
写真左は、ティタニア・パラスト (映画館) でのフルヴェン復帰コンサートに集まる聴衆。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
フルヴェン BPO の「運命」(DG 1947年 ティタニア・パラストでのライヴ録音 ※1) を聴いた。 出だしはレガートではなく、少しつっかえ気味に「ダ、ダ、ダ、ダーン」という感じの演奏だ。 これは、フルトヴェングラーの戦後初めてのベルリン・フィル復帰公演だそうで、並々ならぬ緊迫感が伝わってくる。 4楽章コーダもつっかえ気味かと予想していたら、これも裏切られ、一気に終わってしまうという演奏で、早い。 しかし全楽章の時間は 33分で、並みの長さになる。
全曲通して 聴くほうも気を抜けない演奏というのは、こういうのをいうのだろう。 演奏現場会場にいた聴衆は幸運だった? いや 戦後の混乱の窮乏生活の中で、(当然 演奏する側の団員やフルヴェンも含めて) 食料どころか 演奏にも飢えていたベルリン市民が殆どだったろうから 、現在の我々の状況とは随分違う精神状態にあったはずだ。 それは我々の想像を越えたところにあった としかいえないから、何ともいいようがない。
この演奏で まずびっくりしたのは、そんなに悪い録音ではないということ。 もちろん 最上の音質ではないが、最悪でもない。 超鮮明でもないがノイズも殆ど聞こえない。 ステレオ録音機器開発前の録音だから、当然モノーラルだが、そんなことは全く気にならないくらい 素晴らしい演奏だ。
Kenichi Yamagishi 氏のサイトには、この演奏ライヴ録音について詳細に書いたものが載っている (後述)。
何年も前に購入した フルヴェン・バイロイト祝祭管の「合唱」(EMI 1955年ライヴ録音) は、テンポが滅茶苦茶に変わる演奏で、これはいただけなかった。 だから、私は世評で評価の高いフルヴェンものはこれまで避けて聴かないようにしていたが、この「運命」に出会って びっくりし、感激した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
同年録音のカラヤン VPO の「合唱」(EMI 1947年 ウィーン楽友協会大ホール ※2) も聴いた。 これは SP 盤の復刻と書いてあるが、これも意外に聴き易い。 もちろん 極上ではない、そこそこの音質。
※1も※2もオリジナル録音はそんなにいい状態ではなかっただろうと推測するが、レコード・CD 会社のエンジニア達は、それをデジタルで編集して テープノイズやスクラッチノイズなどの雑音を消し、聴き易い音質に仕上げている。 どこをどうやってかは分からないが、このエンジニア達の努力には感謝するのみですね。 想像するに、デジタル変換したデータの波形から 1秒刻みか 0.1秒刻みかは不明だが 綺麗なサイン波から外れた部分を手作業で消したのだろう__膨大な手間ひまがかかったはずだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
併せて ※追加1の本を読んだが、関連本から カラヤン/フルヴェン/チェリビダッケという戦中戦後の BPO に絡む3指揮者の言動をよくもこんなにもかき集め、その時々の彼らの感情を推測しながら物語風に仕上げた著者の創作の腕前には感心してしまう。 発言は全て公になっているものだから推測ではないが、心に去来した感情は推測で うまくアテハメている。 面白かったのは、若いカラヤンを排除する フルヴェンの “猜疑心と優柔不断” な性格。 名指揮者も音楽以外はタダの人。
そこで、「運命」のカラヤン BPO 映像版 (DG 1972〜73年収録) を久しぶりに見てみた。 実に壮大、正確無比、自分たちは世界最高の演奏をしているんだという余裕が感じられ、自信がみなぎる最上級の演奏だった。 これもいい演奏で、これ以上いうことはない__といいながら、あえて注文を付けるなら ナルシスト カラヤンの映像が出過ぎに対し、楽員の映像が少ない。 演奏録音と映像は別撮りの “腕パク” だが、そういわれなければ全く分からない。
……………………………………………………
先日 聴いた生演奏の某大学管弦楽団の「運命」とは当然 雲泥の差で、この BPO レベルに到達するには百年くらいかかりそうだった。
1807〜08年に作曲された「運命」が誕生して 200年余り。 未だに この曲のような全編が緊迫して終始する交響曲は創造されていないのではないだろうか? フルヴェン BPO の1947年ライヴ録音を初めて聴いて、改めてベートーヴェンの偉大さを再認識する思いがした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
