松原洋一・UAG美術家研究所

近世から明治中期頃までに活動していて、ネット検索しても出てこない画家を中心に紹介しています。ただいま鳥取県を探索中。

駿河台狩野に学んだ津和野藩御用絵師・岡野家六代

2016-12-03 | 画人伝・島根


文献:島根の美術家-絵画編、島根県文化人名鑑、島根県人名事典


岡野洞淵(不明-1759)は駿河台狩野の開祖・狩野洞雲益信の門人だったが、津和野藩主・亀井氏のお抱え絵師となり、その後岡野家は六代に渡って津和野藩に仕えた。第三代の岡野洞山美高(1770-1856)は狩野派の型通りの画風ではあるが、最も評価が高く、法橋に叙せられている。

岡野洞淵(不明-1759)
津和野藩御用絵師初代。名は益清。狩野洞雲益信の門人で、のちに洞春福信に師事した。亀井家に仕え、御用絵師として津和野に招聘された。宝暦9年死去した。

岡野洞桂(不明-1747)
初代益清の子だが、22歳で死去したため世襲はしていない。

岡野洞山美高(1770-1856)
明和7年生まれ。津和野藩御用絵師第三代。名は美高。狩野洞春美信の門人で、法橋に叙せられた。安政2年、87歳で死去した。

岡野洞山陳盖(不明-1860)
津和野藩御用絵師第四代。名は陳盖、はじめ洞淵春葉といった。狩野洞白の門人。三代洞山美高と同じ号を用いた。万延元年死去した。

岡野洞林(不明-1854)
岡野洞山陳盖の子だが、早世したため世襲はしていない。

岡野洞石(不明-1867)
津和野藩御用絵師第五代。慶応7年死去した。

岡野洞岡(不明-不明)
津和野藩御用絵師第六代、岡野洞石の子。その子美春は第7代となるはずだったが、明治維新に際して絵師を廃業し大阪に移住したといわれている。

栗本格斎(1845-不明)
弘化2年生まれ。通称は里治。津和野の人。岡野洞山に師事した。

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