ふるさとの懐かしさ」といった個人的ブランドは抜きにして、「行ってみたい街」「住んでみたい街」となって一般化される人気ランキングのようなものだ。とすれば神戸は、最も高いブランド力を認められている街のひとつだろう。阪神淡路大震災は、その被害の甚大さが国民を茫然自失させたのだが、さらに「あの神戸という街」が崩れ落ちたというショックが、衝撃を増幅させたのである。 久し . . . 本文を読む
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104 明石(兵庫県)・・・子午線の街は暮れても時刻み

2007-12-01 10:10:02 | 大阪・兵庫
「明石」と聞いて「蛸だ鯛だ明石焼だ」と大騒ぎするほど、私は食いしん坊ではない。「明石」といえばやはり日本標準時・子午線の街であろう。というわけで駅を降りると、まずは東経135度のラインを探しに街に出た(はずだった)のだが、途中の市場街「魚の棚」で屋台のオバちゃんに篭絡され、タコのやわらか煮を頬張ることになってしまった。従って子午線にたどり着いたときには、晩秋の1日はすっかり暮れていた。 「子午 . . . 本文を読む
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