読書日記と読書ノート 第三部(2013年6月~2015年6月) 吉野三郎

退職してから読書中心の生活をしています。読んだ本の感想を日記に記し、要点をノートに書いています。その紹介です。

122、戸坂潤「世界の一環としての日本 2」(市立図書館から)

2017-03-08 06:44:25 | 読書記録

(1)日記から

2014517()

戸坂潤「世界の一環としての日本 2」の諸時評を読んだ。1936~37年。近衛の空人気が結局取り返しのつかない事態を招いた。国内対立を超克せんとして、日本を盟主とする東亜の平和のため、日本に抵抗するシナを武力攻撃する。平和の名で戦いを正当化する。安倍の軍事力の海外展開による平和、と同一の論理。

 (2)ノートから

①「思想善導」なる統制は、何か善い思想なるものへ導こうとするものである。善人に育てようなどという教育方針は今日では時代遅れで、実際的効果はない。もっとも実質的な教育の過程はそれぞれの性能や性格を誘導することにあるというのが近代的な人間嚮導の原則であるが、この近代的な教育では人間を何か積極的なタイプへ近づけようとは考えない。陶冶とは強制することではなく、育成することを意味する。

②一体に、善とか悪とかいう言葉はそれ自身の内容からいえばまったく無意味のものだ。

③日本型ファシズム…半官的文化動員・思想動員。

④「挙国一致」は国民に生活安定感を与えることが一応できる。それにもかかわらず、いやそうであるがゆえに、この国民生活安定感は観念的な安定感である。現実の実際の国民生活の安定の代わりに、国民は生活の観念的な安定感を与えられる。

⑤日本的文化とは徳川時代に確立した教学である。教学という文化イデーは、文化とはそもそも倫理的・道徳的・宗教的なものでなくてはならない、というもの。これはそのまま権威的政治のイデーである。教学は科学や技術(資本主義的文化イデー)とは対立する。

⑥大衆的基盤を持たないのが日本のファショ政党の根本的弱点。ファシズム活動は、官僚的国家権力そのものを通して上からしか作用しない。

・経済的依存主義⇔統制経済を歓迎。

・政治的事大主義⇔官尊民卑、政治の強権化。

⑦東洋永遠の平和のためには、東洋の一時的な戦争や事変はやむを得ない。かくて支那事変は日本の対外的な永遠平和主義の現れである。

⑧東洋の平和は日本を中心として、日本を主体として、日本の側から生まれたものでない限りありえない。

解説より

「内閣審議会」というような性格のものを議会政党や政党政治の制限として機能させる現代にも続く政治手法は、ファシズム(革新官僚の台頭期)に案出された。

 (了)

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 121、「13歳からの道徳教科書... | トップ | 123、ケルゼン「法と国家」(... »

コメントを投稿

読書記録」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。