ニッポン チャチャチャ!!

納得できない事、頭にきた事、不可解な事、民主主義後進国ニッポンの“?”を感情的に綴っていきます。

あり得ない事だからこそ「夢」。

2011年06月14日 10時43分53秒 | 生活
本来なら、あり得ない事を目指すから「夢」なんだと感じています。成功例がある道を目指すのなら、それは「夢」ではなくて「目標」なんだと。

小説の読者が、その小説の映画化を応援するというプロジェクトがあります。『グッバイ艶』映画化推進委員会というその運動。サイトとブログ、twitterを立ち上げて、草の根運動で、小説が映画になるまで応援すると息巻いています。

『グッバイ艶』映画化推進委員会
◆オフィシャルサイト
http://www.good-by-en-eigaka.com/
◆オフィシャルtwitter
http://twitter.com/#!/good_by_en
◆オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/good-by-en/


そして、今日見つけたのが『日本人の夢 送電線の国有化を願う1000万人署名』という運動。現在、一社独占となっている送電線が自由に使えるようになれば、自然エネルギーの利用が増え、電気代も安くなる社会を目指すというものです。
これの何があり得ないかといえば、一ヵ月間で1000万人の署名を集めるというコト。6月6日に署名集めを開始して、七夕の7月7日までの一ヵ月間に1000万人分集めるそうです。

◆『日本人の夢 送電線の国有化を願う1000万人署名』
http://maketheheaven.com/japandream/

1000万人署名を47都道府県で割ると、ひとつの都道府県で212765人。

これを30日で割ると一日に集めるのは7092署名。

10人で集めたら一日709人。

100人で集めたら一日71人。

1000人で集めたら一日7人。

これならいける!

と、サイトには書かれていますが、僕はこういう発想が大好きです。夢の実現は、結局は積み重ねしかないと思うのです。特急券はないんだと。そして、それしかないと思い起こさせてくれて、さらにゴールをイメージさせてくれるからです。

とりあえず、僕もこの電子署名に署名し、夢見る楽しさに加わることにしましまた。
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浜岡原発停止命令の陰の危機?

2011年05月14日 00時38分14秒 | 社会問題
巷では、浜岡原発に対する菅首相の停止命令を評価する空気が溢れているようですが、前回も書いた通りに僕は評価しません。その理由は前回書いたので省略しますが。
そうしたら、なんと中部電力はあっという間にその停止命令に従うみたいです。これには、さらにいかがわしさを感じてしまいました。たしかに浜岡原発を止めたら夏の電気が足りなくなるぞとか、もう50ヘルツ地域への支援をしないとかの文句を垂れていますが。

とにかく、あまりに対応が早すぎると思いませんか? そもそも「原発経」にとって、すべての原子力発電所は安全なのです。それであるのに浜岡原発の安全対策が完全ではないと指摘されてそれを認めるという事は、本来、他の原発の安全性も同様に見直しを迫られてしかるべきですよね。
ですからこそ「原発経」にとっても、それを受け入れてはいけないはずです。しかし、安全対策工事が終了したら再開という前提があるものの、たいした騒動もなく本当に原子炉を止めそうです。でも、これに疑問を感じませんでしたか?

前にも書いたように、本当に政府が脱原発に目覚めたのなら、全部の原発(六ヶ所の再処理工場なども)を止めなくては意味がありません。でも結局、浜岡原発は津波対策を施すために休止するということです。しかし、浜岡原発の最大の危険は断層の真上に立地しているからです。つまり、廃炉にしなくては浜岡原発の危険性は取り除けないのです。
それでいながら「廃炉」要請ではなく「停止」要請。この違いはとても大きいと思うのです。その上ご丁寧に、政府は他の原発は問題ないと・・・。

前回、僕はこれを菅政権の人気回復のパフォーマンスと書きましたが、ひょっとしたら違うのかなと。それもあるけど、他に隠された理由があるのではないかと感じたのです。
そう感じた根拠に、停止要請のタイミングがあまりに突然だったことがあります。米国に圧力をかけられたという話もありましたが、それであれば、やはり浜岡原発の「廃炉要求」だと思うのですよ。
そこで僕の予想は、本当は外れてほしいのです。ただ、そう考えてみるとすべての辻褄があうのですよ。

