カエサルの世界

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◎2011年3月31日(復旧の進む日々)

2017年02月26日 | ☆東日本大震災  

 熊本地震に遭遇された方の手記にインスパイアされて、東日本大震災のときの生活を振り返ってみようというシリーズの4回目です。
 今回は、2011年3月31日。震災21日目ということになります。


 ランドリーバスケットの中に、黒いビニール袋が入っているところです。職場では水が出たので、こういうものを使って自宅まで水を運ぼうと考えたのです。
 これに水を汲んだのは3月18日だったんだけど、車に積み込むのを忘れてしまいました。その後、車は使わず、徒歩通勤をすることにしたので、このバスケットは水を入れたまま置きっぱなしになってしまいました。
 3月28日には、自宅でも水が出るようになりました。
 そう言えばこういうものがあったということを思い出して片付けたのが3月31日ということになります。




 ある飲食店が営業しているという話だったので、同僚の車に乗せてもらって行ってみることにしました。その店は営業していなかったのだけど、その近くの弁当屋が営業していました。
 何ができますか?と聞いたら、何でもできますよという返事でした。信じられませんでした。それまで、営業している飲食店がなかったわけではないのだけど、おにぎりとお新香のセットみたいな、震災メニューだったんですよ。
 一番高いやつをお願いしました。焼肉とチキン竜田とコロッケでしょうか。キャベツやレモンもついています。もう、凄い凄いです。エイプリルフールが一日早く来てしまったのかと思いましたよ。
 冒頭の画像(仙台四郎)もこの店で撮りました。




 帰宅後、スーパーで買ってきたものを並べてみました。徒歩通勤の途中でスーパーに寄っているので、リュックサックでの買物です。
 大地震の後、カエサルが始めてスーパーで買物をしたのは3月28日です。この日は2回目の買物ということになりますけど、ほとんど待たずに入店できたという記憶があります。商品棚も、半分くらいは埋まっていたような気がします。1人2個まで・・・といったような制限もほとんどなかったと思います。
 贅沢を言ったらキリがないわけで、普通に買物ができるようになってきたと言っていいと思います。

 この日の時点では、市ガスは復旧していませんでした。調理にはカセットボンベ式のコンロを使っていましたが、まあ、何とかなります。ちなみに、さっきの弁当屋さんではプロパンガスを使っていたそうです。風呂を沸かすことはできません。オール電化住宅では風呂を沸かすことができるということで、近所に住んでいる同僚の家へ風呂に入りに行きたかったんですけど、そういう人が毎日のように来ているみたいで、たいへんそうだったので、遠慮しました。
 ガソリン渋滞はまだまだ続いていましたけど、スタンドの従業員の方が交通整理をしているような姿が見られるようになり、一時期の混沌状態からは抜け出したという感じもします。でも、カエサルはその渋滞に参加する勇気はなかったので、徒歩通勤を続けていました。


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