4月29日
朝8時にフェズの宿を出発してまずは南へ向かう。
旧市街とは全く趣の違う、整然と整備された新市街を出ると
徐々に高度が上がって周りの景色は畑や牧草地の緑が続く。
途中ではポピーが咲いていたり、リンゴの木が花盛りだったりして春真っ盛り。
1時間ちょっとで到着したのはイフレンと言う町。
標高1650メートルでフランス植民地時代に避暑地として開発されたというから日本の軽井沢やインドのシムラのようなところ。
だから建物や公園もまるでヨーロッパで、およそモロッコらしくない。
そこがモロッコ人に受けるのだろう、町には観光客がいっぱいで、みな必ずこのライオンの像と記念撮影をしている。
しかし冬には雪も降るというこの町、4月末でもとにかく寒い!冷たい風が吹き付けるので、ちょっと歩いたらみんなカフェに入りこんでしまうのがおかしい。
イフレンの町を出ると杉林が続き、フェズのマドラサなどに使われていた木材はこの辺りから来たのかと納得する。道の正面に現れた山の斜面はスキー場になっている。
さらに行くと景色はだんだん乾燥して畑は見えなくなり、遠くにアトラス山脈の雪山が見えてきた。
やがて到着したミデルトの街中からも雪山が望める。

本日の昼食は町からは外れたところにある新しそうな大きなホテル。いかにもツーリスト向けで、ヨーロッパ人の大型観光バスも次々に入って来たのでがっかりしたが、ビュッフェを見ると悪くはなさそうなのでおとなしくここで食事をとることにする。

ベルベル風と言うスープは豆や雑穀などの具だくさん。サラダが豊富なのもうれしい。

驚きだったのはタジンの豊富さで、定番の鶏や羊のほかにラクダ肉とプルーンとか、内臓のタジンまである。
ラクダはよく煮込まれて、言われなければ牛筋肉と思っただろう。くさみもまったくなく、こんなにおいしいとは思わなかった。
結局ラクダや内臓のタジンにはこの後出会うことはなかったので、ここでの昼食は正解。
ミデルトからさらに南下すると周りは一層乾燥してくる。

不思議な地層の山のふもとにはきれいな川が流れ
なぜかこの短いトンネルは名所らしくて、警備の警官はいるし土産物売り(?)までいる。
ちょっとしたダム湖など眺めながら荒涼とした中のまっすぐな道をひたすら走ると

やっとオアシスの中の町、ティネリールに到着。
今夜の宿は町はずれにある Kasbah Lamlani。


新しいホテルだがカスバを模してあり、部屋には広いベランダがついている。
ここから夕景色を眺めていると
羊や山羊が戻ってきた。
夕食のレストランは8時から開くというのでその時間を待ちかねて下に降りると、明かりはついていないしまだ全く準備ができていない。
フロントにたずねると「まだ7時でしょ。あと1時間あるよ」
実はこの日からモロッコは夏時間で1時間繰り上がっているはずだった。
我らがドライバーはだから出発を8時(夏時間なら9時)にしたと言うし、街中で見かけた時計も確かに夏時間になっていた。
しかしこのホテルの人は「え、夏時間なんてまだまだ先でしょ。今は7時だよ」と言い張る。
時間を持て余した我々を見かねてか、それではホテルの案内を、と

パーティなどに使われるらしいベルベルテントを見せてくれたスキンヘッドのおじさん。ラフな格好で偉いんだか偉くないんだか、よくわからない謎の人だが親切だった。
やっと用意のできた夕食はセットメニュー。
おなじみハリラスープに始まって

タジンは鶏か魚の選択。こうして見るとまったく同じに見えるが味は悪くなかった。
プリンもここのはちゃんと卵で作られていたし。
翌朝ドライバーに時間の確認をすると、「毎年切り替え時期には混乱するんだよね〜」って、仕事に支障はないのか。モロッコ、ゆるいなあ。
移動だけの一日ではあったが、次々と景色が変わり退屈する暇はなかった。
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朝8時にフェズの宿を出発してまずは南へ向かう。
旧市街とは全く趣の違う、整然と整備された新市街を出ると
徐々に高度が上がって周りの景色は畑や牧草地の緑が続く。途中ではポピーが咲いていたり、リンゴの木が花盛りだったりして春真っ盛り。
1時間ちょっとで到着したのはイフレンと言う町。
標高1650メートルでフランス植民地時代に避暑地として開発されたというから日本の軽井沢やインドのシムラのようなところ。
だから建物や公園もまるでヨーロッパで、およそモロッコらしくない。
そこがモロッコ人に受けるのだろう、町には観光客がいっぱいで、みな必ずこのライオンの像と記念撮影をしている。しかし冬には雪も降るというこの町、4月末でもとにかく寒い!冷たい風が吹き付けるので、ちょっと歩いたらみんなカフェに入りこんでしまうのがおかしい。
イフレンの町を出ると杉林が続き、フェズのマドラサなどに使われていた木材はこの辺りから来たのかと納得する。道の正面に現れた山の斜面はスキー場になっている。
さらに行くと景色はだんだん乾燥して畑は見えなくなり、遠くにアトラス山脈の雪山が見えてきた。
やがて到着したミデルトの街中からも雪山が望める。