それは・・・
「政府の中で東海地震発生近しの判断を否定できなくなった」という事。

もし今、本当に東海地震が起きてしまったら、それだけで大変な事態になります。そして、津波ではなく揺れによって浜岡原発が破壊されたら、想像するのも恐ろしいのですが、日本はまさにオシマイでしょう。
チェルノブイリ並の事故と、それ以上かもしれない事故を2つを抱えてしまったら、こんな小さな国はひとたまりもありません。本州と四国は人が住めなくなるのではないでしょうか。生活も経済も完全に崩壊。まさに日本沈没です。

実はGW直前、大気イオン地震予測研究会という大気イオン濃度などから地震予測をめざすNPOの調査で、かなり異常な数値を示していたのです。川西市では測定の限界を超え、異常観測の情報を発していました。
「兵庫の川西市の数値が異常といって、すぐに東海地震とはならないだろう」という意見はあると思いますし、僕もそう思います。結局、本当に危険だという情報は様々なブロックがかかり外には出てこないという事が今回分かりました。だから、政府内の本当の地震予報がどうなっているのかも決して知る事はできないでしょう。

ただ、政府が浜岡原発だけを「とりあえず止めてくれ」と要望して、ちゃんと「2年後に再開する」事もどこかで決まっていて、比較的に速やかに中部電力が「廃炉ではなく、停止」を受け入れる。
これ、「東海地震が近いぞ」という前提があれば、ある意味当然の流れと思えませんか。もし、今地震がきて浜岡原発に被害が出たら、それこそ、原発反対は世界中の声になってしまうのは間違えありませんからね。

とはいえ、今回の予想は外れる事を僕は祈っています。もちろん、あくまで東海地震の発生をです。
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「原発教」を相手にするには、タフな精神が必要だ!【浜岡停止要請】

2011年05月07日 10時51分51秒 | 社会問題
カン首相が浜岡原発の全原子炉運転停止を要請したそうです。
僕が気になったのはそのニュースそのものより、mixiなどネットでの反応す。mixiでは多くの人が「ついに動いた!」とか、「この決断は評価するしかない!」と、まるで脱原発の道を国が歩みはじめたように評価していることです。

もちろん、水を差すつもりはありませんが、今こそメディアリテラシー(情報を評価・識別する能力)をはたらかせる時です。
このニュース、脱原発を目指す我々には、決してストレートに喜べるものではないと考えます。いや、それ以上に手のこんだ茶番のニオイを感じます。

まず、「浜岡の全原子炉の停止を『要請』」という表現です。多くのメディがそう表現していたから、おそらく『要請』が正しいのだと思います。しかし、本当に脱原発に国が歩みだしたのなら、なぜ『命令』ではないのか? この疑問が真っ先に浮かびました。
相手は東電ではなく中部電力です。でも、つまりは一つの民間企業。しっかりと監督官庁まで定められている。その企業に、国を危険に陥れる可能性があるからと本気で運転停止を求めるのなら、どう考えたって『要請』ではなく『命令』でしょう。

このひとつをとっても、今回の報道は疑ってかかる必要があると感じました。

悲しいですけれど、それを証明しているのが原子力安全・保安院の首相の要請を受けての発表です。
『首相の停止要請は(安全対策の)一層の信頼性を高める必要があるために必要なもので、それは津波対策の防波堤や予備品の確保といったもの。運転停止はおおむね2年程度。』
つまり、永遠に停止するものではない。首相の指摘通りに信頼性を高めなければいけない。そのために2年程度原子炉を停止させ、改良工事などをすれば指摘に応えられる。今回の例を見てもとにかく防波堤による津波対策だ。となっていのです。

