大阪、京都、神戸など関西の歴史と名所を再発見するブログ
ROSSさんの大阪ハクナマタタ



広州の有名な商店街上下九路の西に続く第十甫路に1880年創業という4階建ての陶陶居本店がある。



この店の看板は非常に力強くバランスの取れた良い筆跡で書かれえているが、広州出身で科挙に合格して進士となり、清朝末期の皇帝から厚い信頼を受けた政治家、康有為の書である。



康有為はこの光緒帝と図って戊戌変法というクーデターで西大后を除こうとして逆に西大后から弾劾され、香港から日本に亡命している。



康有為は皇帝の力を借りて清朝を立て直す立憲派のリーダーとして、同じ広州出身で、同じ時期に日本に亡命して来ていた革命派の孫文と対立していたという。

周囲から孫文と力を合わせて清朝を改革してはと説得されたが、科挙に合格し皇帝の側近であった康有為の自尊心は、民間人の孫文と共に計るということを許さなかったといわれている。

孫文の辛亥革命の直後には思想的対立をしていた康有為の書ということで、孫文に遠慮して陶陶居の看板は一時下ろされた時期もあったという。



又、文化大革命中にも共産党に配慮して、看板は下ろされ、東風楼という店名に変更されていたらしい。

この陶陶居は飲茶で有名であるが、飲茶が注文できる時間は昼食、夕食時を外した、朝6時15分から11時、昼は2時30分から5時、夜は9時半から11時となっている。

中国語の家庭教師の高君と最初に出かけた時には夜7時に入店したので、残念ながら飲茶はやっていなかった。

順番待ちのカードを貰い、骨董品の椅子に腰掛け二人でて20分くらい順番を待つ。

歴史のある店のせいか、内装に使われている建具は中国南方様式の凝ったデザインで、中国情緒満点であった。



案内された3階は300席くらい、奥の一部は結婚式のパーティの為に貸切で、残りのテーブルも中国人の家族連れで満席であった。

中国人は家庭で料理を作るより、こうして大勢で外食するのが大好きという民族で、どのテーブルも旺盛な食欲である。

このレベルの店で食事をすると、一人大体70元(1000円)くらいかかると値踏みしたが、広州ではそれくらい払える人が順番待ちするほど大勢いるということである。

料理はいつも使っている高級レストランに比べると予想通りワンランク落ち、日本にある中華料理店と同じくらいの味であった。


食事の後でトイレに入ると、こういう有名な店でも入り口から便器が見えるくらいにトイレは狭く、便器は少ない。

そのために女子トイレには便所の外まで行列ができている。

トイレは水洗であったが決して清潔とは言えず、勿論トイレットペーパーは置いていない。

それでも用を足すときに、なんとか鍵がかかる扉があるので良しとしなければならない。

トイレの洗面台は1台しかなく、用を足した後で手を洗うのも順番待ちという状況であった。

広東料理の有名レストランの本店でもこの程度のレベルでしかない中国のトイレだけは早急に改善する余地があると言えよう。


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