ものつくりにん(ma-mac)の生活
ma-macが感じた造形的表現の日々。
 




8時50分 しまね海洋館アクアス 到着!
ただいま693キロ!

『Angel Ring シロイルカからの贈りもの』
写真:水口 博也/文・イラスト:しろ
ダイヤモンド社

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ここは、シロイルカたちが見せてくれる「幸せのバブルリング」が有名な、しまね海洋館アクアス。
島根県浜田市と江津市にまたがる島根県立石見海浜公園にある水族館です。

詳しくはココ


館内はいろんな魚や海洋生物がたくさん観ることが出来ます。
2008年11月13日ついにペンギン館がオープンしたということでした。
でも長崎にはペンギン水族館があるので多くの見学者のなか、見慣れていたので素通り・・・。


変わった魚を発見!その名もボロカサゴ。
あんまり動かない魚なので、コケが生えるそうです
タツノオトシゴもオスが一生懸命、子どもを守って育てていました~。


いろんな海洋生物の中で、きれいだなあ~と思って眺めたのはクラゲ。
左のミズクラゲは良く海で目にするヤツです。
右はアカクラゲ。直径20cm程の傘に放射状の赤い縞模様が16本あり、触手は長くてちぎれやすいとのこと。
触手の刺胞毒を受けると火傷に似た痛みが走り、みみず腫れや水脹れ、時に呼吸困難や溺死を起こす例もあるので要注意です!


左はタコクラゲ。タコに似ているから・・・。
右はカミクラゲ。青森~九州の太平洋岸の湾内に生息する日本固有種のクラゲの一種で、12月から5月にかけて見られる。
傘は円筒状で高さ10cm、幅6cm。毒性は弱く、刺傷報告は殆どないそうです。


お気に入りになったカミクラゲ。
触手をフワフワ動かして上下にゆらゆら浮かんでいる様子を見ているだけで楽しいです。
色も透明感があり、美しいです。

くらげ (アスペクトライトボックスシリーズ)
中村 庸夫
アスペクト

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くらげのくに jewels in the sea
水口 博也
ダイヤモンド社

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最後はメインのシロイルカ。
現在、シロイルカ2頭(アンナ・アーリャ)妊娠・出産・育児のためシロイルカパフォーマンス(バブルリング)を行われていません。
パフォーマンスの再開時期についても未定となっております。
見学したときはギリギリ鑑賞することができました
しかも真ん中の中央で~


スタッフの言うことを良く聞いて、ショーが進んで行きます。
最後に3匹そろって、幸せのバブリング~。本当に感動しました
また、いつか行きたくなる水族館です。
もちろん、バブリングを見学に。
それまで元気にしていてね、シロイルカたち。
あ、赤ちゃんも大きくなって大家族になったところをみてみたい~

ぼくの海へ―シロイルカのベルーガ
高見沢 俊彦
平凡社

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さあ、主な見学も終わり、後は帰宅しまーす

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15時40分 仁摩サンドミュージアム 到着!
ただいま650キロ!

石見銀山の見学を終えて、やってきました砂時計で有名な『仁摩サンドミュージアム』
銀山の駐車場から10キロ弱、10分程という近くにありました。
コミックやドラマで有名な場所なんだとか・・・
世界最大の1年計砂時計があるというところ。
行ってみましょう~。


入館料を払って中に入ると早速ホールのてっぺんにありました。一年計。で、でかい
外観のピラミッド群は『エジプト・クフ王のピラミッドの墓室の中にあったと言われる鳴り砂と、仁摩町の「琴ヶ浜」の鳴り砂がよく似ている』ことをもとに地元出身の建築家高松伸氏により設計されています。
内部も凝った建築物で、それを見るだけでも楽しいです。


てっぺんにある砂時計と同じ物が、フロアーにも設置されています。
でかいですね~。
砂時計はすべてマイコンにて管理されているそうです。


館内にはさまざまな砂をモチーフにした現代アート的な作品が常設展示されており、観ているだけで癒されます。


砂のサイエンスというコーナーには、日本中や世界各国の砂の標本コーナーもあり、浜の砂が地域により色や大きさ等が違うことがわかります。
ショーケースにたくさん並べられている砂。同じような砂でもいろんな粒の大きさ、形があったんだなあって思いました。
そんななかで、鳴き砂に適している砂のあるところが、鳴き砂の浜として有名になるんでしょうね。
鳴り砂とは、一般的には石英粒を多く含む砂が、急激な砂層の動きにより表面摩擦を起こし、音を出す現象をいうそうです。
踏むとキュッキュ、と音がします。
日本国内には、十八鳴浜(くぐなりはま、宮城県)、琴ヶ浜(石川県)、琴引浜(京都府)、琴ヶ浜(島根県)をはじめとして多数の鳴り砂の海岸があるそうです。

世界一大きい砂時計―「鳴き砂」の町・仁摩に刻む
志波 靖麿
中国新聞社

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鳴り砂ノート―鳴り砂が奏でるロマンと魅力
川村 国夫,真柄建設技術研究所
北國新聞社

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17時00分 琴ヶ浜 到着。
ただいま655キロ!