いまや、多くの国民が知ることとなった「活断層の上に立っているから危険なんだ!」という点は無視して、原子力安全・保安院は中部電力をフォーローしているのです。
その上、浜岡原発が止まるとその期間のエネルギー不足が心配だという話題もどこから出てきて、原発の必要性をしつこくアピールしています。

これが「原発教」の底力だと思います。だから、国民はタフな精神を持って流れを見据えていく必要があると思うのです。そして、メディアリテラシー能力も必須です。とにかく今の政府、マスメディアは、まず疑ってかかるしかないという、どうしようもない世の中だという認識が一番必要なのかもしれません。

普通に考えれば、もし、本当に政府が原発が危険だという認識にシフトしたとしたら、真っ先に福島の子供たちに対して『避難命令』を出さないといけません。目の前の国民の、それも未来を担う子供たちの危険を一番最初に排除するのが当然です。
そうしていない事を考えてみても、今回の要請は真に脱原発を願ったものではないことは明らかです。おそらくは支持率回復を狙った見事な出来レースという見方を僕はします。
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「原発教」にはイデオロギーより経済で訴える

2011年05月04日 09時59分39秒 | 社会問題
地震発生から、そろそろ二ヵ月が経とうとしています。メディアで震災を取り上げる記事もめっきり減った印象を感じています。復興はこれからだというのに。
そして、福島原発や放射能汚染に関しての報道も少し大人しくなった感じがしませんか? 政府機関やそれに近い組織が脱原発宣言をしたという報道も目にした記憶がありません。

事故後の原発に対する世論調査にしても、マスコミが行ったものの結果は「ホントなの?」というほどに賛成が多く、反対が少ない。ネットの世論調査だと圧倒的に反対ばかりなのに・・・。
「なんか、おかしいなぁ〜」と感じていたのは僕だけではないと思います。多くの人が「もうちょっと何かが、ド〜ンと動いてもいいんじゃないの?」と思っていませんでしたか。

ネットから情報を得ている人の多くは、福島第一原発の事故がとんでもなく大変な事故で、今も大量の放射性物質を放出している状況だと認識していると思います。その原因は、地震と津波、さらに被害を広げた対応の悪さ。
これらをもって多くの人たちは、「やっぱり原発は危険だったんだ」という結論を今回導きだしたと思います。それは、人間として生存するために譲れない選択として。そしてそれは当然、市民だけでなく、国や関連機関、はたまたマスコミなども同じ結論に至るのが当然だと考えていたはずです。

しかしどうでしょう。中国電力の新社長はこの状況下でも上関原発の建設続行を明言するし、東京電力は記者がゼロというのに外国メディア向けの会見で、誰もいない会場に向かって会見を行ったというし・・・
これって、まるで宗教ではないのかと僕は感じるのです。「原発教」とでもいうのでしょうか? 「教義に従っての言動なので、自分の行いは間違いがない」という、ある意味の迫力すら感じさせます。

また、東京電力の賠償計画でも政府は電気料金の値上げを認めている。さらに、それを報じるマスメディアは相変わらず無批判にそれを伝えるだけ。人災ともいえる賠償を国民が負担することに何の意見もないようです。
印象としてマスメディアは、「よく言った!」と思ったら、同じ媒体の別のところで「おいおい、そんなこと書くのかよ!」といった記事を出している感じなんですよね。だから、各社持ち回りで国民寄りの記事を書いたり、「原発教」寄りの記事を報道しているように思えてなりません。

結局、「原発教」は国民の予想以上に深く強固に浸透しているのでしょう。

そこで問題なのは、私たち国民の気持ちが萎えてしまうことです。僕もここ数週間、あまりにふざけた報道や政府機関の決定に触れているうちに、完全な無気力状態になっていました。
冒頭に書いたように「何がド〜ンと動くだう」と予想していましたが、大きく動いたのは国民のデモだけでしたね。原発に決定権を持つ組織は、あきれた状況を次々と示すだけでなにも変わりません。
そんな流れを見ていると、ますますもって「原発教」の強固な組織力の前に無力感を感じてしまいます。

