くっくとなっちと理の巣穴

もにゃ~うにょ~プスプス。

死にものぐるいで生きて。

2017-06-10 22:33:06 | ブログ
特別養護老人ホームに入所している94才の祖母が、ごはんが食べられなくなっているという。

母方の祖母、初孫だった私は、たいへん可愛がってもらった。

思い出はつきない。

泊まりに行ったときは、夜寝る時にお話しをしてもらった。

旅行やドライブにも行った。

花火大会やお祭りにも行った。

母が弟の出産で入院中は家に泊まりに来てくれた。

子供が出来た今なら、祖母の気持ちがわかる。

孫が可愛くて仕方がなかったのだろう。

73才の時に脳出血をしてからは病気との戦いだった。

復活したが、病気前のように、1人で外出したりはできなくなった。

脳出血の少しあとに祖父を亡くしてからは、日中1人で家に居た。

何度も様子を見に行ったなぁ~。

80才を過ぎてから転倒し、大腿骨骨折し老健に入所し、10年ほど居て、90を過ぎてから特養に入った。

私は9年前に上京、それでも結婚する前は、盆、正月、ゴールデンウィークと帰省するたびに、老健に会いに行っていたが。会うたびにもしかしてこれが最後になるのではないか・・と思っていた。徐々にADLが落ちてきたが、老健に居る時は、それでも私のことがわかり、行くと喜んでくれた。

3年前に子供が出来てからは、あまり地元に帰ることができなくなり、去年、帰った時は、私のことも覚えていないようで、変わりようにびっくりした。

戦争、結婚、激動の時代を超え、最後は病気と闘う人生を死にものぐるいで行き、今も頑張っている。

脳出血した時は、私は受験に失敗し、無職だった。心配をかけていたかもしれない。

大腿骨骨折する前も、現在や、介護業界、鍼灸業界に入った時の知識があれば、デイサービスや訪問看護、リハなどを勧めることができていた。

入所しても、5年ぐらいは頭のしっかりしていたおばあちゃん・・もっといい過ごし方ができていた80代だったかもしれない。

今となっては仕方がない、現在、ひ孫をそだてている、私、おばあちゃんは喜んでいてくれるだろうか。

地元を遠く離れ会いにいけないのが辛い。





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