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ROSSさんの大阪ハクナマタタ



昨日に続き、花外楼の女将(徳光 孝さん)の随筆から、明治時代の中之島の夏の風景を冬の野鳥の写真と一緒に紹介しましょう。<・・・>が随筆「花のそと」からの引用・・・ジョウビタキ♀

夏の土佐堀川では<氷舟、酒舟、汁舟、果物舟、変わったところでは按摩舟、落語舟などもあり、呼び声も威勢よく縫い寄り、右往左往する賑わいは、いやが上にも夏の歓楽気分を高潮させて>・・・ジョウビタキ♀

<川の中はいつも大繁盛、夜更けになってやっと退散する風景など、今では想像も及ばぬほどでした>・・・ミコアイサ

<私のほうでも、毎晩、お客さまのために料理を載せた舟を出したのですが、みなさん、そろいの竺仙(浴衣中心の有名呉服屋)のゆかたを召されて、この川風涼しき舟の遊びを満喫されたものでした>・・・ミコアイサが魚を捕まえました

<またこれらの舟のなかには、新内(浄瑠璃)の流し舟などもありましたが、私共の客には東京の方が多かったようですから、川面を渡る夜更けのしめった(三味線の)三筋の音にのせる流し舟の哀調は、大いにみなさまの旅情をそそったものだろうと想像されます>・・・ミコアイサは魚をくわえたまま飛び立っています

<朝日ビールの宣伝でもあったのでしょうか、河心に大屋形船をもやって、大きな旗を立て、岐阜ちょうちんを灯し連ね、私の方のすぐ東手の岸から小舟でお客を無料で運んでいました(中略)>・・・カルガモ

<またある年のこと、大屋形船に土俵を築き、投げられると川に落ちるという趣向の相撲があったそうですが、なんというかその中のお相撲とりの一人が川に投げ込まれて、溺死したとかの話もありました>

<お正月の北浜風景も、また忘れられぬものの一つで、お年始めのごちそうのお支度には、娘時代には近所の娘さんたちにまじって揃いの赤たすきがけでお手伝いにあがったものでした>

<お年始めには、株屋さんのご主人やお店の方々が羽織袴で、ごあいさつ回りされる風景などにぎにぎしく、また初相場は、まことに威勢の良いものでした>・・・ミサゴ

参考文献:大阪維新秘話 花のそと 徳光 孝著



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