季節の花と言葉の花束

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季節の花の紹介と言葉の花束を書いています。

宮津街道②

2007-05-31 08:57:37 | インポート
海に面した宮津のすぐ背後には、大江山系の山並みが迫っており、そこを普甲峠が通っている。「普甲峠」の名は、この山の中腹で今は寺屋敷と言われる地区に、平安初期から室町中期にかけて存在した天台密教の寺院・普甲寺に由来している。
この普甲寺は、最盛期には「一山・百ケ寺」といわれた大規模な寺であったが、戦国時代に織田信長の軍勢により焦土と化した。
普甲寺が栄えていた頃の街道は「元普甲道」と呼ばれ、普甲寺を経由していた。しかし普甲寺の消滅と共に衰退し、代わって京極氏が新たに普甲峠の道を拓いた。


4月より咲いていた花「突抜忍冬’(つきぬきにんどう)」
開花時期は、 4/20頃~ 8/25頃。 ・北アメリカ地方原産。明治時代に渡来。 ・「突貫忍冬」とも書く。つる性。 ・赤いラッパのような花を円心状に咲かせる。 ・花に一番近い葉は、2枚がひっついて1枚になり、 その真ん中を突き抜けるように茎が伸びて花をつける。 なんともいえないおもしろい形です。 (季節の花300より)

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宮津街道

2007-05-30 09:35:10 | インポート
天橋立で知られる丹後の宮津を出発して、普甲(ふこう)峠を越え、酒呑童子伝説の大江山の麓を抜けて、京都に至る道。宮津藩主の京極高広が、参勤交代のために整備した。
日本三景の一つ「天橋立」で知られる京都府宮津市は古くからの港町で、江戸時代初めに京極氏がこの地に移ってからは、宮津城の城下町として栄えた。
この京極氏の、宮津藩主としては二代目にあたる京極高広が、参勤交代の為に新しく切り開いたのが、「宮津街道・普甲峠越の道」である。


4月に咲いていた花「都忘れ」
開花時期は、 4/20頃~ 6/ 5頃。 ・日本原産。 ・菊に似た、紫色の可憐な花。 ・昔、承久の乱に敗れて佐渡へ遠流となった順徳帝は、 草でぼうぼうになった佐渡の庭に一茎の野菊が紫色に 咲いているのを見つけ、 「紫といえば京の都を代表する美しい色だったが、 私はすべてをあきらめている。 花よ、いつまでも私のそばで咲いていておくれ。 都のことが忘れられるかもしれない。 お前の名を今日から都忘れと呼ぶことにしよう」 と、傷心のなぐさめにしたという説話がある。 花の名はここからきたようだ。 また、京を去るときにこの花を目にとめ、 「都を忘れることにしよう」といったことから この名前になった、との説もある(どっちだろう?) (季節の花300より)

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熊野参詣道⑥

2007-05-29 08:52:53 | インポート
高さ133mの那智の滝からすぐのところに、熊野三山の残る一つ「熊野那智大社」がる。この熊野那智大社の第一殿は那智の滝を祀っている。
那智大社の裏手には険しい山塊が連なり、その中を「大雲取越」の道が本宮へと続いている。
最寄の駅、JR紀勢本線・新宮駅、那智駅

4月より咲いていた花「紫瀾(しらん)」
開花時期は、 4/20頃~ 6/ 5頃。 ・群生しているさまは見事。 ・少し湿ったところに生える。 ・紫色の蘭であることから、この名になった。 ・球茎は「白及根(はくきゅうこん)」といい、 止血、あかぎれ、ひびに薬効がある。 ・変種で、白花や斑入りのものもあるらしい。(季節の  花300より )

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熊野参詣道⑤

2007-05-28 05:31:08 | インポート
熊野速玉大社もまた熊野三山の一つで別名を「新宮」という。
「はやたま」には魂が急速に形を表すという意味があることから、ここで願掛けをすると「早く叶う」と信じられていた。
かって熊野灘からは多くの上人が、観音菩薩が住むというインドの補陀洛を目指して船出した。
「補陀洛(ふだらく)渡海」と呼ばれるものであった。
朱塗りの社殿が美しい熊野速玉大社
4月より咲いていた花「母子草」
開花時期は、4/20頃~ 5/ 末頃。 ・春の七草のひとつ。 (春の七草では「御形(ごぎょう、または、 おぎょう)」と呼ぶ。) ・柔らかいうす緑色の葉の先に、 黄色の花がつぶつぶになってかたまって咲く。 ・名前は「母」と「子」の人形(ひとがた)に 由来する、との説がある。 ・昔は草餅の材料だったが、明治頃から次第に 「蓬(よもぎ)」が材料にされるようになった。 ・別名「ほうこぐさ」 茎も葉も白い細かな毛におおわれているために 「ほうけた」ように見えるところから。 ・「老いて尚 なつかしき名の 母子草」 高浜虚子 (季節の花300より)

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熊野参詣道④

2007-05-26 06:15:30 | インポート
更に道を進むと継桜王子伏拝(ふしおがみ)王子と幾つかの王子が連続し、やがた熊野本宮大社に至る。
熊野三山の一つにして熊野信仰の総本宮と仰がれるこの神社は、正しくは、「熊野坐(にいます)神社」と言い、平安中詣でるためである。

4月より咲いていた花「鈴蘭」
開花時期は、 4/20頃~ 5/15頃。 ・写真のものは「ドイツスズラン」。 (最もポピュラーな鈴蘭) ・まさに”鈴”そのもの。名前もそこから。 ただし蘭科ではない。ゆり科です。 ・フランスのパリの風習では、5月1日は 「鈴蘭(ミュゲー)の祭日」で、 当日この花束を贈る人には幸福が訪れるという。 ・とても美しいが有毒です。牛や馬に食べられずに 残るため、牧草地に群生していたりする。 (季節の花300より)

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