読書日記と読書ノート 第三部(2013年6月~2015年6月) 吉野三郎

退職してから読書中心の生活をしています。読んだ本の感想を日記に記し、要点をノートに書いています。その紹介です。

116、丸山眞男講義録 第一冊(1948年)-その1-(1/5)

2017-02-22 05:58:18 | 読書記録

(1)日記から

201453()

丸山講義録を50頁読んだ。この時の日本の課題を、封建制の払拭=近代化と、近代ブルジョワ社会の止揚=現代化、の二重性においている。時代を感じた。古代氏族社会が解体した後、ローマでは奴隷制に移行したが、日本では同族的結合関係が残った。社会の基底は同族的結合だった。武士の主従関係も契約関係というより、氏族的な家の子・郎党的な関係が優越した。このことが古代氏族姓の首長である天皇の権威が続いた理由である、という。そうだろうか。近世・徳川封建制も村落共同体と家長制が存在した。しかし、このことを天皇制と結びつけるのは無理だろう。家康が天皇と天皇家を存置したのは、伝統的身分秩序の外皮を利用して軍事的支配を補強したものだ。天皇についてはともかく、思想史の方法、思想と社会の相関、歴史のとらえ方、の全てにおいて、ヘーゲルとマルクスの影響が読み取れた。

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講義録を120頁ほど読む。朱子学では、宇宙・自然・人間界を貫く究極の原理としての理があり、この理が現象し気となってさまざまな現実の姿を取る。気の混濁を浄め、本然の性に帰ることが道の完成であり、政治・倫理・道徳を一貫する人間の理想とされる。あるべき人間の姿は、社会の姿は時代と所を越えて普遍的に妥当する。変化・発展の時間意識はなく、四季の移ろいのように循環する。仁斎と素行の頃から。このような静止的な社会観に代わって、それぞれの時代の個性的なあり様に注目する歴史主義の意識が生まれた。聖王の時代=古代中国の理想社会を相対化する意識だ。さらに徂徠においては、政治が道徳から切り離され、治者の治の術に独立する。宇宙と自然と社会に内在し普遍的に通用する自然の法は否定される。社会規範は治者が人為的に作ったものだ。この二つ、歴史的相対主義と政治の人為性が結合して、自然法的普遍理念が否定され、その時代の社会に通用している規範がそのまま肯定される。つまり歴史主義は現状肯定の保守主義となった。これに対抗する変革思想は、歴史貫通的な自然法理念-これが啓蒙主義-を打ち出し、教条的・抽象的ラジカリズムを主張する。以上が丸山が分析する日本の歴史主義の陥穽だ。歴史的相対化が現状追認、現状肯定に帰結した。これを現実的といって居直る。理念なき現状追認。今に至るまで続く思考のパターンだ。

 (つづく)

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