後日追加__5日 (日) 日経に、フルヴェン RIAS 録音選集 LP-BOX なる広告が載っていて、良く読むと 同じ復帰公演の5月25日ライヴ録音を発売する (株 日本音声保存) とあり、09年 Audite レーベルから発売されたものと記述もあり、原盤の権利がどうなってるのか 分からなくなってきた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「カラヤンとフルトヴェングラー」(中川右介著/幻冬舎 2007年発行) から _ ※追加1へ
Kenichi Yamagishi’s Web Site / Classical Music 〜 運命 モノラル録音から (http://classic.music.coocan.jp/sym/beethoven/beethoven5-m.htm) … (※追加2へ)
ウィキペディアから__交響曲第5番ハ短調 作品67 は、… (※追加3へ)
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
以上
※追加1_ 5月25日、ティタニア・パラストは開演前から異常な熱気に包まれていた。 切符を正規のルートで買えた幸運な人、ダフ屋に法外な金額を払って入手した裕福な人、家具を手放してでも聴きたいと思った熱狂的な人 … 2000人の観客は、その時を待った。
オーケストラがステージに揃い、その瞬間がやってきた。 長身のフルトヴェングラーを、オーケストラの団員は起立して迎えた。 観客は総立ちとなった。 拍手、歓声、まだ一音も発せられていないのに、まるで世紀の名演を聞いた後のようだった。 演奏前がこうなのだから、終演後の拍手喝采はもっと凄まじいものとなった。 終わった後の観客の熱狂ぶりは凄まじく、永遠にこのホールから帰らないのではないかと思えるほど長く、15分以上にわたり拍手が続き、指揮者は16回、指揮台に呼び出された。
同じプログラムで、翌26日も、そして27日、29日とフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルのコンサートは開かれた。
……………………………………………………
※追加2_ 1947年5月27日、歴史的復帰演奏会3日目のライヴ録音。 同日の「エグモント」序曲とカップリング。 あらゆるクラシック音楽の CD の中でもっとも感動的な1枚といえよう。
この歴史的復帰演奏会の3日目の場所は、従来は「ティタニア・パラスト」となっており CD にもそのように記載されている。 しかし、近年の研究により、27日の演奏会は「ベルリンのイギリス占領地区にあるソ連管轄の放送局」に聴衆を入れてのライヴ録音と訂正された。 これはマズーレンアレーにあった戦前の帝国放送局のことである。
私は学生時代に朝の FM 放送でこの演奏を聴いて以来、フルトヴェングラーにどっぷりハマり、その音源である MG-6006 という番号の LP を購入した。 大学卒業後まもなく、「レコ芸」の企画での「名盤コレクション 蘇る巨匠たち」シリーズ第1弾 ORG-1001 として初 CD 化されたのを通販で入手した。 その後、正規国内盤として OIBP 化もされた (POCG 3788)。 これには序曲の他に、52年の「大フーガ」も収録されている。
また ヴィンテージ・コレクションの紙ジャケット盤では、初期海外盤 LP (18 724) のジャケット・デザインを復刻している (POCG90445)。
にもかかわらず 外盤での CD 化は、2003年の eloquence シリーズ 474 728-2 の発売まで全くなされていなかった。 この盤は、同日の「エグモント」は入っておらず、かわりに53年のシュナイダーハンとのヴァイオリン協奏曲がカップリングされている。
しかし! 2004年に宇野功芳氏編集の学研ムック「フルトヴェングラー 没後50周年記念」において、平林直哉氏が次のような指摘をされているのを読んで愕然とした__(OIBP リマスター盤は) 第1楽章22小節 (第1主題提示部の中間部 印象的な第1ヴァイオリンのみのフェルマータの後のフルトヴェングラー・パウゼのところ) のノイズをカットしてしまい、一瞬ではあるが 間合いが短くなり、前につんのめるようになっている。
うーむ、気がつかなかった。「2004年8月に再発された UCCG3696 はそのカットもなく音質も良いのでおすすめできる」とも書かれていたので、それを入手。 没後50年記念の国内盤フルトヴェングラー・エディションである。