サンドミュージアムの見学を終えて、近くにある鳴き砂の名所、琴ヶ浜にやってきました。
実際に砂浜の砂を踏んでみると・・・
コツさえつかめばキュッキュッキュっと音がなります。
面白い
何にも情報がない昔の人々は、こんな音がする砂浜を尊いものとして考え、いろいろな昔話や伝説として語り継ぐこととなったところもあるのでしょうか。
しかし、情報過多の現在にあっても、砂浜を歩くと音がするといった、どちらかといえば非日常的な空間が、訪れる人々の心を癒し、ゆとりを感じさせる存在となっているのではと思います。

夕日を眺めながら、次の日の観光を考えてます。
ではでは

砂時計 (8) (Betsucomiフラワーコミックス)
芦原 妃名子
小学館

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ぼちぼち更新いたします~。

09時50分 道の駅キララ多伎 到着
ただいま610キロ!

出雲市内ホテルから出発して15分くらいのところ、変わった建物を発見!
『キララ多伎』という道の駅でした。
看板を指差している人は同行者ではありません、あしからず...。


館内からは大きな窓の外に、日本海が一望できます。
おいしいパン屋さんもありましたので、そこで朝食代わりのここでしか買えないらしい、いちじくパンを買ってまた出発!
めざすは石見銀山(いわみぎんざん)!



10時50分 石見銀山 到着
ただいま641キロ!

やっと到着!この日のメイン、世界遺産『石見銀山』でーす。
「石見銀山駐車場」は、ちょいと離れた場所にありました。
そこからシャトルバスで移動して観光できます。


まずは、銀山公園入口横にある、羅漢寺の見学。
『羅漢寺 五百羅漢』は、平成19年(2007)7月2日に、ニュージーランドで開催されたユネスコの世界遺産委員会において、世界遺産条約の「世界遺産一覧表」へ登録された『登録名称:石見銀山遺跡とその文化的景観』の構成資産の一部です。
石見銀山遺跡近くの石窟五百羅漢は、 1741年~ 1743年に月海浄印というお方が発願されました。
昔銀山で働いて亡くなった人々の霊を供養するためにと我々の祖先の人々、大森代官所の役人、当時の代官、八代将軍徳川吉宗の次男田安中納言宗武卿(むねたけきょう)の援助で田安家奥御殿の女中など多くの人々の寄進により明和 3年(1766) 3月、25年も掛けて完成しました。


石窟内は写真、ビデオ撮影禁止です。
写真はHPより借用いたしました。
さまざまな表情と姿勢をされていますが、当時の人々はここにお参りすれば亡くなった父や母、わが子の面影に会えるといって善男善女が近郷近在から集まったといわれています。
五百羅漢とは、お釈迦様に従っていた五百人の弟子のことで、世間一般の感情や欲望はすべて超越しているが仏、菩薩の境地には未だ到達せず我々人間と仏との間の存在です。
いろんな表情のお顔を拝見していると、とても癒されました。線香の香りやロウソクの灯火もいっそう雰囲気を醸し出してくれています。
<五百羅漢(羅漢寺)>
[住所]島根県大田市大森町イ804
[拝観料]大人500円 小人300円
[拝観時間]8:00~17:00

ジグソーパズル 1000ピース 石見銀山 五百羅漢 世界遺産

ビバリー

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銀を掘るために掘った坑道を間歩(まぶ)といいます。
石見銀山に500余り存在する間歩の中で、現在一般公開されているのはここの「龍源寺間歩」のみです。
しかしその龍源寺間歩にしても、見学できるのはほんの一部分であり、その奥にアリの巣のように掘られている坑道は見ることができません。

さあ、入場料を払って探検でーす。
<入場時間>
 9:00~17:00(3/21~11/23)
 9:00~16:00(11/24~3/20) 
 (第1,3月曜日、年末年始 休)
 
