犬の眼
『日記』卑しさから清浄なることまで
 



僕は落語が好きですが、いま現在好きな落語家は多くない。
昔から落語はきらいじゃなかったけれど、意識して聴くようになったのはこの数年。

そんななかで、はっきり「好き」と言えるのは、まず上方では桂米朝。
でも、非常に残念ながら、ご高齢で、噺家として現役とは言いがたい。
一門会などに出演しても、落語はやらず、“よもやま噺”という名目の対談だけ、ということが多いようです。
僕は一度だけ、2年くらい前に米朝の高座を観たことがある。
正直、噺家としてのキレはなかったけど、ご本人を見られたってことだけで、その経験は僕の宝ですね。
弟子たちも「国宝拝観いかがでしたか」みたいな“くすぐり”をよく使っていました。
客席にはまさに「拝観」っていう雰囲気が流れていましたねえ…
そういうのはきっと米朝の人徳なんだろうね。
米朝は、脂の乗りきった時期に、かなりの数の演目をDVDに残しているのでありがたい。
僕も、お金がないなりに、やっと10本ほど集めました。

東京では、柳家小三治。
僕は、小三治の高座は四回観ました。
新宿末廣亭で一度、行徳(千葉県)、町田(東京都)での独演会で各一度、そして、池袋演芸場で一度。
僕が子どもの頃、小三治はけっこうタレント活動が多かった。
だから、いい落語をやるようなイメージはなかったんだけど、20何年か経って初めて生で観てみたら、なんとも味わい深い笑いをくれる…。
陳腐な言い方だけど、スルメを噛んでるみたいに、腹の底からじわじわじわじわ湧いてくる笑い。
ハマりましたね、小三治に。
これまたお金がないなりに、大枚はたいて落語研究会のDVD全集も買った。これはファン待望、初めての映像作品。
これまで小三治の落語はCDしかなかったけど、これでお家でも小三治を“観られ”ます。

このまえ、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組の、ちょうど100回目に柳家小三治がとりあげられていた。
最近テレビに出まくりの、茂木健一郎がキャスター。彼のことは最初の頃はうさん臭く感じたが、最近は「大きな子ども」だなあというイメージでとらえている。自分が知ってること、考えてることを、人に話したくてしょうがない、話すことが楽しくてしょうがない、って感じだ。

でも、この番組、僕が見たところでは、作りがどうも“全編予告編“みたいな感じで好きじゃない。
同じ言葉、映像が何度も使われていて、たぶんスタイリッシュな感覚を狙っているんだろうが、成功してないし、僕には納得いかない。だって、僕はクイズ番組のシンキングタイムなんかだって「時間がもったいない」と思うくらいだから、必要以上におんなじことを繰り返されると合理的じゃないと思っちゃう。
だからこの番組、坂東玉三郎の回と宮崎駿の回、そして今回しか観たことがない。
そして、宮崎駿の回でも感じたが、この番組はドキュメンタリーなのに、NHKの解釈によって偏った一方向から描かれるという感じが強すぎる。
宮崎駿が新作『崖の上のポニョ』を製作するにおいて、実の母親への思慕が大きな影響を与えているとしている。
たしかにそういう一面はあるんだろうけど、番組はそうだと決めつけすぎてるし、その一点だけに焦点を絞りこんでしまい、ほかの要素にあまり触れなくなってる。

今回もそうだった。
いや、小三治の場合はもっとひどかったと思う。
何年もリウマチを患っていて(僕も知らなかったけれど)、大量の薬を飲み(ほんとにすごい量)、高齢とも重なって体調が思わしくない…という内容。
視聴後の記憶には、ほとんどそのイメージしか残っていない。
これじゃ、当代随一の落語家のドキュメントじゃなくて、病気と闘いながらも働くおじいさんのドキュメントだ。
もちろん、よくよく画面を読みこめば、それ以外のこともたくさんあるんだけど、一見した限りではそんな感じ…。
小三治をよく知らない人にとっては、たぶん“小三治イコールリウマチの人”なんてことになりかねないよ。
小三治の落語は楽しいし、おもしろいし、なごやかで、かわいらしい。
そんなことは伝わってこない。
趣味が多種多様。何年か前までは大型バイクのツーリングに出かけてたそうだし、蜂蜜やミネラルウォーターなどのウンチクも豊富。川柳もやるし、歌も歌う(俳句を詠むとかいう意味じゃなくて音楽のほう)らしい。
そんな部分には触れられない。

最近テレビで作られる、ドキュメントはそんなのが多いな。
石原裕次郎のドキュメントはたいていテレビ朝日がやるけど、毎回、「彼を失って悲しい」ってばかりだ。
彼の明るさとか、ナイーブなところとか、破天荒なところとか、生きていた頃の良さをとりあげることが少ない。
放映される映像も、ある時期の特番の使いまわし。歌う映像を流すなら、その曲が出た当時のを探してくるべきだ。
中年の、太目になった裕次郎が『嵐を呼ぶ男』を歌っているのを見せられてもしようがない。
あれじゃ新しいファンはできないよ。
前にフジテレビかどっかでやった中村勘三郎のドキュメントも、お涙頂戴の作りになってた。

きっとテレビの制作者に才能がないから、安易に視聴者の心を動かせるものを作ろうとするんだね。
病気とか、争いとか、老いとか、死とか、そういうものを扱ってれば、視聴者は考えさせられるし、泣かされる。
安い番組づくりだ、まったく。

ほかにも小三治については、「なんで六代目柳家小さんは世襲みたいに長男が継いじゃって、小三治じゃなかったのか」とか、ドキュメントなら視聴者として気になることもあったのにな…。


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