読書日記と読書ノート 第三部(2013年6月~2015年6月) 吉野三郎

退職してから読書中心の生活をしています。読んだ本の感想を日記に記し、要点をノートに書いています。その紹介です。

189、鈴木真奈美「日本はなぜ原発を輸出するのか」(平凡社新書)―前半-(1/2)

2017-07-12 06:40:52 | 読書記録

(1)日記から

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「日本はなぜ原発を輸出するのか」を100ページ余り読んだ。3.11以降、原発の新規立地が困難になったため、海外輸出に活路を見出そうとしたのか、と思っていたがそうではなかった。すでに2005年の「~大綱」から、官民挙げて中国、東南アジアへの売り込み戦略が始まったのだそうだ。1980年代始めまでで原発の国内発注は止まった。新規立地の困難と、原発の初期投資額の巨大さがネックとなった。電力会社は電力自由化による価格競争に耐えるには、新規ではなく既存原発の寿命の延長(40年→60年)を選択せざるを得ない。そうすると、東芝、日立、三菱重工業のメーカー三社は供給先を失う。廃炉の埋め合わせとなる新原発(次世代軽水炉)の発注は2030年ごろ。それまでの間の供給先に選ばれたのが海外輸出というわけだ。もし輸出できなければ、メーカーは2030年まで新技術の開発や現在の維持・管理技術を継続できない。こうして海外輸出が、重電メーカーにとって、そして原発技術と云うより核燃技術の開発を進めたい政府・経産省にとって、国策となった。なりふり構わない売込みが図られている。開発途上国、ベトナムやトルコや、中国が導入するには巨額の資金が必要だ。その資金を日本の国際協力銀行(かつての輸出入銀行)が融資する。保険も日本側が持つ。燃料の供給から廃棄物処理まで、日本が請け負う。まさに、国策として官民一体で進められている。フクシマは、この戦略においては、事故があったのでその対策を取った世界最高の安全技術を保障する事例に利用される。ブラックユーモアだ。強欲資本主義とはこのようなケースをいうのだろう。なぜ、核から撤退できないのか。ヒロシマ、ナガサキ、フクシマのトラウマがかえって、核に固執させるのだろうか。

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午前中に「日本はなぜ原発を輸出するのか」を読了。教えられるところ大だった。

 

(つづく)

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