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ROSSさんの大阪ハクナマタタ



村上春樹さんの小説1Q84の中に主人公の天吾が月を見上げる場面がありますので、ATCから見た三日月の写真と一緒に紹介しましょう。<・・・>が小説からの引用です。・・・ATCの日没

<(中略)初秋の夜空に浮かんだ月はくっきりと明るくこの季節特有の内省的な温かみを持っていた。(中略)その穏やかな自然の光は、ひとの心を癒し鎮めてくれる。澄んだ水の流れや、優しい木の葉のそよぎが、人々の心を癒し鎮めてくれるのと同じように>・文学的表現というのはこういう文章を言うのでしょうね。・・・これは日没直後の月齢1.6の月

<(中略)都市の世俗的な明かりが、いつものように星の姿をかき消していた。空はきれいに晴れていたが、いくつかのとくべつに明るい星が、ところどころに淡く散見できるだけだ。しかしそれでも月だけはくっきりと見えた>・・・ここからが月齢3.6の月となります。

<月は照明にも騒音にも汚染された空気にも苦情ひとつ言わず、律儀にそこに浮かんでいた。目をこらせば、その巨大なクレーターや谷間が作りだす、奇妙な影を認めることもできた>

<月の輝きを無心に眺めているうちに、天吾の中に古代から受け継がれてきた記憶のようなものが呼び起こされていった。人類が火や道具や言語を手に入れる前から、月は変わることなく人々の味方だった>・・・関空に着陸する飛行機が月の前を横切ります。

<それは天与の灯火として暗黒の世界をときに明るく照らし、人々の恐怖を和らげてくれた。その満ち欠けは時間の観念を人々に与えてくれた>・・・ここまで沈むと灯台と月との位置関係がはっきりしてきます。

<月のそのような無償の慈悲に対する感謝の念は、おおかたの場所から闇が放逐された現在でも、人類の遺伝子の中に強く刷り込まれているようだった。集合的な暖かい記憶として>・・・高度の下がった三日月は、オレンジ色になってきました。

<考えてみれば、こんな風に月をしげしげと眺めるのはずいぶん久しぶりのことだな、と天吾は思った。この前月を見上げたのはいつのことだったろう。都会であわただしく日々を過ごしていると、つい足もとばかり見て生きるようになる。夜空に目をやることさえ忘れてしまう>・・・オレンジ色の月と灯台

月の描写だけでこれだけの文章が書ける、ノーベル文学賞の候補となる作家は、やはりただものではありません。・・・このあと、さらに高度が下がった月は、かすんで見えなくなりました。

参考文献:1Q84 BOOK2 7月ー9月 村上春樹著



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