そよ風に乗って

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千島列島と北方領土、知っておきたいこと

2016-10-18 | 読書

 

図書館で浅田次郎さんの本 ″日本の「運命」について語ろう″ を借りてきました。

実は前に借りたことがある本を、うっかりまた借りきてしまった。と言うのが正直な所。

 

でもちょうど良かったです。もう一度歴史のおさらい。

間もなくロシアのプーチンさんが日本に来られて安倍首相と

北方領土問題がどのように話し合われて解決されるのか。関心がありますね。

 

この本の中に、千島列島と北方4島の事が書かれているので

もう一度お勉強しておきました。

千島列島と、北方4島は日本にとってどういう島なのでしょう。

 

まず、千島列島は、 

榎本武揚(えのもとたけあき)によって明治8年(1875年)

サンクトべテルブルグにおいてロシアと千島樺太交換条約が結ばれ

日本の領土になりました。

 

当時、樺太は日本とロシア、どちらの国にも帰属していなかったのですが、それを

″樺太はロシアと日本のどちらのものでもないけれど、

全部を帝政ロシアの領土として認めましょう、

その代り、千島列島はすべて日本の領土です。″と言う条約です。

 

そして、

北方領土として、返還問題になっている

択捉島、国後島、色丹島、歯舞島は

1855年の日露通好条約以前から北海道の延長とみなされていて、

これが外国の領土だというためしは、ただの

一度も有りません。

 

したがって、北方領土が日本固有の領土というなら

榎本武揚がサンクトペテルブルグに行って

結んだ千島樺太交換条約の結果、千島列島全部が日本固有の領土なのです。

 

榎本武揚について 

 函館の五稜郭で明治2年(1898) まで戦っていた幕臣

一緒に戦っていた新選組の土方歳三は函館戦争で倒れましたが

榎本は死に損ねます。新政府にたてついた賊軍の指揮官ではありましたが

余りにも優秀な人材であったので助命され、後に明治政府に登用されます。

彼は幕府の留学生として4年半にわたってオランダに留学し、国際法、軍事、造船などを学んだ

とても優秀な人物でした。幕府が発注した軍艦 開陽丸 と共に帰国したのは、薩長を中心とする

討幕運動の真っ最中でした。

薩長に反発し、軍艦もろとも北海道に逃げ、函館政権を樹立したのが真相です

 

 第二次大戦の終戦後、3日経ってソ連が千島列島の最北端の占守島(シュムシュ島)に攻めてきました。

そして、千島列島と北方4島を奪い取ったのです。

その話は 浅田次郎さんの小説 終わらざる夏 に書かれていて、

読書ブログで感想を書いたことが有ります。 終わらざる夏を読んで…始めて知った事 

よろしかったらクリックしてご覧になってくださいね。

 

北方問題がどのように解決されるのか、

関心を持って見守りたいと思います。 

 

 

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