変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




期待値が高いというのはやっかいだ。裏切られることが少なくない。
逆の場合は得した気分になるが、頻度は低い。

人間、凝り固まってはいけない。
そのためには、自分の枠にはまらないことが重要だ。
興味が無いから行かない、好きじゃないから会わない、やりたきゃ勝手
にしろ、俺を私を巻き込むな。
よく聞く台詞である。
何か打ち込むものがあって、本当に時間が足りない人もいると思う。
しかし、そんな人は前向きで、色んなことに興味を示したり、普通の人
以上にマメだったりする。
要は自分の知らない世界を認める謙虚さを持っている。

おいらの必殺技の一つ。
駄作フリーク宣言。
例えば評判が悪い映画。何がそんなにつまらないのか、という興味。
どこかに隠れている見るべき処を見つけてやる、という意気込み。
意外と面白いものだ。
それでもやっぱりつまらなかった時は、本当のダメ作品に会えたことに
喜びを感じよう。
お陰様で、自分の世界が随分と広がったと思う。

福井晴敏の小説には「亡国のイージス」で出会った。前2作を読んだのは
その後からだ。
面白かった。
それだけに、映像化のリスクは知っているつもりだが、映画にも期待する。
ビデオで見て、まぁ楽しめました。でも、やっぱ原作の方がいいね。

キャシャーンは、少年おいらが見ていたのが出会い。
最近映画化され、評判の悪さは聞いていた。テレビで放送したのを録画
してあったもの見てみました。そして驚きました。
そのテーマに挑んでいたのかっ!? そしてあの結末! 
救いを輪廻に求めるのは良いが、その発想は・・・!!!

表現するものの深刻さ加減はあるだろうが、人間性の根本にある立場
の違いに起因する感情のすれ違い。全く違う2本のお話だったが、おいら
の心の中で、一つの根源的テーマとして収斂したのだ。
このテーマには解が無い。だからこそ、問い続けねばならないという
製作側のプライドもあるのだろう。
メビウスの輪に乗る勇気。
それらもおいらの心を打った。

傑作だと思いました。
ところが忘れてはならない。おいらは「キャシャーン」の映画が嫌いです。
心底、嫌です。
崇高なテーマも気高い情熱も認めよう。しかし、何を現すためであっても、
どんな目的であっても、表現してはならないことがある。
たとえフィクションでさえ、幼子を抱く母親を犠牲にしてはならない。
何を伝えるにしても、そんな手法を採る必要はないはずだ。
稚拙と言わねばなるまい。
鬼畜を表現するのに鬼畜を登場させるとは。
残念だ。


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メビウスの輪 (もののはじめblog)
紙テープを1回ひねりした輪をつくると、これがメビウスの帯だぃ。 まん中をず~っと1まわり(表と裏で2まわり?)すると、 表も裏も全部通って・・・もとのところへもどるよ。 このメビウスの輪の真ん中をハサミをいれると、 どうなるのでしょうか ?  ①大きな輪ができ