でも、負けてはいけません。「脱原発」は私たちが人間として生きていくための譲れない選択です。原発との共存が出来ないというコトを今回の事故から学んだのです。
しかし、「原発教」との闘いはイデオロギーで行っても困難な気がしています。なぜなら、これほど世界中から批判されるような危険な現実を目の前にしても動かない人たちを、理屈では動かせないと思うのです。さらに、宗教は窮地に陥るとさらに結束が強まるというのは定説ですから。

やはり、経済に訴えるしかないのではないでしょうか。「原発は儲からない」とすることが数少ない突破口だと思います。ですから原発関連メーカーの不買運動、原発銘柄の株の不買運動、原発関連企業協賛活動の拒否(日立提供のテレビ番見を見ないとか)、そんな、お金を使わない活動こそが一番の効果的な作戦だと思います。
また、デモを続けていくことも「脱原発」を広めていくためにも必要な活動だと信じています。

ちなみに僕は、『5.7 原発やめろデモ!!!!!!!』に参加する予定です。

◆『5.7 原発やめろデモ!!!!!!!』
http://57nonukes.tumblr.com/
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名前はないけれど、魂が込められた新聞

2011年04月22日 09時17分29秒 | 社会問題
今回の震災で、自分自身の中にいくつかのトラウマみたいなものが棲みついてしまったと感じています。地震発生直後の津波の映像、地震の揺れそのものなど・・・。
そのなかで治まる気配がないのが、Ustreamで観た、深夜の東電の会見の有様です。これ、今も行われているのか、僕は知りません。あまりに恐ろしくなって、何度も観たくないから、その後はフォローしていませんので。

僕が恐怖を感じたのは、東電の発表する内容ではなく、その会見場にいる記者たちの姿です。
僕が観た時は、椅子に座っている多くの記者たち、その後ろに立っている2、3人の記者という配置でした。観てると、東電を追及しているのは、後ろに立っている記者2人だけだったんですね。前で椅子に座っている記者たちは、皆、し〜んと黙っている。

椅子を与えられているのだから、黙っているのは記者クラブに属しているマスメディアの記者であることは間違いありません。その日も、明らかに東電の発表にはおかしなところがあったのですが、それを一切問いただそうとしない記者クラブ所属の記者たち。その代わりに、観ていて納得できる論旨で追及しているのは、明らかに独立系の記者だったのです。
この映像を観た時に、僕はいままで経験したことがない恐怖を感じたのです。つまりその映像は、記者クラブ(ほぼマスメディア)が東電の御用機関になってしまっていると証明したようなものでしたから。

隠匿が特異な東電シンパは、あのUstreamの映像こそ隠さなければならなかったと思います。あの映像を観てしまった人間には、マスメディアは完全に東電を中心にした“カネ”の枠組みに取り込まれていると確信したはずです。
それが証拠に、日々、まるで順番が決まっていのか、大新聞は無批判で「あれっ!?」と感じる原発関連の記事を次々と載せていますよね。僕はテレビを観ていないので、テレビについては明言できませんが・・・

とにかく、マスメディアは「カネ」を選び「真実」や「国民」を選択していないという現実を知ってしまいました。

そんななか、ふと40年近く前に知ったある新聞のサイトを開いて感動しました。
『名前のない新聞』という、当時、吉祥寺若者カウンターカルチャーの中心的だった、今でいうなコミュニティペーパーみたいな新聞です。紆余曲折の末に、今も新聞を発行していると知ったのが数年前。そして、サイトもあることは確認していました。
今回、そのサイトを開いてみたら、おそらく編集長であるアパッチ氏執筆のページは、まさに「これこそ、今求められている新聞」でした。魂が込められています。「カネ」を選ばす「真実」と「市民」を選択しています。是非、読んでみてください。

◆名前のない新聞
http://amanakuni.net/Namaenonai-shinbun/index.html

◆amanakuni.net (こちらが大事です!)
http://amanakuni.net/index.html
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国民の声を原発メーカー製品不買運動で訴える

