辰姫(石田三成の娘)研究とエッセイ

世界で唯一、歴史の闇に埋もれてきた”辰姫”に光を当てる真剣な歴史研究記録と想い。日常の事など。

辰姫の墓前で初めて大悲心陀羅尼を唱え捧げてきました

2016年10月15日 18時12分17秒 | エッセイ (辰姫と私)
 東楊寺の辰姫の墓前に伺ってきました。

 大悲心陀羅尼がつっかえずにスムーズに唱えられるようになったので(暗唱はまだ不完全ですけど)、辰姫の墓前で直接辰姫に捧げたいと思ったからです。

 天気もいいし、バイクに乗りたいとも思っていたので、いつもの様にバイクで行ってきました。

 寺に着いた時は幾人かの人の声が聞こえ、一組のご夫婦も目に付いたのですが、辰姫の墓前に立つと周囲に人気は全くなくなり、またまた辰姫と二人きりの時間を頂けたように思ってしまいました。

 いつもの様に辰姫研究の経過報告と想い、日頃思っている事や私の現状など、そして感謝を述べ、般若心経と光明真言、そして覚えたての(まだ暗唱は不完全ですが・・・覚えたとは言えないですね、すみません。)大悲心陀羅尼を捧げ、回向文を唱えました。

 初めて辰姫の墓前で直接捧げる大悲心陀羅尼。ちょっと緊張しましたが、つっかえずにスムーズに唱え捧げる事が出来ました。

 自宅に戻り、日課の読経をし、辰姫を想いいつもの様に読経を捧げ、終えた時に、自然と嬉しさが込み上げました。

 おそらく、辰姫の墓前で毎月(月に1~3回)直接読経を、しかも般若心経と光明真言を捧げる人間は私一人でしょう。しかも大悲心陀羅尼まで捧げる人間は、辰姫が他界した当時でも僧侶のみでしょう。

 私の読経でちょっとだけでも安らいでもらえたのなら・・・そう考えると子供の様ですが嬉しく思うのです。
 辰姫以外でも、それは日々の日課で読経を捧げている祖父の形見の観音像と自身の先祖に対しても思うところです。


 ・・・こんなアラフォーオジサンは珍しいでしょうね。きっと。
 でもいいんです。それが私ですから。

 ちなみに、いつも申し上げていますが、私は宗教団体やTVなどでやっている心霊現象などは全く信じておりません。宗教団体に属する気など毛頭ありません。


 焦らずに、大悲心陀羅尼も般若心経の様に暗唱できるよう、これからも務めます。

 私の読経で辰姫が一時でも安らいでくれたものだと思わせておいて下さい。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 時代が変わったのね・・・。 | トップ | 再び辰姫の墓前で大悲心陀羅... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む