辰姫と私 ~石田三成の娘「辰姫」の研究~

石田三成の娘”辰姫”の真実を伝承するブログです。あと仏教のエッセイとオマケ(管理人の日常)。

私が仏教・密教・信仰、特にお経について書く理由

2017年06月14日 21時11分53秒 | エッセイ (辰姫と私)
 ここのところ、仏教・密教・信仰についてのエッセイを立て続けに書いているので、今日は私がなぜ、辰姫の事を多くの方に伝える為という事を主旨としたこのブログで、ブログカテゴリーに”仏教・密教・信仰”という事についてエッセイを綴っているかを書いておこうと思います。

 結論から言って、それは・・・

 故人を想う人や故人を喜ばせる何かをしたいと思っている方々に、その方法の一つをお伝えしたいと思ったからです。


 私の生業は看護師です。
 単刀直入に言うと、若かりし頃に自分が味わった病の苦しみから、同じ苦しみを持つ病人の手助けをしたいと思ったのがキッカケでした。いまから20年以上も前の話ですけどね。

 しかし、数年前から私は思っています。

 生きている人に尽くそう、救いたい、生きている人々に対し喜んでもらいたいと思い行動する人は世に無数にいます。
 しかし、故人に(死んだ人)に喜んでもらいたいとか、救いたいとか、尽くしたいと思い、それを行動する人は本当に限られた数の人だと。
 ・・・私はそう思えてならないのです。


 私の仏教・密教の知識と学び、そして読経は、全て辰姫がキッカケです。

 辰姫の研究を進めていて、どうしても仏教について調べないと辿り付けない事が多々あったので仏教を調べ始めたのが一つ。

 もう一つは、以前の記事にも書いていますが、辰姫の研究をはじめ、同時に辰姫の墓参りを不定期ながら毎月(月に2~4回)行うようになり、一年くらい経った日の事です。
 そのお寺(東楊寺)の副住職様が、辰姫の墓前で合掌している私の所へ来て「あなたにお経を捧げましょう。般若心経でどうでしょうかね」と言って下さり、私は「なら私ではなく辰姫に捧げてあげて下さい」と言い、副住職様は般若心経を読経をして下さいました。
 その時「僧侶の方や他人にやってもらうのではなく、自分の力で、自分で辰姫を喜ばせてあげたい。安らぎを与えてあげたい」と思ったのがキッカケです。

 般若心経から始まり、それ以降、読経できるようになったのならと、自身の先祖の仏壇と祖父の形見の観音像に読経を捧げるようになり(当然、辰姫を想いながら読経は始めていました)、経典も光明真言、各御仏の真言、回向文、消災妙吉祥陀羅尼、懺悔文、破地獄偈、等々をはじめ、他の経典の現代語訳や経典自体を覚え(暗記だけでなく、現代語訳と、その意味と主旨も覚え)、現在は毎日朝晩読経しています。
 ・・・それ以前に何の因果か、幾つかの短い経典(延命十句観音経など)や陀羅尼(幾つかの各御仏の陀羅尼や仏の眷属(仏を守り従う天人(神と呼ばれる場合もあります)の陀羅尼)は知っていたのですけど・・・それも今になって活き始めています。


 そして、ある経典に「仏の教えを人々に伝える事は、必ず功徳となる」「それは御仏の意に沿ったものである」という内容の事が述べられていたのを目にし(現代語訳でないと解らないのですけどね)、「もしかしたら自分と同じように大好きな故人に喜んでもらえる事をしたいとか、安らぎを与えてあげる事をしたいと思っている人がいるんじゃないか?」と。

「なら、自分の習得した読経や、仏教・密教・信仰の本当の事をブログに書いて伝えてもいいのではないか」と思ったんです。


 これも以前の記事に書きましたが、私は以前、信仰心の欠片もない人間でした。
 神仏をののしり、その存在すら否定していました。

 私の仏教・密教・信仰は、仏教経典(お経)や読経の習得、信仰の本来の目的と主旨や仏教の本当の目的などの知識は全て・・・そう、全て辰姫が始まりです。

 辰姫の墓前で副住職様が般若心経を私に唱えようとしなければ・・・私はいまだに墓前で合掌するだけに留まっていたでしょう。
 辰姫研究の為に仏教は調べ始めていましたが・・・現在ほど学びを深める事はなかったでしょう。
 まして、亡き祖父の日課の読経を受け継ぐ事も、自分の家の仏壇や祖父の形見の観音像に読経することなどなかったんです。


 ・・・話を戻します。

 持っているだけの知識は自己満足でオシマイ。
 自分の身の回りに人だけに”ひけらかす”だけならそれは知識の自慢でしかありません。
 それは私が生業(看護師)で大学や専門学校の実習生や新米看護師の指導者であった時期に常に心にあった事です。

 それが・・・上記したすべてが、このブログで”仏教・密教・信仰”について(特にお経について)を書く事にした理由です。


 私の記事で、どれほどの方々が、仏教やお経について現代で生まれてしまった偏見や誤解を解かれ、自分第一ではなく、大切な人や想いをはせる故人の為に仏教の教えや読経をしてみようと思って、また、始めた方々がいるかどうかはわかりませんが・・・。

 辰姫から授かった読経や教え(仏教・密教)を伝える事も、私の役目の一つではないのかと最近は思っている次第です。

 もちろん私の使命は「辰姫の存在を多くの方々に伝え、後世に残し伝える事」と確信していますので、辰姫の研究(と墓参りと読経も)が私の根幹です。


 私の書いた事が、少しでも多くの方々の安らぎや支えに活かせてもらえれば、本当に嬉しく思います。


【追記】
 私は信仰を持っていますが、宗教(宗教団体。特に現代で発祥した主教団体)に属する気は毛頭なく、宗教(の入会)を薦める気も全くありません。また、TVの特集でやっているような超常現象などは全く信じておりません。
 ご理解ください。
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