読書日記と読書ノート 第三部(2013年6月~2015年6月) 吉野三郎

退職してから読書中心の生活をしています。読んだ本の感想を日記に記し、要点をノートに書いています。その紹介です。

132、レオ・シュトラウス「自然権と歴史」(ちくま学芸文庫)

2017-04-06 05:42:21 | 読書日記

日記から

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シュトラウスの「自然権と歴史」をやっと40頁ほど読んだ。M.ウエーバーの価値自由の立場を批判する。事実と当為の峻別、究極的価値の選択について理性的判断による決定は不可能であること、などを。自分の選好で事実を歪めたり、希望的観測であるのに事実であるかのように粉飾するのは許されない。が、歴史的史実は科学的事実とは違うので、どうしても評価が入るのは避けられない。その意味で価値自由はありえない。とはいえ、究極的価値をめぐる唯一の正しい選択があるわけではないだろう。自然権とどうつながるのだろう。

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「自然権と歴史」を我慢しながら60頁読んだ。古代ギリシアの哲学者を引いて、神的なものと自然本性的なもののとらえ方と区別を説明する。よくわからない。専制君主の強制でさえ、人間を自然本性から見てまともな人間にしているのなら正しいことだという。この論理なら僭主も植民地支配も擁護される。ミルは断じて認めないだろう。

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「自然権と歴史」を40ページ。ホッブスに始まる近代自然権の論述に入った。相変わらず理解不能。何でこんなにわかりにくいのか。俺の頭が悪いせいか。ホッブスが、人間の義務をではなく、自己保存の権利を社会の根底においたことが、近代の開始を告げるものだった。その権利を保障するための社会契約と国家形成。ここだけはなるほどと思った。

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「自然権と歴史」を我慢しながら70頁。ロック。ロックもホッブスと同じく自己保存の権利を公的社会(市民社会と表現)設立の第一の目的に置く。のみならず、自己保存のうえで私有権は欠かせない。これまでのロックの理解では、自己労働に基づく私有を自然権と認めながら、それ以上の独占を否定した。他人の生存を脅かしてはならない、と。ところが、シュトラウスによると、ロックが否定したのは浪費することであって、蓄えること自体は否定していない。貨幣の発明で無限の蓄積が可能となった。蓄積のために勤勉に働くことが、結果として社会全体の富が増す。ロックはこう主張した、という。そうだろうか。これではスミスと同じだ。ロックは個人の私有権を無制限に許容していないはずだ。

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「自然権と歴史」をようやく読了した。とにかく難しかった。最終章のバークの保守主義の説明だけは何とかついていけた。自然権と自然的正、国家形成後の市民社会と実定的権利、イスラムや中国の正義の観念などを、分節して-定義して-説明してくれればもう少しわかりやすかった。あきらめずに、よく最後まで読み通した。

(了)

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