読書日記と読書ノート 第三部(2013年6月~2015年6月) 吉野三郎

退職してから読書中心の生活をしています。読んだ本の感想を日記に記し、要点をノートに書いています。その紹介です。

142、宮島喬「多文化であること」(岩波)

2017-04-19 06:09:40 | 読書日記

日記から

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「多文化であること」をやっと60ページ。総務省も自治体も、異文化共生、多文化共生を看板に掲げるが、その実はブラジル人等への日本語教育。つまり、同化政策。母語を生かし、母語で生活できるような支援ではない、と批判する。ほんとに共生を考えるなら、支援する側の公務員や教員に、ブラジル人を登用すべきだ。もちろん公民権の付与も。文化の多様性を認めるべきだというけれど、実際の施策となると難しいようだ。

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「多文化であること」を100ページ。異文化の承認というけれど、実情は様々で、単純な施策は通用しないようだ。西欧は移民労働者の受け入れが長い。第一世代では母語の保護に力を入れても、第二世代ではほとんど母語を忘れ、むしろホスト国の言語と文化取得の必要性が高まる。承認と交流とは違うということも分かった。移民者が集団を作って居住しゲットー化する一方、マジョリティは無関心か無関係。承認とは別に、社会的・経済的な差別がある。ホスト国の経済が不調になると、まず矛先が移民労働者に向けられる。浜松のブラジル人労働者がその典型例。人とモノの交流・移動は不可避だが、文化や意識の壁は簡単にはなくならない。

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「多文化であること」を読了。市民社会は国籍で人を分断しない。また、人種や性や子供など、個人の属性にかかわることで差別することを許さない。各人がそれぞれの属性を生かしながら、共存する社会を目指す。理念としてはわかる。が、自分には切実なリアリティを持って考えることができない。机上の、本の上での問題にとどまる。

 

(了)

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