シャンテ サラ2

「明るくやろう」の意味を込めたシャンテ・歌え。 独断と偏見で楽しい内容を目指します。「シャンテ サラ」の続編です。

楽聖の「曲名由来探し」は尽きない

2012年02月12日 | 楽聖様は偉大です
写真はエリザベート・レッケルの肖像画=1814年ごろ (デュッセルドルフ・ゲーテ博物館提供・共同)。 中央は1823年に作曲家ベートーヴェンによって書かれた手紙 (※追加1)。
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よくベートーヴェンは貧困の中で死んだといわれますが、実際は有価証券などの資産があり、それほど貧乏ではなかったという説もあります。 ただ 彼は計算式が苦手で、掛算ができなかっ たらしいですから、始終回りの人がカネを誤摩化さないかと疑心暗鬼の念を抱いていたとも。

それがこういう手紙にも書いているように、「私は貧困」と主張ばかりしている書き物が残っているので、そう取られる原因かも知れません。

難聴だった彼には 他にも多くの会話帳があったはずなんですが、晩年に彼の無償個人秘書を務めていたシントラーが、自分の都合のいいように記録を捨ててしまったのも 貧困だったという原因の一部になったのかも知れません。

貧困といいながら実は資産家だったかも知れないベートーヴェン、貴族というただ生まれだけの名声を批判・芸術の普遍性を主張しながら 結婚相手には貴族の令嬢だけを求めたベートーヴェン、皇帝に即位したナポレオンを批判・交響曲3番の題名ボナパルトを怒って消したが じつはナポレオンに会ってみたかったベートーヴェン、この様々に矛盾する性格の大作曲家は2世紀経っても 多くの人々の興味をかき立てます。

だから、不滅の恋人とは誰だったのか?『エリーゼのために』の題名の本当の由来は? など 探求する論文は後を絶たないのでしょうね。

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「ベートーヴェンの書簡発見=貧困と病気の苦悩つづる−ドイツ」(1月12日 ベルリン時事) _ ※追加1へ

「第九とベートーヴェンの魅力」(10年11月24日 iza) _ ※追加2へ

「知人の妹か? ベートーヴェン名曲 “エリーゼ” の謎」(10年7月1日 iza/共同) _ ※追加3へ

ウィキペディアから__バガテル『エリーゼのために』(Fuer Elise) は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作曲した、よく知られたピアノ曲である。 1810年作曲、イ短調。 ロンド形式。 WoO59 の番号が与えられている (※追加4へ)。
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以上


※追加1_ ドイツ北部のリューベック音楽大学ブラームス研究所は、11日 ドイツ生まれの作曲家ベートーヴェン (1770〜1827) の手書きの書簡が発見されたことを明らかにした。

貧困や病気で窮状にあった楽聖の苦悩がつづられており、10万ユーロ (約 980万円) の価値がある貴重な史料という。

11823年7月に滞在先のウィーンからパリ在住の作曲家に宛てた書簡で、この作曲家のひ孫の遺品に含まれていた。 黄ばんで一部破損しているものの、保存状態は良好だった。

ベートーヴェンは書簡で、同年完成した大作「ミサ・ソレムニス」の購入者を探すのを手伝うよう要請。 また、自身の目の病気やおいの学費など心配事が重なっていると訴え、
「給料が少なく、病気を患っているため、良い運命をつかむには大いに骨を折らなければならない」と嘆いた。

一方で、「私宛ての手紙は『ウィーンのl・v・ベートーヴェン』とだけ書けば届く」と記し、自分の名声に自信を示している。
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※追加2_ 芸術家といえども霞を食べて生きていくわけにはいきません。 楽聖ベートーヴェンとて同じでした。 残された手紙にお金に関しての記述がたくさん出てきます。
 
「七重奏曲 20ダカット、交響曲 20ダカット、協奏曲 10ダカット、独奏大ソナタ 20ダカット。 ソナタ、七重奏曲、交響曲のあいだになんの差別もつけていないのを怪しまれるでしょう。 七重奏曲や交響曲は、ソナタほど売れないのを承知しているからです」(小松雄一郎編訳「新編ベートーヴェンの手紙」岩波文庫から)

