辰姫(石田三成の娘)研究とエッセイ

世界で唯一、歴史の闇に埋もれてきた”辰姫”に光を当てる真剣な歴史研究記録と想い。日常の事など。

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 辰姫に関心を持って頂き、本当にありがとうございます。  当ブログの辰姫研究記事は当ブログ管理人が真剣に取り組んでいる辰姫の研究を難しく堅苦しい言い回しは極力避け、読みやすいよう配慮しているつもりです。  カテゴリーの”辰姫と当ブログについて”と”1分で知る辰姫”と”辰姫年表”をご覧の後に、各カテゴリー内の記事を古い順に見て頂くと解りやすいと思います。

今日は辰姫の墓前に行ってきました

2016年07月27日 15時52分12秒 | 辰姫と私
 今日は(も?)辰姫の墓前へ伺ってきました。

 墓前へ向かう途中、幾度も小雨に降られましたが墓前に着いた時は晴れ間すら見え、日の光の下で想いや報告を述べ読経を捧げる事が出来ました。

 辰姫の墓前で般若心経を7回、般若心経陀羅尼(真言)部を21回、光明真言を21回、最後に回向文を捧げ、本堂のご本尊に般若心経3回、般若心経陀羅尼(真言)部を3回、光明真言を7回、最後に回向文を捧げ、寺の入り口の地蔵菩薩に般若心経一回と地蔵菩薩真言を3回捧げてきました。
 帰る間際にもう一度辰姫の墓前に般若心経3回と般若心経陀羅尼(真言)部を7回、光明真言7回を捧げ、名残惜しく、もう一度般若心経を1回捧げ、寺を後にしました。

 ご本尊と地蔵菩薩には「辰姫によくしてあげて下さい」とお願いをしてきました。

 読経は私の日課です。
 本当かどうかはわかりませんが、読経は故人や御仏を喜ばすとされています。なによりそのお経(の内容)というものは心が安らぐ”教え”にほかなりません。

 自分の想いや行為が対象(故人)の安らぎや喜びとなるのであれば、嬉しいものです。

 宗教団体や超常現象なるものを一切信じない私ですが、そう考えれば、亡き祖父の日課であった読経を継承し、こうして自身の先祖や祖父の残した観世音菩薩像や敬愛する人物たちに読経を捧げる事が嬉しくもあり、経典の意味を知り学び得て、それを心にとどめながらも故人らに捧げる事が、不謹慎ながら楽しくも思えています。

 なによりも、般若心経は辰姫の墓前で住職様が好意で読んで下さった事がキッカケで得た、私にとっては”辰姫のからの贈り物”です。

 ・・・まぁ、般若心経や経典については以前の記事や違うカテゴリーの記事に記しているので、ここではこの辺にします(汗)。

 まぁ、なんにせよ、今の時期に猛暑の下ではなく日の光の下、故人を偲び慕い、報いる行為が出来た事が幸いでした。感謝です。


 昨年暮れから読経を始めるようになったので、今年からはお盆には他者(僧)に頼る事無く、自ら故人や先祖に読経を捧げる事が出来るので、お盆が待ちどおしいです。

 ・・・私のような凡人の読経でも故人や御仏が喜んでくれるものかは疑問ですが・・・(汗)。
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