辰姫と私 ~石田三成の娘「辰姫」の研究~

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大悲心陀羅尼について

2017年05月15日 19時08分06秒 | エッセイ (仏教)
 般若心経を3つの記事で語らせてもらったので(エッセイ (仏教・密教・信仰)の、般若心経 その1~3を参照下さい)、今回は私が般若心経の次の次(三番目)に覚えた経典(お経)、大悲心陀羅尼について書こうと思います。

 覚える気になったキッカケは、「辰姫の墓参りに行った時に、辰姫に般若心経とは違う経典(お経)も聴かせてあげて喜んでもらいたい」という気持ちからです。
 読経を修得しようとする方々の多くは般若心経から覚え、次に観音経を覚えるのが最もポピュラーなようですが、私は観音経ではなく、二番目に光明真言、三番目に大悲心陀羅尼でした。
 観音経ではなく光明真言から大悲心陀羅尼と選んだのは・・・なんとなく気になったからです、直観ですね(笑)

 光明真言は短いので(陀羅尼の中では長い方ですが・・・)、覚えるのに何日もかかりませんでした。
 今回は光明真言ではなく、覚えるのに非常に時間のかかってしまった(私は物覚えが悪いので・・・)大悲心陀羅尼について書こうと思います。

 祖父の日課でもあった読経。それを引き継ぐと決めたので、覚えたお経なら当然亡き祖父と自身の先祖、祖父の形見の観音像にも捧げようと思い、日々読経し、今に至っています。


 般若心経の記事(般若心経 その3)の記事の中でも書きましたが、大悲心陀羅尼は「千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経」というお経(略して「千手観音大悲心陀羅尼経」とされています)の中に説かれている陀羅尼で、独立して陀羅尼として(お経として)唱えられているのもです。

 大悲心陀羅尼は天台宗や禅宗などの密教系の宗派で読まれる経典(お経)でその宗派の中では「三陀羅尼」といわれるものの一つで凄く重要視されています。法事の際などにも、たまに読まれる事があります。
 
 そして大悲心陀羅尼は”経(教え)”ではなく、全文が”陀羅尼(神咒、御仏にしか意味が解らない言葉、いわば呪文)”です。

 陀羅尼についても般若心経の記事(般若心経 その3)の記事の中で書いてますので参照下さい。

 その大悲心陀羅尼が収まっている経典が「千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経」、略して「千手観音陀羅尼経」です。

 「千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経」は、”経(教え)”で、現代語訳にすると、観世音菩薩(観音様)が千手観音に姿を変える事が出来るようになった経緯と本意が書かれています。
 観音様は”十一面観音”や”馬頭観音”など”○○観音”といった様々な姿に自分を変える事が出来、”千手観音”は観音様がより多くの人々を救う為に姿を変えた、いわば”観音様の究極進化した姿”です。

 そしてその「千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経」の中で、観音様が釈迦如来の前で「人々の幸せの為に大悲心陀羅尼を唱える事をお許し下さい」と願い出て、釈迦如来が「私も聴きたい。ぜひ唱えてほしい」と言われるシーンが描かれ、大悲心陀羅尼が書かれて(説かれて)います。

 その後にその大悲心陀羅尼がもたらす功徳と、いわば効能(?)が長々と書かれています。
 他のお経の中で説かれる陀羅尼よりその功徳と効能(?)の多さ長さは群を抜いているでしょう。
 私の目的であった「聴くものに安らぎと救いと功徳をもたらす」という事もその中には書かれています(よかった~)。


 大悲心陀羅尼は陀羅尼では半端じゃなく長いお経です。
 唱えるのに般若心経の倍の時間を要します。
 (ちなみに般若心経が約2分~2分30秒前後に対し、大悲心陀羅尼は4~5分くらいかかります。私の場合ですが)
 しかし、「千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経」の中で、日々欠かさず唱える事の大切さと多くの功徳がしっかりと書かれており、観音様が「この陀羅尼は救いの陀羅尼であり、欠かしてはいけないし、途絶えさせてはいけないよ」と救いを求めに来た人間や釈迦如来の弟子に言っている場面があり、釈迦如来も「これと観世音菩薩の名を聴く事が出来る者はこの世に生まれる前にしっかりとした行いをした者なのだよ。唱える者はその更なるものである。だからそのよい行いとこの陀羅尼の読誦も欠かしてはいけないよ」と多くの菩薩達や神々や人々の前で言って聞かせる場面もあります。

 とにかく、大悲心陀羅尼を聴く者、そしてそれ以上に日々唱える者に、安らぎをもたらすとされている経典(お経)です。


 「なむからたんの~とらや~や~、なむおりや~ぼりょき~ち~、しふら~や~・・・」から始まるお経。
 途中、「も~ら~も~ら~、も~き~も~き~」や「しゃ~ろ~しゃ~ろ~、も~ら~も~ら~」や「そもこ~」といった、まさしく何(の意味)を言っているのか解らない、ちょっと不思議なお経です。

 でも、ある意味、凄まじいお経である事は間違いないようです。
 なにせ「三陀羅尼」の一つで宗派によって最重要、重宝されているお経なのですからね。
 観音様や釈迦如来も「千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経」の中で大絶賛し重要視しているくらいなのですから。

 その独特の言語とリズムからなのか、唱えながら自分で聞いても、唱えた後にスッキリしますね。
 (現代の脳科学分野においても読経の脳に対する効果は証明され、その事は般若心経の記事の中に書いていますので参照下さい)


 物覚えの悪い私は暗記(読誦)するまで3カ月もかかってしまいましたが、毎日唱えれば自然と気がつかないうちに頭に入っているのもですね。殆ど自然と覚えました(3カ月もかかってますが・・・(笑))。

 日々唱えている祖父の形見の観音像、亡き祖父と先祖(仏壇)、そして辰姫に喜んでもらいたいが為に私はこれからも唱えていこうと思っています。
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