松原洋一・UAG美術家研究所

近世から明治中期頃までに活動していて、ネット検索しても出てこない画家を中心に紹介しています。ただいま鳥取県を探索中。

竹田系作品鑑定の第一人者・田中柏陰と門人

2016-10-28 | 画人伝・山口


文献:山口県の美術、防長の書画展-藩政時代から昭和前期まで

竹田系作品鑑定の第一人者としても知られた田中柏陰(1866-1934)は、静岡の漆器商の家に生まれ、17歳で京都に出て田能村直入に師事、竹田・直入の画風を受け継ぎ、濃彩の山水画を得意とした。禅にも興味を示し、黄檗禅を修め、詩文を植木斗南に学んだという。34歳の時に山口防府の田中家を継ぎ、姓を田中に改めた。京都と山口に画塾を開き、多くの門人を育成している。主な門人としては、防府の長松秀鳳、藤井華浦、植木華城、大阪の藤原完堂、京都の田能村竹外、田能村直雙、美濃部舟水、片山丹霞、岡山の三宅丹斎、脇本九年、福山の内藤天来、徳山の藤本木田、藤井小陰らで、春風会という毎年恒例の展示会を開催していた。

田中柏陰(1866-1934)
慶応2年静岡県生まれ。本名は啓三郎。のちに画名を馨、字を叔明。別号に静麓、孤立、柏樹子、柏舎主人、空相居士がある。本姓は中川。明治16年、17歳の時に京都に出て田能村直入に師事し、竹田・直入の画風を受け継ぎ、濃彩の山水画を得意とした。師直入は、柏陰の才能を認め、養子としたが、のちに事情があって本姓に戻したという。明治33年、山口県右田村の大崎の田中家の当主幾太郎の長女と結婚し、田中家を継ぎ姓を田中に改めた。明治末から大正期にかけては、山水写生のため越後、信濃、飛騨など全国各地を歴遊し、朝鮮、中国にも渡り写生をした。京都の柳家画肪、山口防府石田の画禅室、及び海北邨舎という画塾を開き多くの門人を育てた。田能村竹田系の作品鑑定の第一人者としても知られる。昭和9年、69歳で死去した。

植木華城(不明-不明)
防府出身で、田中柏陰に師事した。

長松秀鳳(不明-不明)
防府出身で、田中柏陰に師事した。

藤井華浦(不明-不明)
防府出身で、田中柏陰に師事した。

藤井小陰(不明-不明)
大分県出身で、田中柏陰に師事した。徳山市野上町に住んで、有志に絵の指導をした。

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