これはライプチヒの楽譜商にあてた手紙ですが、作品を高く買ってもらおうという苦心の様子がうかがえます。 また、1824年 有名な交響曲第9番の初演で、ベートーヴェンは 2000グルデン の収入をもくろんでいましたが、実際の手取りは 420グルデン で、その不満を秘書シンドラーにぶつけた手紙も残っています。

では ベートーヴェンはお金のために作曲していたのか、そうではありません。「小生はただ金持になるためにだけ書く音楽芸術の投機家になることを人生の目的としておりません。 誓って!」(同) ときっぱりいい切っています。
 
しかし ベートーヴェンの時代から約200年たった現在、「音楽芸術の投機家」がはびこっています。 今年の第21回世界文化賞若手芸術家奨励制度に選ばれた室内管弦楽団クレメラータ・バルティカが今月 来日し、「ビーイング・ギドン・クレーメル」と名付けたコンサートを行いました。「深い意味を持ったショーのようなものです。 テーマは音楽、人生における音楽の重要性ですが、ユーモアの助けを借りて、今日の音楽業界を批判的に見てみました」と芸術監督のギドン・クレーメル。
 
「音楽ビジネスで成功する方法」というコントでは、「とにかくニコニコしている、誰でも知っている曲しか演奏しない、いかにも簡単そうにみせる」と皮肉り、リモコンで CD プレーヤーを操作するように次々と曲を変えて演奏し、音楽が使い捨てされる現状を笑いに包んで警告していました。
 
ベートーヴェンは先の言葉に続けて「小生は独立不羈 (ふき) の生活を愛します。 それは多少の金がなくてはできません」と書いています。 お金と芸術は悩ましい関係です。
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※追加3_ 楽聖ベートーヴェン の名曲「エリーゼのために」のエリーゼはベートーヴェンの知人の妹で、当時10代だった女性の可能性が高いとドイツの研究者が発表した。 エリーゼの身元は長らく謎とされてきたが、ウィーンの教会に保管されていた記録などから判断したという。 オーストリアのメディアが30日に伝えた。

ベートーヴェン研究者のコーピッツ氏によると、女性はドイツ出身のソプラノ歌手エリザベート・レッケル (1793〜1883) で、テノール歌手だった兄を追ってウィーンに来た。 ベートーヴェンは自作のオペラに出演した兄と親交があり、エリザベートとも親しくなったという。

「エリーゼのために」は1810年に作曲され、ベートーヴェンは自筆譜に「エリーゼのために、4月27日、思い出に」と記入。 エリザベートは13年にベートーヴェンの友人の作曲家と結婚した。
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※追加4_ ● 楽曲の概要 ●
3/8拍子。 イ短調の属音である e 音と、半音下の音が揺れ動き、両手のアルペッジョへと続く特徴的な主題により、有名である。 ヘ長調に開始される愛らしいものと、主音の保続低音が鳴る激しいものと2つのエピソードを持ち、それらと主部との対比が明確で、形式的にも簡素で分かりやすい点などで、現代も多くの人に愛奏、愛聴されている。 バガテルとは、「ちょっとしたもの」「つまらないもの」といった意味である。

● エリーゼの正体 ●
曲のタイトルにある「エリーゼ」とは誰のことなのか、未だに不明とされている。

「エリーゼのために」は、本来「テレーゼ (Therese) のために」という曲名だったが、悪筆で解読不可能など何らかの原因で「エリーゼ (Elise)」となったという説が有力視されている。 本曲の原稿はテレーゼ・マルファッティの書類から発見されたものであり、テレーゼはかつてベートーベンが愛した女性であった。 この説ではテレーゼ・マルファッティがエリーゼの正体ということになる。

以上
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キーワード
ベートーヴェン エリーゼのために エリザベート 1810年 ナポレオン ギドン・クレーメル クレメラータ・バルティカ ビーイング 世界文化賞 ソプラノ歌手
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