2011年04月08日 18時52分11秒 | 社会問題
この震災によって、期せずして多くの事柄の実体が明らかになってきました。

そのひとつが、原子力が飛んでもなく危険なものであるということ。
もうひとつが、東京電力という原子力を扱っている会社が飛んでもなく危機感が薄いということ。
さらにもうひとつが、日本には原子力を本気で監視するシステムがないということ。
そしてもうひとつが、記者クラブに加入しているメディアは、正しい情報を知らせるよりも原子力を扱う会社の方が大事だということ。
とどめのひとつが、すくなくとも国会で原子力を止めさせようと考えている議員は、ほとんどいないということ。

地震や津波で被災された方々には大変申し訳ありませんが、どうしても福島原発と東電のことが中心になってしまいます。
それくらいに、日本の根幹に関わる事柄の呆れるほどの非道さが明確になってしまいました。

まず、どう考えても原発は止めるしかありません!
こんな危険なものを将来の世代に押し付けてもいけません!

これまで祝島の活動でも、院内集会や国会議員への働きかけ、地方自治体へメールやFAXを送ってきましたが、実は意味がなかったんですね。
現在の政治はイデオロギーで動くのではなく、利権というカネが中心で動いているということが、これほど明確になるとは考えられませんでした。

もう、政治は一切信じては行けませんね。マスメディアも同じです。ですので、原発を止めるには、もう経済で止めるしかないと思うのです。
そこで、これからの反原発運動は、経済のカギを握っている株主に訴えるのが唯一無二の方法ではないでしょうか? 株主だってイデオロギーで投資している人は少ないでしょう。儲からなくなれば、サッと見切りを付けるはずです。

これほど国民の間に原発への恐怖感が広まっている今こそ、原発関連企業製品の不買運動が効果的だと思うのです。
不買運動こそがカネがかからず、最大のターゲットである株主に訴えることが出来るのです。そして、いまなら間違いなく運動を広げることもできるでしょう。

不買運動をする時は、売場で積極的に発言しましょう。「これは原発メーカーの東芝製だから私は買わない!」とか「何であなたは原発メーカーの日立製品を勧めるの!」とか。
そうして、不買運動を知らない人にも真似してもらい、売場に原発メーカーの製品を置きにくくしましょう。「なぜ売れないのだ」とメーカーから問い合わせられたら「不買運動があって・・・」と販売店に答えてもらいましよう。

政治に依頼しないしない社会のとっかかりとして、まずは原発メーカーの製品不買運動で原子力の息の根を止めましょう!
これは、政治家を選ぶ選挙に代わる、国民の声の主張行動です。もう、国民の声で世の中を作っていくしかありません!


これとは別に、東京電力以外の原発関連銘柄の株を持っている人は、早く手放してください。株価を下げましょう。投資家に旨味のない株にしてしまいましょう!
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汚染が一番非道いのは、国会とマスコミ?

2011年04月02日 00時18分14秒 | 社会問題
今日、ヨルダンとの原子力協定案を参院で可決というニュースを読んで驚きました。
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011033101000806.html

日本からヨルダンに原子力技術を供与するための協定らしいのですが、先日、原発建設計画は白紙に戻す方向という報道がありましたよね。それは、今回の事故によって原子力発電のとんでもない危険性が明らかになったので、今後の原発建設計画の中止を考えなければいけない、というコトだと理解していました。
なのにこのニュース。まさか、こんな危険な思いをさせられている原発を海外に売りつけようというのでしょうか? エープリルフールなら、悪い冗談で済ませてもいいのですが、どうもこれは事実のようです。

僕には、まるで信じられません。

さらに、その協定の参院本会議での投票結果を読んで、本当に怖くなりました。日本の政治は完全に狂っています。
↓これをご覧ください。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/vote/177/177-0331-v013.htm

与党などの賛成多数で可決した。と報道にあったので「しょうがないなぁ〜、民主党は」と思って見てみたら、背筋が寒くなったというか、福島原発の原子炉爆発のニュースに匹敵する衝撃です。