<入場料>
 大人400円 小人200円






壁面には当時のノミの跡がそのまま残っています。
この日はたくさんの観光客がいたので、無人状態の間歩を撮影するのが一苦労でした。
でも、ちゃんと写っていたので満足~。


龍源寺間歩の見学の後は、銀山経営で栄えた周囲の町並み見学です。
石見銀山御料約4万8千石の政治・経済の中心として大きく栄えたこの町。
街道沿いには代官所へ出仕した地役人宅や商いで賑わった町屋、公事宿をつとめた郷宿などが軒を並べて残されています。
自動販売機も雰囲気を壊さないよう配慮がなされていました。


こちらは昔の理髪店だったようです。
大きな鏡とアンティークな椅子が印象的でした
その他、いろんな建物が狭い路地を挟んで建っているのを見るだけでも、この地域がかつて、多くの人々で賑わっていたのだろうなと感じさせてくれます。

石見銀山 (別冊太陽)

平凡社

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世界遺産ビジュアルハンドブック1 石見銀山と日本の世界遺産候補地 [世界遺産ビジュアルハンドブックシリーズ]
戸村 廣
毎日コミュニケーションズ

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しっかし、この日は歩き疲れました。
ちょいと遅いランチタイム
古い町並みの中心あたりにあった、工場らしき建物のカフェに入ってみました。
その名は『カフェのぼせモン』。
店員さんに聞くと、ここはやっぱり工場だったそうでそれも梅干しを製造してたんだとか。
そこを改築してカフェを開かれたそうです。


というわけで、注文したメニューは『石見銀山梅カレー』

ちょい辛いカレーと酸っぱすぎない梅干しとのコラボです。
休憩して次の場所に移動でーす



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出雲大社の拝観の後は、海側に向かって発進します。
目指すは東洋一と言われている日御碕灯台です!



16時00分 日御碕神社 到着
ただいま560キロ!

御碕神社は島根半島の西端に位置し、神の宮に素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日沈宮に天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りしている。 素盞鳴尊の奇魂(くしみたま)と、日の神・天照大御神の和魂(にぎみたま)の御霊威をいただいた御神徳は「邪心を払い給う神」「厄除けの神」「産びの神」「縁結び、夫婦円満、家運繁栄の神」「交通安全の神」「殖産興業、安産の神」など、広く霊験あらたか、上世以来二十数回の造営すべてが勅命か、将軍命によるものであることからも、御神威の一端がうかがわれる。
現在の社殿は、日沈宮、神の宮ともに徳川三代将軍家光公の命で、日光東照宮建立の翌年、寛永十四年より幕府直轄工事として着工され、七年の歳月をかけて同二十一年の竣工で、三百六十余年を経ている。桃山時代の面影を残す精巧な権現造りで、両本殿内部の天井四壁の絵は狩野、土佐両派の画匠による豪壮な趣きのあるものである。昭和二十八年には、社殿のすべてと境内の石造建築物も含め、国指定重要文化財とされた。
(日御碕神社HPより)詳しくは・・・ココ

社伝によると、神の宮は安寧天皇の御宇、後方社殿は徳川家光により造営された権現造りで、本殿や壁画は極彩色の密画でけんらん目を奪うものがあります。
後方の隠ケ丘から遷し、日沈宮は天暦2年(948)神社前100mの日本海に浮かぶ経島にあったものを遷したということです。
日御碕神社が古代にどんな勢力をもっていたか詳らかではないが、中世末期になると京極、尼子、毛利などの諸大名によってしきりに社領安堵がなされているので、少なくともこの時期になると、信仰、経済の両面で大きな勢力をもっていたものと思われています。


神社から海側に歩いて2~3分、鳥がいっぱい飛んでいる島を発見しました!
ここは経島(ふみしま)という島です。
「経巻」を積み重ねたような柱状節理の石英角斑岩からなっており、お経の本を載せる文机のようにみえるので、その名が付いたと伝えられています。
島は、日御碕神社の神域として一般の立入りは禁止されています。
また、この島は、ウミネコの繁殖地として「国の天然記念物」に指定されています。
この日もたくさんのウミネコが住み着いていました。



16時30分 日御碕灯台 到着
ただいま563キロ!

