読書日記と読書ノート 第三部(2013年6月~2015年6月) 吉野三郎

退職してから読書中心の生活をしています。読んだ本の感想を日記に記し、要点をノートに書いています。その紹介です。

時事3-1 教育の政治的中立、教師の政治的活動の自由 (2016.8.27 記)

2016-10-10 06:44:24 | 時事
【Ⅰ】政治的中立の意味
①「不当な支配」
教育基本法16条は「教育は、不当の支配に服することなく」行われるべきことを定める。ここでいう不当な支配の主体として想定されているのは政党、政治団体、議員や首長など政治部門のアクターである。教育の政治的中立とは、政治勢力が教育行政に干渉することを排除するために要請された原則だ。ここでいう中立とは、教育行政は政治から独立して行われなければならない、という意味である。教育公務員である教師も行政の一端を担うので、党派的教育は禁止される。

②政治の介入を排除する論理
しかし、議院内閣制をとる日本の政治システムにあって、議会の多数党が政府を組織し、目指す教育理念や価値を官僚組織を通して実現しようとすることは避けられないのではないか。荻弁護士は言う、「時の与党なり、内閣なり、絶対、一定の政治的信条と言うものを持っている。一定の政治的信条を持たずに存在することはできない、というのが国家権力で、ことの性質上しょうがない」。事実、政権与党は教科書統制や道徳の教科化など、露骨に教育に介入している。
このような政権与党が官僚組織を通して教育に介入するルートを遮断する論理として主張されたのが、教育を第四権に位置づけようとする国民の教育権論だった。そこでは、教育行政はもっぱら教育条件の整備にかかわり、教育内容に関与してはならない、と主張された。

③最高裁判決(昭和51年5月21日)と憲法基準論
しかし、最高裁はこの論を退け、国すなわち当時の文部省が一定の範囲で教育内容に介入する権利があると判決した(旭川学テ判決)。では、国は自由に教育に介入できるか。歯止めはないのか。O弁護士は、介入の限界・基準線は憲法によって決められる、と説く。「教育の現場における『政治的中立性』とは何であるか、というと『憲法に沿った教育をしてください』。これだけが中立なはずです。政治的というのがいっぱいある中で、何が中立であるかを決めるのは憲法です。」

④教育の自由の限界
この説明はそれとしては理解できる。しかし、憲法の解釈はさまざまに異なる。例えば、集団的自衛権を法制化することは憲法に反するのか、反しないのか。自民党はHPで、憲法に反すると教える教師は政治的中立に反するので密告しろ、と煽っている。つまり、憲法が基準だといっても、解釈が異なるような問題について憲法は具体的な基準にはならない。
私は、教師にとっての政治的中立の問題は以上のような政治と行政の分離という観点からではなく、子どもの学習権を基準として教師の教育の自由の限界を画するアプローチを取るべきだと、と考えている。別の論考から引用する(一部の語句を変更)。

教師の教育の自を制約する原理は、「政治的中立性」や「全体の奉仕者」といったあいまいな概念ではなく、生徒の「教育を受ける権利」に求めるべきだ。その内容は二つある。
ⅰ)生徒が政治に関する知識や政治的判断力(政治的教養)を身につけるために必要な教育を要求する権利。いわば社会権としての政治教育を求める権利。
ⅱ)生徒が政治的教養を身につけるうえで、教師の一方的な政治的意見や教えを拒否できる権利。いわば自由権としての政治教育を拒む権利。
  この観点から、「学校における指導に関するQ&A」(p85~)を検証すると、いくつか問題となる指摘がある。たとえば、Q3の答え→
「教員が、特定の見解を自分の考えとして述べることについては、避けることが必要です。」「生徒から教員の主義主張を尋ねるような質問がある場合には、慎重に対応し…」
➡このような‟自己規制”は、ⅰ)の生徒の教育を受ける権利を侵害する。教育的に見て有効な指導であるかどうかという観点から、個人的な考えを言うべきか控えるべきか、を決めるべきだ。多くの場合、教師が個人的な考えを述べることによって、生徒の政治的判断力は高まるだろう。もちろん、それを押し付けることはⅱ)の生徒の権利に反する。

⑤結論
以上をまとめると、次のようになる。第一に教育の政治的中立性は政府権力に向けた要請であって、教育行政は政治的アクターから干渉を受けず独立して行われなければならないということであり、これが教基法16条でいう「教育は不当な支配を受けることなく」ということの意味である。第二に、教師に課される教育上の政治的中立とは、子どもの学習権を基本にして、一方では子どもの学びの要求に応える政治教育を実践し、他方では子どもの政治的判断力を阻害する政治的教説の注入を禁ずること、と読み替えるべきである。

(つづく)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 52、ユルゲン・コッカ「市民... | トップ | 時事3-2 教育の政治的中立、... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。