そこで3つを聞き比べてみた。 なるほど確かに UCCG3696 ではフルトヴェングラー・パウゼのところで残響と客席のノイズがちゃんと残っているが、OIBP 盤ではそこが無音状態になっている。 外盤 eloquence シリーズ 474 728-2 でも同じような処理がなされているようだ。 ただ、間合い (=パウゼの時間) が短くなっているかどうかは計測できない。
ノイズとともに残響成分もカットして無音になってしまった結果、聴いていて息がつまった感じになるだけかもしれない。
もちろん この違いは、指摘されて注意深く聴いて初めてわかる程度のものであり、素人にはあまり問題はなかろう。 全体の音質としては、OIBP 盤や eloquence 盤のほうが、全体的に抜けがよく聴きやすい音質だと私は思う。 それにしても、こんなことなら「名盤コレクション第1弾 ORG-1001」をずっと持っているんだったなぁ。
2011年 フルトヴェングラー生誕125周年ということでシングルレイヤーの SACD も発売された。 同日の「エグモント」序曲と52年の「大フーガ」とのカップリングである (UCGG 9016)。
……………………………………………………
※追加3_ 交響曲第5番ハ短調 作品67 は、「暗から明へ」という構成をとり、激しい葛藤を描いた第1楽章から瞑想的な第2楽章、第3楽章の不気味なスケルツォを経て、第4楽章で歓喜が解き放たれるような曲想上の構成をとっている。
第1楽章 Allegro con brio ハ短調 2/4拍子
「ダダダダーン」という有名な動機に始まる。 これは、この後何度も用いられる重要な動機である。 この「ダダダダーン」という音は最後の最後まで出てきており、打楽器の音はこの音でほとんど構成されている。
ここは演奏家の解釈が非常に分かれる部分である。 ゆっくりと強調しながら演奏する指揮者もいれば、Allegro con brio (速く活発に) という言葉に従って この楽章の基本となるテンポとほぼ同じ速さで演奏する指揮者もいる。 往年の大指揮者には前者の立場が多く、この演奏スタイルがいわゆる「ダダダダーン」のイメージを形成したと考えられる。 しかし 近年では作曲当時の演奏スタイルを尊重する立場から後者がより好まれる傾向にある。 ハインリヒ・シェンカーによると、この8音は全体でひとつの属和音のような機能を果たしており、最後のD音に最も重点があるとされている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
以上
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
フルヴェン BPO の「運命」(DG 1947年 ティタニア・パラストでのライヴ録音 ※1) を聴いた。 出だしはレガートではなく、少しつっかえ気味に「ダ、ダ、ダ、ダーン」という感じの演奏だ。 これは、フルトヴェングラーの戦後初めてのベルリン・フィル復帰公演だそうで、並々ならぬ緊迫感が伝わってくる。 4楽章コーダもつっかえ気味かと予想していたら、これも裏切られ、一気に終わってしまうという演奏で、早い。 しかし全楽章の時間は 33分で、並みの長さになる。
全曲通して 聴くほうも気を抜けない演奏というのは、こういうのをいうのだろう。 演奏現場会場にいた聴衆は幸運だった? いや 戦後の混乱の窮乏生活の中で、(当然 演奏する側の団員やフルヴェンも含めて) 食料どころか 演奏にも飢えていたベルリン市民が殆どだったろうから 、現在の我々の状況とは随分違う精神状態にあったはずだ。 それは我々の想像を越えたところにあった としかいえないから、何ともいいようがない。
この演奏で まずびっくりしたのは、そんなに悪い録音ではないということ。 もちろん 最上の音質ではないが、最悪でもない。 超鮮明でもないがノイズも殆ど聞こえない。 ステレオ録音機器開発前の録音だから、当然モノーラルだが、そんなことは全く気にならないくらい 素晴らしい演奏だ。
Kenichi Yamagishi 氏のサイトには、この演奏ライヴ録音について詳細に書いたものが載っている (後述)。
何年も前に購入した フルヴェン・バイロイト祝祭管の「合唱」(EMI 1955年ライヴ録音) は、テンポが滅茶苦茶に変わる演奏で、これはいただけなかった。 だから、私は世評で評価の高いフルヴェンものはこれまで避けて聴かないようにしていたが、この「運命」に出会って びっくりし、感激した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
同年録音のカラヤン VPO の「合唱」(EMI 1947年 ウィーン楽友協会大ホール ※2) も聴いた。 これは SP 盤の復刻と書いてあるが、これも意外に聴き易い。 もちろん 極上ではない、そこそこの音質。
