松原洋一・UAG美術家研究所

近世から明治中期頃までに活動していて、ネット検索しても出てこない画家を中心に紹介しています。ただいま長崎県を探索中。

飛騨ゆかりの初期画人

2015-05-12 | 画人伝・美濃、飛騨

文献:飛騨の系譜、飛騨人物事典

金森長近が高山の城下町を京都に模して整備して以来、飛騨の人たちにとって京都文化は身近な存在で、高山や古川の祭り屋台にも京風文化がみられる。江戸中期に飛騨で活動した画人たちも、多くは京都から来たか、または京都で学んで帰郷したものたちが中心だった。

三熊思孝(1730-1794)
享保15年生まれ。京都の人。字は介堂。主計と称した。天明7年に飛騨に来た。長崎の画家・大友月湖に学んだ。「竜虎など見もしないものを描いても仕方がない」として桜をテーマにしたという。『続近世畸人伝』の絵を描いた。寛政6年死去。

武川維章(1744-1799)
延享1年生まれ。武川倍行の弟。名は倉之助。別号に良雪がある。若林内蔵介と称した。宝暦年間に京都に出て円山応挙に師事した。花鳥を描き京都御室御所に仕えた。晩年は下呂に帰り多くの作品を残している。寛政11年死去。

住芸文(1778-1853)
安永7年生まれ。高山の人。名は斉助。別号に暁々斎がある。越前国の牧野治良兵衛の長男で、小坂町村の住家の養子となり「鷲見」の字も当てる。俳句、和歌などにも優れた。京都で円山派の絵を学び、彩色が巧みで花鳥、人物を得意とした。小坂町の長谷寺に「楠公父子訣別の図」、高山の祭り屋台「麒麟台」裏天井に竜の絵が残っている。嘉永6年死去。

市村鳳頂(1781-1822)
天明元年生まれ。市村家5世。名は成良・成亮、字は介甫・来儀。別号に周鼎、芸州などがある。地役人の指田通古の四男。京都の河村文鳳に画を学んだ。花里天満宮幣殿と高山一本杉白山神社幣殿の天井に墨絵の竜が残っている。文政5年死去。

青木玄章(1781-1858)
天明元年生まれ。山之口村の名主の子。名は清蔵。名主を継ぎ農業のかたわら、武川維章に画を学び、円山派の画法を修めた。特に鯉、魚を得意とした。天保のはじめごろから非常災害時の救済資金を積み立て、天保4年には飢饉が深刻になるのを見越して美濃太田、関、高山から米麦を買い入れて村人を飢えから救った。無医村で村人が困っていたため、越中富山の守周慶に医学を学んだ。安政5年死去。

狩野永岳(不明-1867)
京都の人。縫殿助と称する。狩野永納の画風を継ぎながら、当時流行の四条派の画風をも取り入れた異色の画家。天保12年、高山滞在中に田中大秀の像を描いた。慶応3年、78歳で死去した。

桐山楸閨(不明-1859)
古川町生まれ。桐山浄所の妻。名は久子。旧姓は玉腰。作品に見真大師画像、屏風(素玄寺蔵)がある。安政6年、85歳で死去した。

萩原一山(不明-1832)
船津町の人。名は範。通称は清兵衛。別号に清画・翠松軒がある。本姓は谷口で大森旭亭の娘婿。月僊に師事した。秋田の里民に養蚕を指導して同地の蚕業振興に貢献した。狂歌を好み、藤の橋成と号した。天保3年、55歳で死去した。

島田与惣治(1784-1829)
天明4年吉城郡袖川村生まれ。豪農。ブドウと虎の絵を得意とした。文政12年死去。

辻雪蕉(不明-1840)
高山の人。名は与清・雪蕉斎、通称は卯兵衛。金沢の法橋俊乗に学び牛の絵を得意とした。無欲で画料を受け取らなかったという。天保11年、82歳で死去した。

横谷東☆(1807-1905)(☆は「燐」の「火」を「山」に)
文化4年生まれ。塩屋の人。幼名は小一郎、のちに助惣。白雲居に絵を学び、師と同様に竹をよく描いた。立華では一松斎と号して飛騨国准会頭。庭師でもあり、円徳寺、川尻家、田中家などの庭を築いた。明治38年死去。

松村梅宰(不明-1864)
高山の人。初名は吉兵衛、のちに寛一、通称は正太郎。別号に董緝、清泉園、楳斎、木母がある。本姓は中野。京都の小田海僊に学び、山水や人物などが巧みだった。帰郷後は飛騨郡代所の画師、のちに法橋の官に進んだ。「運材図会」の絵を手掛けた。天保3年編集の『書画帖』の吟者。元治元年、50歳で死去した。

山本十水(1816-1862)
文化13年生まれ。高山の人。名は清逸。森茂雨香に画を学び、山水花鳥を得意とした。文久2年死去。

坂本旭英(不明-1876)
船津町の人。名は茂十郎。号は藤橋斎。京都の円山派の吉村孝敬に学んだ。

飯山保敬(1845-1917)
弘文2年生まれ。高山の地役人。田近盛域の子で飯山家を継いだ。字は勝之助、のちに精一。別は華郷。垣内雲りんについて四条派の画を学んだ。大正6年死去。

岐阜(14)-ネット検索で出てこない画家

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