辰姫(石田三成の娘)研究とエッセイ

歴史の闇に埋もれてきた”辰姫”に光を当てる真剣な歴史研究記録。あと管理人の日常や趣味等のエッセイ。

人それぞれ色んな人生があるんだなぁ~・・・としみじみ思っている今日この頃

2017年04月18日 18時59分43秒 | エッセイ (日常)
 先月42歳になった私。

 歳のせいでしょうか・・・はたまた疲れているのでしょうか・・・それとも経典の意味を心に留め始めたせいでしょうか?

 人との関わりを積極的に求める気が無くなりました。
 もともと人付き合いがそれほど好きではない私(私から誘をかける人は本当に信頼をおけると思った人々のみです)。

 まぁ、仕事や家の事、妻との時間、辰姫の研究、経典の習得や読誦にも関心があるし・・・。持ち時間が少なく感じるという事もあるのでしょうけどね。


 誰だって仕事はある。楽な仕事など無いものです。
 子供は子供で勉強や友達付き合いや親の言う事を聞かなければならなかったり・・・。
 人それぞれ絶対に事情はあります。

 「私は○○だから。あなたはいいね~」
 そんな言葉は吐くものではありません。みっともないと私は思ってしまいます。


 誰一人、同じ人生の人間なんて存在しません。当然です。
 だから、人それぞれ皆違っていて当然です。
 幸せのカタチ、好きな事、考え方、受け捉え方、日々の生活、大切なもの・・・等々。

 「あの人って○○なんだって~」「やだ~!何それ?わけわかんな~い」
 自分の視点で自分の物差しで、その人を計ったところで何になるんでしょうね?
 挙句には小馬鹿にし、そして笑う。
 小さい。小さすぎる。
 受け入れる云々は別として、相手を認めようとさえしないセリフは、自分の人間の小ささを露わにしているだけにしか私には映りません。


 ・・・う~ん、やっぱり私は”変わり者”なんでしょう(笑)。

 人それぞれ。
 他人を馬鹿にしたリ見下したりするセリフは自分の器の小ささを自ら晒しているのみ。ウケ狙いにもその場を盛り上げる事にもならないものです。
 なにより、心ある人から見たら(聞いたら)、不快なもの以外の何物でもないはず。


 やっぱり歳のせいでしょうか?
 いや、疲れているのかな?
 いいや、経典の内容の影響か?
 素直に、いや、”愚直”に・・・そういった生き方をこれからもしていこうと思っている今日この頃の私です。

 ちなみに、そんな今日この頃の自分をそれなりに気に入っています(笑)。
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