※1も※2もオリジナル録音はそんなにいい状態ではなかっただろうと推測するが、レコード・CD 会社のエンジニア達は、それをデジタルで編集して テープノイズやスクラッチノイズなどの雑音を消し、聴き易い音質に仕上げている。 どこをどうやってかは分からないが、このエンジニア達の努力には感謝するのみですね。 想像するに、デジタル変換したデータの波形から 1秒刻みか 0.1秒刻みかは不明だが 綺麗なサイン波から外れた部分を手作業で消したのだろう__膨大な手間ひまがかかったはずだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
併せて ※追加1の本を読んだが、関連本から カラヤン/フルヴェン/チェリビダッケという戦中戦後の BPO に絡む3指揮者の言動をよくもこんなにもかき集め、その時々の彼らの感情を推測しながら物語風に仕上げた著者の創作の腕前には感心してしまう。 発言は全て公になっているものだから推測ではないが、心に去来した感情は推測で うまくアテハメている。 面白かったのは、若いカラヤンを排除する フルヴェンの “猜疑心と優柔不断” な性格。 名指揮者も音楽以外はタダの人。
そこで、「運命」のカラヤン BPO 映像版 (DG 1972〜73年収録) を久しぶりに見てみた。 実に壮大、正確無比、自分たちは世界最高の演奏をしているんだという余裕が感じられ、自信がみなぎる最上級の演奏だった。 これもいい演奏で、これ以上いうことはない__といいながら、あえて注文を付けるなら ナルシスト カラヤンの映像が出過ぎに対し、楽員の映像が少ない。 演奏録音と映像は別撮りの “腕パク” だが、そういわれなければ全く分からない。
……………………………………………………
先日 聴いた生演奏の某大学管弦楽団の「運命」とは当然 雲泥の差で、この BPO レベルに到達するには百年くらいかかりそうだった。
1807〜08年に作曲された「運命」が誕生して 200年余り。 未だに この曲のような全編が緊迫して終始する交響曲は創造されていないのではないだろうか? フルヴェン BPO の1947年ライヴ録音を初めて聴いて、改めてベートーヴェンの偉大さを再認識する思いがした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
後日追加__5日 (日) 日経に、フルヴェン RIAS 録音選集 LP-BOX なる広告が載っていて、良く読むと 同じ復帰公演の5月25日ライヴ録音を発売する (株 日本音声保存) とあり、09年 Audite レーベルから発売されたものと記述もあり、原盤の権利がどうなってるのか 分からなくなってきた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「カラヤンとフルトヴェングラー」(中川右介著/幻冬舎 2007年発行) から _ ※追加1へ
Kenichi Yamagishi’s Web Site / Classical Music 〜 運命 モノラル録音から (http://classic.music.coocan.jp/sym/beethoven/beethoven5-m.htm) … (※追加2へ)
ウィキペディアから__交響曲第5番ハ短調 作品67 は、… (※追加3へ)
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
以上
※追加1_ 5月25日、ティタニア・パラストは開演前から異常な熱気に包まれていた。 切符を正規のルートで買えた幸運な人、ダフ屋に法外な金額を払って入手した裕福な人、家具を手放してでも聴きたいと思った熱狂的な人 … 2000人の観客は、その時を待った。
オーケストラがステージに揃い、その瞬間がやってきた。 長身のフルトヴェングラーを、オーケストラの団員は起立して迎えた。 観客は総立ちとなった。 拍手、歓声、まだ一音も発せられていないのに、まるで世紀の名演を聞いた後のようだった。 演奏前がこうなのだから、終演後の拍手喝采はもっと凄まじいものとなった。 終わった後の観客の熱狂ぶりは凄まじく、永遠にこのホールから帰らないのではないかと思えるほど長く、15分以上にわたり拍手が続き、指揮者は16回、指揮台に呼び出された。
同じプログラムで、翌26日も、そして27日、29日とフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルのコンサートは開かれた。
……………………………………………………
※追加2_ 1947年5月27日、歴史的復帰演奏会3日目のライヴ録音。 同日の「エグモント」序曲とカップリング。 あらゆるクラシック音楽の CD の中でもっとも感動的な1枚といえよう。
