シャンテ サラ2

「明るくやろう」の意味を込めたシャンテ・歌え。 独断と偏見で楽しい内容を目指します。「シャンテ サラ」の続編です。

これ以上の曲はないなぁ

2008年02月19日 | 楽聖様は偉大です
あらゆる交響曲の中でもベートーヴェンの第9番「合唱」は、別格の存在ですね。
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「"歓喜の歌" で独立祝う=コソボ」(2月18日 時事通信) _ プリシュティナの夜空を彩る、コソボ独立を祝う花火。 独立宣言したコソボ自治州のプリシュティナでは記念コンサートが開かれ、サチ首相らが出席する中、ベートーヴェンの交響曲第9番「歓喜の歌」で祝った。
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「コソボで独立祝いコンサート 一斉に起立、涙も」(2月18日 産経新聞) _ コソボが独立を宣言した17日、プリシュティナ市内のホールで、独立を祝う記念コンサートが行われた。
 
サチ首相やセイディウ大統領らが出席するなか、コソボの管弦楽団、コソボ・フィルハーモニーが計4曲のクラシック音楽を約1時間にわたって熱演した。 最後にベートーヴェンの「歓喜の歌」が演奏されると、参加者が一斉に起立し、涙を浮かべて独立の喜びをかみしめる光景もみられた。
 
合唱のバスを担当するユルベル・アスラナイさん (40) は「『歓喜の歌』は、すべての同胞と平和に共存する歌で、欧州の式典でよく歌われる。 (コソボで対立してきた) アルバニア系住民とセルビア系住民も仲良く生活できることを願っている」と語った。
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「コソボ "国歌" 演奏に日本人指揮者が一役 独立式典で」(2月18日 毎日新聞) _ 17日に独立を宣言したコソボで、日本人指揮者が独立式典を陰で支えた。 式典では地元の管弦楽団「コソボ・フィルハーモニー」が "国歌" としてベートーヴェンの「歓喜の歌」を演奏したが、本番までの猛練習を指導したのが長野県出身の指揮者、柳澤寿男さん (36)。「この場所でこの曲を奏でることに歴史的意味がある」。 そう語る柳澤さんは団員の熱い演奏を会場から見守った (※追加1へ続く)。
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いまでは聞き慣れた第4楽章は、実は1〜3楽章とは別個に作曲され、無理無理くっ付けられて一つの交響曲として発表されたものです。
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ウィキペディアから ... まぎれもなくこの交響曲は、ベートーヴェンの最高傑作の一つである。 大規模な編成や1時間を超える長大な演奏時間、それまでの交響曲でほとんど使用されなかった打楽器 (シンバルやトライアングルなど) の使用、ドイツ・ロマン派の萌芽を思わせる瞑想的で長大な緩徐楽章 (第3楽章) の存在、そして独唱や混声合唱の導入など、彼自身のものも含むそれ以前の交響曲の常識を打ち破った大胆な要素をたくさん持ち、後の交響曲作曲家たちに多大な影響を与えた (※追加2へ続く)。
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それまでの交響曲とは全く違うベートーヴェンの革新的ともいえる曲は、エヴェレストか富士山のように神々しく見えますね。 ベートーヴェン以後の作曲家たちは大なり小なり影響を受け、未だに彼を越えるインパクトを与えられないでいるといっても過言ではないと思います。

それほどベートーヴェンがクラシック界に与えた影響は大きく、演奏会ではベートーヴェン抜きではまず考えられません__オペラは違いますけど。 ベルリン・フィルの支配人が書いています__「プログラム・ビルディングで どんな音楽様式ともうまく溶け合うただ一人の作曲家がベートーヴェンだ」と。

以上

※追加1_ 柳澤さんは指揮者としてマケドニア、アルバニアなどバルカン半島の国々で活躍。 コソボで07年3月、同フィルに客演したことがきっかけで同フィル総監督バキ・ヤシャリさん (47) から常任指揮者になるよう誘われ、10月に就任した。

ヤシャリさんは、昨秋、独立が達成された際の演奏会用に「歓喜の歌」を選曲。 柳澤さんに指導を依頼した。

30人の団員はプロだが歓喜の歌の演奏経験はなく、柳澤さんが特訓を施した。

同フィルはコソボ紛争 (99年) 後の00年、戦火を逃れて国内外に散っていた音楽家らが帰郷して結成した。 団員はこれまで苦難の道を歩んでおり、ヤシャリさんも親族が北大西洋条約機構 (NATO) 軍によるコソボ空爆の巻き添えになった。 練習場に「歓喜の歌」のメロディーが流れた時、柳澤さんは胸が熱くなったという。

式典ではヤシャリさんが指揮にあたり、柳澤さんは見守った。「歓喜の歌だけでなく交響曲第九番全曲を演奏したい」。 それが柳澤さんの願いだ。

「歓喜の歌」は欧州連合 (EU) の機構歌で、独立後のコソボで国歌が正式に決まるまで国の歌として使われている。
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※追加2_ 第4楽章は当初合唱ではなく器楽とされる予定で、交響曲第9番は純器楽の作品になる予定だった。 声楽は別に作曲を予定していた『ドイツ交響曲』(交響曲第10番) という作品に使用される予定だった。 しかし後にさまざまな事情によって、交響曲を2つ作ることを諦めて2つの交響曲のアイディアを統合し、現在のような形となった。

初演は好評だったが、その後は曲の長さが問題になり、特に第4楽章が理解不能という理由で、演奏機会に恵まれないでいた。 実際にベートーヴェンも初演の後、第4楽章を器楽だけによる形に書き改める事を計画していた。 作曲者の死後しばらくの間は、未完の交響曲のような扱いとして、第4楽章を除いて1〜3楽章までしか演奏されない事もあった。 現在のような大衆的な人気が出たのは、ワーグナーによるこの曲のロマン派的な解釈の後である。

以上
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