本日の昼食は町からは外れたところにある新しそうな大きなホテル。いかにもツーリスト向けで、ヨーロッパ人の大型観光バスも次々に入って来たのでがっかりしたが、ビュッフェを見ると悪くはなさそうなのでおとなしくここで食事をとることにする。

ベルベル風と言うスープは豆や雑穀などの具だくさん。サラダが豊富なのもうれしい。

驚きだったのはタジンの豊富さで、定番の鶏や羊のほかにラクダ肉とプルーンとか、内臓のタジンまである。
ラクダはよく煮込まれて、言われなければ牛筋肉と思っただろう。くさみもまったくなく、こんなにおいしいとは思わなかった。
結局ラクダや内臓のタジンにはこの後出会うことはなかったので、ここでの昼食は正解。
ミデルトからさらに南下すると周りは一層乾燥してくる。

不思議な地層の山のふもとにはきれいな川が流れ
なぜかこの短いトンネルは名所らしくて、警備の警官はいるし土産物売り(?)までいる。
ちょっとしたダム湖など眺めながら荒涼とした中のまっすぐな道をひたすら走ると

やっとオアシスの中の町、ティネリールに到着。
今夜の宿は町はずれにある Kasbah Lamlani。


新しいホテルだがカスバを模してあり、部屋には広いベランダがついている。
ここから夕景色を眺めていると
羊や山羊が戻ってきた。夕食のレストランは8時から開くというのでその時間を待ちかねて下に降りると、明かりはついていないしまだ全く準備ができていない。
フロントにたずねると「まだ7時でしょ。あと1時間あるよ」
実はこの日からモロッコは夏時間で1時間繰り上がっているはずだった。
我らがドライバーはだから出発を8時(夏時間なら9時)にしたと言うし、街中で見かけた時計も確かに夏時間になっていた。
しかしこのホテルの人は「え、夏時間なんてまだまだ先でしょ。今は7時だよ」と言い張る。
時間を持て余した我々を見かねてか、それではホテルの案内を、と

パーティなどに使われるらしいベルベルテントを見せてくれたスキンヘッドのおじさん。ラフな格好で偉いんだか偉くないんだか、よくわからない謎の人だが親切だった。
やっと用意のできた夕食はセットメニュー。
おなじみハリラスープに始まって

タジンは鶏か魚の選択。こうして見るとまったく同じに見えるが味は悪くなかった。
プリンもここのはちゃんと卵で作られていたし。翌朝ドライバーに時間の確認をすると、「毎年切り替え時期には混乱するんだよね〜」って、仕事に支障はないのか。モロッコ、ゆるいなあ。
移動だけの一日ではあったが、次々と景色が変わり退屈する暇はなかった。
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自分たちでは絶対に行きつけない、これが入口。

野菜のクスクスも大ぶりの野菜がおいしい。
魚のタジンはタラのような白身の魚のトマトソース煮込み。オリーブと塩漬けレモンがのっているのがモロッコ風。
七面鳥の串焼きは付け合せのご飯に甘いアーモンドの粉がかかっているところがモロッコ。串焼きの方は柔らかくておいしかったが。
当店自慢の一品というパスティラの中身はチキン。シナモンが効いてとてもおいしいが、これまたパリパリのパイ生地に粉砂糖がかかって甘い。
だからかデザートはフルーツのみであっさり。
双子の子供がいるという、これがオーナー。
展示会HPより
東京駅の復元も完成間近で、丸の内もオシャレになった。




途中の壁にあった半円のでっぱりは家の中の女性が訪問者をこっそり覗くための出窓。

このモスクの先の路地でドアを一つくぐると、中は驚くほどたくさんの部屋がつながった大きな革製品屋。ミントの葉を渡され、狭い階段を上がってベランダに出ると
店の中の造りも素晴らしかったりする。




中庭でまたミントティー。この甘い一杯がうれしい。
まずは到着早々にチキンカレーとプラタ。
ボリューム満点のマンゴーカチャン。

ペナン料理のカフェで食べたのはチャー・クェイ・ティアオ。
こちらはおやつに用意されたお寿司。

リバーサイドのジャンボ・レストランではお約束のチリ・クラブも食べたし、ビル52階にあるチャイナ・クラブという会員制クラブでは海を見ながら高級飲茶もいただいた(気取った雰囲気だったので写真は自粛)。