共産党と社民党以外のほとんど全員が「賛成」。賛成230名に対して、反対は共産党の6名、社民党・護憲連合4名、無所属1名(他に棄権?1名)だけなのです。
つまり、日本の国会の参議院では、この放射能騒動の最中においても、原子力は輸出してもいいもの、当然、安全なものととらえている議員がほとんどという事です。

さらに、賛成票を投じた中には現役閣僚がいます。江田五月、北澤俊美、蓮舫、自見庄三郎という人物は全員「賛成」。となると、内閣一致の原則がありますから、現内閣も「賛成」で統一が取れていると考えざるを得ません。
こんなことがあっていいと思いますか? 国民の多くは、福島原発の事故が1日も早く収束する事を願っているのは間違いないでしょう。さらに、国が原発に対して否定的な発言をするたびに、将来は原発事故の心配をしないで済むと期待している人も多いはずです。

でも、「それは甘い考えだ!」と突きつけてくれたのが今回のニュースです。日本の国会と内閣も、原発をこの世から消し去ろうとは決して考えていないということが判明ではなく、証明されてしまいました。
今回は参院ですが、民主と自民・公明も賛成なのです。衆院でも大差ないというのは明らかです。

こんな事、信じられますか? これが、与党だけが国民感情を無視しているというのなら、まだ野党に期待すればいいのですが・・・。あまりに非道すぎます。

この時期に原子力発電案件に対して「賛成」を示した議員は、今後、絶対に議員にさせてはいけません。いくら優秀でも、すでに汚染された議員として国会からは離れてもらいましょう。
なので、この投票結果のページは要永久保存です。最低でも次の選挙の時まで取っておきましょう。また、近々衆院でも採決されたら、その結果も保存しましょう。

しかしこの投票結果、本来ならトップニュースだと思うのですが、そんな感じがしません。僕はこれも怖いのです。つまり、メディアが汚染されている事も、これによって図らずも証明されたと思うのです。

とにかく非道い話だし、そもそもあり得ない話です。
これを知って、僕は国外逃亡という可能性をはじめて考えだしてしまいました。
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売り抜けた東電の元株主たちの責任を問う

2011年04月01日 13時40分05秒 | 社会問題
東京電力の株価が暴落しているそうです。まあ、経済活動として当然の流れだと思いますが、僕としては、とてもやり過ごす事は出来ない事態だと思っています。
そう、このまま推移して東京電力が立ち行かなくなり、完全な国有化にでもなったら、今回の事故にまつわるお金はすべて税金から賄われる事になるからです。これは、今までの企業の不祥事による株価暴落とはワケが違います。

この先、どうなるかわかりません。だけど、経営陣は敵前逃亡できるかもしれませんが、その後もかなりの監視の目にはさらされると信じています。最悪、そこで社会的な制裁を受けるでしょう。本当にかわいそうなのは権限のない社員の方々です。それ以上に、福島県の県民たち・・・

そこで、今回は株主の責任をもっと追及するべきだと思うのです。株価が地震の前日と比べて2割程度に下がったということは、多くの株主が東京電力の株を売ったということですよね。
これは、東京電力に株主としてかかわり、東京電力の企業活動をバックアップすることを選択した人間。また、株主によっては株主総会で発言権すらあったハズです。その人たちが株を売ったということを、そのままスルーさせていいのかと問いたいのです。

つまり、株主にも当然責任があると思うのですよ。今回の事故についても、今後の東京電力の補償問題についても。
自分だけ損しなければいい、というコトで必死に売り抜けようとする姿が自分で恥ずかしくないのでしょうか? 今まで利潤を受けていたのに、カネだけもらって逃げるって、あまりに悲しくないのでしょうか?

