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*村ちゃんの歴史街道!     *一宮市編!     *美濃街道!     *江戸時代・木曽川を渡る象行列!

2017-08-10 | Weblog

1)佐渡川(揖斐川)

  あらかじめ象船が用意されていましたが、川の水が比較的浅かったので、

  象は気持ちよさそうに歩いて渡りました。

  しかし、残りわずかなところで象は深みにはまってしまい、沈んでしまいました。

  象は自力で這い上がり、なんとか渡りきることができました。

2)墨俣川(長良川) 

  水量が多く、佐渡川(揖斐川)のように歩いて渡ることができないので、

  「象船」が用意されました。しかし、象は機嫌が悪く、なかなか船に乗ろうとしませんでした。

  足に綱を巻つけて、20人がかりで象を引っ張り船に乗せたものの、

  渡りきったところで対岸の大勢の見物客の歓声に驚いて、逃げ出してしまいました。

  全力疾走した象は村の外れまで来て、ようやく捕えることができました。

3)小熊川(境川)

  この川にも象船が用意されていましたが、水が少なかったので浅瀬を選び、歩いて渡りました。

  墨俣川(長良川)のような事件もなく、4つの川の中で一番楽に渡ることができました。

4)起川(木曽川)

  今までの河川とは規模が異なり、墨俣川(長良川)の二の舞にならない様に、

  細心の注意が払われました。 墨俣川(長良川)での経験を活かし、

  象使いの「てんてんほんほん」の掛け声に合わせて象を船に乗せ、

  落ち着いた象は川を無事に渡りました。

  こうして、美濃街道(美濃路)最大の難所を越える事が出来ました。

 

  (船で木曽川を渡る象)      (起宿を歩く象行列)

*江戸時代の象!

  江戸時代の中頃、8代将軍「吉宗」は、象を大陸では軍用しているという話聞いて、

  興味を示し、象を見てみたいと言いました。その事を知った清国(今の中国)の商人の、

  「鄭太威」は、ベトナムから牡牝一頭ずつ、合わせて2頭の象を連れて享保13年(1728)に、

  長崎にやって来ました。 牝象は長崎の「唐人屋敷」で死んでしまいましたが、

  牡象は翌年3月13日に長崎を出発し、江戸までの長い旅が始まりました。

   長崎街道・山陽道を通り、京都で天皇に拝謁しました。

  その後、草津宿から中山道に入り、 垂井宿を経由で美濃街道(美濃路)に入りました。

  木曽川を船で渡り「起宿」に到着したのは5月3日の事でした。

  起の本陣敷地内あ「象小屋」が建てられ、そこに象が一泊しました。

  翌4日、次の宿泊予定地である「清州宿」に向かいました。

  象行列は象使いをはじめ、30数人の役人、村役人が同道した記述が、起宿にも残されています。

  その後、象は5月25日に「江戸」に到着、将軍・吉宗にお目見えして、その役目をは果たしました。

 

 

 

  

                                                                                                               

 

 

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