この歴史的復帰演奏会の3日目の場所は、従来は「ティタニア・パラスト」となっており CD にもそのように記載されている。 しかし、近年の研究により、27日の演奏会は「ベルリンのイギリス占領地区にあるソ連管轄の放送局」に聴衆を入れてのライヴ録音と訂正された。 これはマズーレンアレーにあった戦前の帝国放送局のことである。
私は学生時代に朝の FM 放送でこの演奏を聴いて以来、フルトヴェングラーにどっぷりハマり、その音源である MG-6006 という番号の LP を購入した。 大学卒業後まもなく、「レコ芸」の企画での「名盤コレクション 蘇る巨匠たち」シリーズ第1弾 ORG-1001 として初 CD 化されたのを通販で入手した。 その後、正規国内盤として OIBP 化もされた (POCG 3788)。 これには序曲の他に、52年の「大フーガ」も収録されている。
また ヴィンテージ・コレクションの紙ジャケット盤では、初期海外盤 LP (18 724) のジャケット・デザインを復刻している (POCG90445)。
にもかかわらず 外盤での CD 化は、2003年の eloquence シリーズ 474 728-2 の発売まで全くなされていなかった。 この盤は、同日の「エグモント」は入っておらず、かわりに53年のシュナイダーハンとのヴァイオリン協奏曲がカップリングされている。
しかし! 2004年に宇野功芳氏編集の学研ムック「フルトヴェングラー 没後50周年記念」において、平林直哉氏が次のような指摘をされているのを読んで愕然とした__(OIBP リマスター盤は) 第1楽章22小節 (第1主題提示部の中間部 印象的な第1ヴァイオリンのみのフェルマータの後のフルトヴェングラー・パウゼのところ) のノイズをカットしてしまい、一瞬ではあるが 間合いが短くなり、前につんのめるようになっている。
うーむ、気がつかなかった。「2004年8月に再発された UCCG3696 はそのカットもなく音質も良いのでおすすめできる」とも書かれていたので、それを入手。 没後50年記念の国内盤フルトヴェングラー・エディションである。
そこで3つを聞き比べてみた。 なるほど確かに UCCG3696 ではフルトヴェングラー・パウゼのところで残響と客席のノイズがちゃんと残っているが、OIBP 盤ではそこが無音状態になっている。 外盤 eloquence シリーズ 474 728-2 でも同じような処理がなされているようだ。 ただ、間合い (=パウゼの時間) が短くなっているかどうかは計測できない。
ノイズとともに残響成分もカットして無音になってしまった結果、聴いていて息がつまった感じになるだけかもしれない。
もちろん この違いは、指摘されて注意深く聴いて初めてわかる程度のものであり、素人にはあまり問題はなかろう。 全体の音質としては、OIBP 盤や eloquence 盤のほうが、全体的に抜けがよく聴きやすい音質だと私は思う。 それにしても、こんなことなら「名盤コレクション第1弾 ORG-1001」をずっと持っているんだったなぁ。
2011年 フルトヴェングラー生誕125周年ということでシングルレイヤーの SACD も発売された。 同日の「エグモント」序曲と52年の「大フーガ」とのカップリングである (UCGG 9016)。
……………………………………………………
※追加3_ 交響曲第5番ハ短調 作品67 は、「暗から明へ」という構成をとり、激しい葛藤を描いた第1楽章から瞑想的な第2楽章、第3楽章の不気味なスケルツォを経て、第4楽章で歓喜が解き放たれるような曲想上の構成をとっている。
第1楽章 Allegro con brio ハ短調 2/4拍子
「ダダダダーン」という有名な動機に始まる。 これは、この後何度も用いられる重要な動機である。 この「ダダダダーン」という音は最後の最後まで出てきており、打楽器の音はこの音でほとんど構成されている。
ここは演奏家の解釈が非常に分かれる部分である。 ゆっくりと強調しながら演奏する指揮者もいれば、Allegro con brio (速く活発に) という言葉に従って この楽章の基本となるテンポとほぼ同じ速さで演奏する指揮者もいる。 往年の大指揮者には前者の立場が多く、この演奏スタイルがいわゆる「ダダダダーン」のイメージを形成したと考えられる。 しかし 近年では作曲当時の演奏スタイルを尊重する立場から後者がより好まれる傾向にある。 ハインリヒ・シェンカーによると、この8音は全体でひとつの属和音のような機能を果たしており、最後のD音に最も重点があるとされている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
以上