とにかく、今東京電力を潰してはいけません。廃炉、賠償、復興、完全終焉まで、「絶対に安全」と反対意見に応えていた組織が責任をとらなければ、復興後の日本に期待できるものはありません。
実際に、「株を買い戻せ」と言って買い戻す人はいないでしょう。ただ、売り逃げした元株主たちに、自分が積極的に東京電力という会社の企業活動に手を貸したという事実に、是非とも向き合ってもらいたいと考えています。

そして、気になるのが売り抜けられなかった株主たちです。被災されて株の処理どころではないという方もいらっしゃると思います。ひょっとすると社員の持ち株も多いのかも。結局、弱者が二重のデメリットを被る事になる仕組みなのですかね?
う〜む。企業の不祥事などが発覚した場合に、強制的に株の売り抜けを禁止するシステムっていうのは作れないのでしょうか? 株主にはその程度の社会的責任の分担を求めてもいいと思うのですが、どうでしょうか? それが本来の投資のリスクと考えたいのですが・・・。
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プロに触れるということ

2011年03月30日 15時28分07秒 | 生活
学生時代、どんなに交際範囲が広くても、友人知人のほとんどは学生というのが一般的。特別の活動でもしていなければ、なかなか社会人の知り合いは持てないですよね。
学校の先生も社会人だけど、そういう意味では特別な存在。ご近所のオジさんも“社会人の知り合い”というより、“笑わせてくれるオジさん”や“怖いおっさん”という印象じゃありませんか?

そこで自分自身が社会人になって、一気に社会人とそれにまつわる事柄と出会うワケですよね。初めて知る大人の世界は新鮮でもあるけれど、それまで意識すらしなかった事にも神経を配って行動しなければならない事を思い知らされます。
仕事は覚えなければいけない、その上、社会人のルールも身につけなければならない。さらに、毎朝電車に乗ってちゃんと出社しないといけない。だから、社会人になりたての頃はとにかく精神的に疲れるものだったと記憶しています。

昔と比べて、今は体験学習などの機会が増えたみたいで、“仕事”の疑似体験を学生時代にいろいろと経験できるんですね。それはそれで、いい事だと思います。それでも、仕事の“プロ”に直接触れられる機会はなかなかないのではないでしょうか。
社会の仕組みやルールは、いわば一般論。座学でもある程度のことは勉強する事ができます。ただ“プロの生き方”はそうはいきません。というか、その学習こそが直接の触れ合いから学ぶもの。学校で学ぶ事はできません。

先週観た映画『森聞き(もりきき)』は、まさにそれを実感できるものでした。この映画、林業などに関わる森の名人を高校生がたずねて、名人の話を聞き出すという活動のドキュメンタリー。4人の高校生が焼き畑の名人、杉の種を採取する名人、木こりの名人などに触れ合っていきます。
自分のおじいちゃん、おばあちゃんの年齢の名人はいつもの仕事を淡々と高校生に見せ、自然から学んだ事を淡々と語っていきます。はじめて出会う出来事と言葉に戸惑う高校生たち。だけど、すぐさま魂のゆらぎを表現していくのです。それは言葉であったり表情であったり・・・

初めて就職した会社が大事だというのも、社会人としてはじめて世の中のルールを教わる時に、その会社で教わったルールが身体にしみ込んでしまうからだと思います。ですので、高校生のうちにプロの生き方を目の当たりにするということは、とても貴重な体験になるはずです。

さらに、自分が目指す仕事を決めたなら、その仕事のプロにいち早く触れることがとても大切だとも感じました。
ある業界の養成講座の話なのですが、その講座の就職率がとても高いのです。で、何が他の講座とその講座が違うかというと、講師に一流のプロを次々に招いているのです。つまり、彼らは一気にプロのプロたるところを見抜き、すぐさま自分の中に吸収してしまうんですね。

若い人たちが魂をふるわせて何かをつかんだ瞬間、これを端から見ているのは、ホントとてもしあわせな気分になれます。巣の中の幼鳥がはじめて空を飛んだときを目にしたような感覚。
それにしても、触れるだけで瞬間に変わることができる若者たち、その反応の早さが限りなくウラヤマしい! 


◆映画『森聞き』公式HP
http://www.asia-documentary.com/morikiki/index.html
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教訓

2011年03月29日 09時14分34秒 | 社会問題
阪神淡路大震災の時の貴重な教訓が、今回、ちゃんと活かされているのだろうか?


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