月のmailbox

詩或いは雑記等/小林貞秋発信。

長谷川順三著 「波濤の虹」(2016)を偶然手にして

2017-06-14 16:01:37 | エッセイ

        

 

                                                                          「あとがき」の中で氏は、「生活の中に自分を取り戻し、心の余裕が可能となり、行動できる環境が生まれたのは、定年後と言ってよい。私の場合、長らく潜在していた文学への思いが芽を吹き、早稲田文学に憧れ、社会人のためのオープンカレッジに籍を置くことから始まった。主に文学、仏教、心理学を専攻、その間、本当に充実した歳月であった。念願叶って、全単位を終了、総長から修了証を手渡された時、初めて自分の学問ができたという充実感と、達成の感動と喜びが湧いた」ということも書かれている。本書の経歴にもある早稲田大学のオープンカレッジで私自身も学んでいて、この5月31日に大隈会館で修了者の会の総会があり、テーブルでたまたま隣り合わせになったのが氏。そこで本書を出版されたことを知り、持っておられた一冊いただけることになったという訳なのである。この最初の小説出版が86歳の時ということを知れば、何とエネルギーのある人なのかとそのことに先ずは敬服せざるを得ないという心境になる。そして、こうしたあとがきの中の言葉を見ていても、達成の感動や喜びというものが良く解かり、またそうした60代以降を生きられてきたことの良さ、素晴らしさを思わされてしまう。自身は果してどうなのか、ということになる。

日本統治下の朝鮮で生まれ育った著者の20代前半までの軌跡がベースとなった作品。その10代の半ばで、終戦、そして日本の敗戦によって家族は、彼の生まれ故郷朝鮮の地を追われ、去らざるを得なかった。その朝鮮での統治下の日本人としての町の生活、5歳の時に伝染病で父親を亡くされているのだが、そこでの少年の日々のことなど興味深い。終戦の年の四月だからまだ14歳の彼は、内地に渡り海軍甲種飛行予科練習生として入校。厳しい訓練を受ける。先輩たちは特攻隊として国の為に命を捧げ、終戦。大変な思いをして母と妹のいる朝鮮に戻り、そして日本人にとっては命からがらとも言えた家族揃っての日本への引き揚げ。現代の人々が実感としては分らない当時の状況、そして日本人が通らなければならなかった道。われわれが心の中に深く留めなければならない負ったものがその時代にある筈。それがどのように未来に生かされるのか、本書を通しても考えさせられる。

2016年10月31日 田畑書店発行

 

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