昨年の振り返りから多くのことを学んでいます。
それらの中から今年の方針を導きだしてみました。
震災や原発事故で、活躍された自衛隊・消防・警察・道路整備局・その他多くの現場の方々の働きは日常の訓練や緊急時の備えが出来ていたからです。
他方、人災と云われるものの多くは先人の教えを守らず、歴史を顧みず、自然の脅威をそろばん勘定の上で手前勝手に弾きだしたものでした。
先人・偉人は貴い言葉を残しています。
論語には、「子曰く、故きを温ねて、新しきを知れば、以って師と為るべし」と、孔子先生が師となる条件として、先人の思想や学問を研究するよう述べた言葉が残されています。
また、ドイツ帝国初代宰相ビスマルクは、「賢者は歴史から学び愚者は経験からしか学ばない」と名言を残しています。
昨年の、3.11東日本大震災の後、貞観地震(じょうがんじしん)が話題に登りました。平安時代前期の貞観11年5月26日(ユリウス暦869年7月9日)に、日本の陸奥国東方の海底を震源として発生した巨大地震です。地震の規模は少なくともマグニチュード8.3以上であったと推定されており、地震に伴う津波による被害も甚大でした。
明治時代には、吉田東伍や今村明恒らの学者による研究があり、1990年代にも学者による研究が行われています。
東京電力は、そういった観点からの研究者・識者の発言・提言を無視しました。事故の前年国会でも安全性を追求されているのです。にも関わらず手前勝手な論理・計算を押し通した結果が福一(福島第一原発)事故に現れたのです。
明応7年8月25日辰刻(グレゴリオ暦1498年9月20日8時ごろ)、東海道沖に大地震が発生しました。紀伊から房総にかけて太平洋側で震動が強く、熊野本宮の社殿が倒壊、那智の坊舎の崩壊、遠江では山崩れに地割れがあった。『熊野年代記』の記録によれば紀伊湯の峯温泉の湧出が10月8日まで停止した。
津波は紀伊から房総にかけての沿岸に襲来し、波高は駿河湾沿岸の江梨や小川で8m、伊勢、志摩で6 - 10mであった。
鎌倉の八幡宮参道にも襲来し、また高徳院の大仏(鎌倉大仏)殿はこの地震による津波で倒壊したとされています。
志摩半島の三重県鳥羽市国崎町は最大波高15mに達したとされ、大津集落は明応地震津波で死者1万人という壊滅的な被害を受け、地震後住民は高台に移転し、その後500年間、2011年現在に至るまで低地に戻っていないそうです。
我が身を振り返った時に、故きを温ねない人だな〜!と、つくづく思いました。
何でもやってみる、経験して初めて納得するタイプの触覚型の学習スタイルなんです。
やっぱり愚者でした!
グシャグシャの愚者です!!
少しでも賢者に近づきたいよ〜!!!
そんな私には勉強が必要です。
本をもっともっと読んで、そこから学んだ事を行動に起こし、知識を活かすことが賢者への道なのかも知れません。
と云うことで、私の今年の方針は「知識と行動の融合」です。等と愚者が愚考する今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。
それらの中から今年の方針を導きだしてみました。
震災や原発事故で、活躍された自衛隊・消防・警察・道路整備局・その他多くの現場の方々の働きは日常の訓練や緊急時の備えが出来ていたからです。
他方、人災と云われるものの多くは先人の教えを守らず、歴史を顧みず、自然の脅威をそろばん勘定の上で手前勝手に弾きだしたものでした。
先人・偉人は貴い言葉を残しています。
論語には、「子曰く、故きを温ねて、新しきを知れば、以って師と為るべし」と、孔子先生が師となる条件として、先人の思想や学問を研究するよう述べた言葉が残されています。
また、ドイツ帝国初代宰相ビスマルクは、「賢者は歴史から学び愚者は経験からしか学ばない」と名言を残しています。
昨年の、3.11東日本大震災の後、貞観地震(じょうがんじしん)が話題に登りました。平安時代前期の貞観11年5月26日(ユリウス暦869年7月9日)に、日本の陸奥国東方の海底を震源として発生した巨大地震です。地震の規模は少なくともマグニチュード8.3以上であったと推定されており、地震に伴う津波による被害も甚大でした。
明治時代には、吉田東伍や今村明恒らの学者による研究があり、1990年代にも学者による研究が行われています。
東京電力は、そういった観点からの研究者・識者の発言・提言を無視しました。事故の前年国会でも安全性を追求されているのです。にも関わらず手前勝手な論理・計算を押し通した結果が福一(福島第一原発)事故に現れたのです。
明応7年8月25日辰刻(グレゴリオ暦1498年9月20日8時ごろ)、東海道沖に大地震が発生しました。紀伊から房総にかけて太平洋側で震動が強く、熊野本宮の社殿が倒壊、那智の坊舎の崩壊、遠江では山崩れに地割れがあった。『熊野年代記』の記録によれば紀伊湯の峯温泉の湧出が10月8日まで停止した。
津波は紀伊から房総にかけての沿岸に襲来し、波高は駿河湾沿岸の江梨や小川で8m、伊勢、志摩で6 - 10mであった。
鎌倉の八幡宮参道にも襲来し、また高徳院の大仏(鎌倉大仏)殿はこの地震による津波で倒壊したとされています。
志摩半島の三重県鳥羽市国崎町は最大波高15mに達したとされ、大津集落は明応地震津波で死者1万人という壊滅的な被害を受け、地震後住民は高台に移転し、その後500年間、2011年現在に至るまで低地に戻っていないそうです。
我が身を振り返った時に、故きを温ねない人だな〜!と、つくづく思いました。
何でもやってみる、経験して初めて納得するタイプの触覚型の学習スタイルなんです。
やっぱり愚者でした!
グシャグシャの愚者です!!
少しでも賢者に近づきたいよ〜!!!
そんな私には勉強が必要です。
本をもっともっと読んで、そこから学んだ事を行動に起こし、知識を活かすことが賢者への道なのかも知れません。
と云うことで、私の今年の方針は「知識と行動の融合」です。等と愚者が愚考する今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。