神社の見学の次は出雲の西方、日御碕灯台です。
急いで灯台まで歩くとなんと見学(灯台のなかの見学)が16時30分まで。
少し過ぎていましたが中に入れてくれました。
一般公開(有料大人中学生以上200円、小人無料)の料金を払って見学でーす。
上まで登ることができるのでどんな眺めか楽しみ楽しみ。


日御碕の突端に立ち、日本一の灯塔の高さを誇る石造灯台です。
周辺は、大山隠岐国立公園の一部となり、日本海を臨む景勝地でとてもきれいな場所。
碕の字がつく唯一の灯台だということです。
世界灯台100選や日本の灯台50選に選ばれた日本を代表する灯台で、歴史的文化財的価値が高いため、Aランクの保存灯台となっています。
また、全国に6箇所しかない第1等フレネル式レンズ(レンズ直径2m59cm)を使用した第1等灯台です。。
1903年(明治36)4月1日に初点灯し、建設当初から日本一の灯塔の高さを誇る大型の石造洋式灯台として注目されています。
日本人の設計・施工によるもので、同県八束郡森山産の凝灰質砂岩を用い、柱状節理石英角斑岩の基盤の上に建っています。


灯塔の高さ43.65mで東洋一といわれ、平均水面から頂上まで63.30mの石積み灯台。
上部デッキからの眺め。
螺旋階段をグルグル登ってやっと到着しました。
何段あったんだろう~。
外に出てみると、きれいな景色が360度見渡せました。
しっかし風が強くて飛ばされそう
高所恐怖症の方はご注意を~


やっと1日目の観光はこれにて終わり。
たくさん見学できました。
とにかく見どころ満載です。歴史あり、景勝地あり、美しき風景ありです。
きれいな夕日を眺めながら次の日の観光場所を考え中でーす

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出雲大社にやってきました!
正式名称は「いずもおおやしろ」ですが、一般には「いずもたいしゃ」と読まれています。

大社の総称社として知られる旧官幣大社。『日本書紀』に天日隅宮、『出雲国風土記』天日栖宮、所造天下大神之宮として登場します。
わが国最古の神社建築を誇り、古来より伊勢神宮と並び称されてきました。神話伝承や過去の記録に残る出雲大社は、歴史上、常に特別の神社として位置づけられ、その時代の為政者(後醍醐天皇、豊臣家、毛利家、松平家等)より社領の寄進や祈願等、加護と信仰を受けてきました。


まずはお清めしてっと。


縁結びの神・福の神として、全国の人々に親しまれている出雲大社は「大国主神」をおまつりし、本殿は国宝になっています。
敷地内にある牛、馬のブロンズも撫でられてピカピカになってました。


奥の本殿はただいま改修工事中でした。
本殿は江戸時代中期 1744年に造営され、約60年に一度の間隔で大規模の改修が続けられてきたということです。
今回の改修は屋根の桧皮葺きが腐食するなど痛みが進んだためとのこと。
「平成の大遷宮」の総事業費は八十億円とされ、面積約六百平方メートル、軒近くの厚みが一メートルにも達する大屋根の檜皮の葺き替えには、
六十四万枚を必要とする。
本殿は、この世に二つとない大きい建物として「天下無双の大廈(たいか)」と呼ばれ、古代には高さが約四十八メートルあったとされています。
日本最古の「大社造り」の建築様式を伝える現在の本殿は高さ約二十四メートルで、一七四四(延享元)年に造営され、改修は一九五三(昭和二十八)年以来。


本殿には拝観できませんでしたが、また次のお楽しみが出来ました。
おみくじとお守りを購入して次の場所の散策にっと。


これは十九社と呼ばれる建物。
神々が集まったときに、この十九社でお泊まりになる宿泊施設というわけです。
神迎祭の翌日の旧暦の10月11日より17日までのお泊まりになっている間は、十九社の扉は開いた状態になっており、連日お祭りが奉仕されます。


社殿の裏の道を横切って奥のほうに進むと、「鏡の池」があります。
有名な占いの鏡の池と勘違いしていました。
占いで有名なのは、クシナダヒメが姿を映したと伝わる松江の八重垣神社の「鏡の池」だそうです。
この池で恋の行方を占いができるそうです。
占い用の和紙に10円玉か100円玉を載せて水面に浮かべ、その沈む速さによって恋の行方を占います。


ここは、出雲大社の横にある古代出雲歴史博物館。
きれいな建物で、館内もたくさんの資料があり、かなり見応えありました。必見です。予定には入れてなくて時間がかかったのですが満足な場所でした。
青銅器と金色の大刀という常設コーナーには荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡の青銅器を中心に展示してあり圧倒されました。
島根県立古代出雲歴史博物館

たくさんの参拝者(観光客)がいて、長い歴史の間、どれだけの人々が訪れたのだろうと考えるとものすごい所だなあと思いました。
神々も集まってくる出雲大社。改修工事が終わって本殿が新しくなったことにまた訪れてみようと思います。


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