前記事で、発行したばかりの詩誌に触れたのだけれども、思いついて過去にも一度出していたことのある冊子を、取り出してみた。「様相」という誌名で、1975年の1月28日の第一号から、1978年の7月10日発行の第五号まで出している。ガリ版刷り。インクやローラー、ヤスリや鉄筆などは別として、他の刷り台などは自家製。確かに原紙(ロウをひいた紙)に鉄筆で書く作業なども手のかかることではあったけれども、結構たのしんでやっていたという記憶がある。
それら五号までの冊子の中に入っている詩作品はさまざまであるけれども、その前後、その後に出した詩集の中に入れたものは皆無であったように思う。それには、それなりの当時に考えたところのこともあったのだろうが、今回取り出してみてその筆跡に当時の感覚などを思いながら、きっちりとした書体でこのブログ上、「様相」の中の作品をいくつか、再掲してみたくなってきた。
檻
頭の形を描こうとすると凡庸な言い回ししか出来なくなるようなので、内部と外界を見境なく
均して、形にこだわるデクノボーを火炙りにしてしまった。全く良くない仕打ちだ。罪を人のせ
いにしてしまおうとする。
なにもかもあとのまつりだ、と言ってしまえば、危険な相棒を抱えたまま、あてどもなくこの
土地のあちらこちらを行ったり来たりしている者の愚かさ加減。それを救う使者を設定してみた
りする。
なかなか頭や本体にまで手が回らないと、土地の貧相さを発けないままに、時代遅れの橋を滑
っている。そこで滑りついでに時代は消してしまうことにしようと、退屈を追放するために甘っ
たるい笑いを引き込もうと、見え透いてはいるが目先を変えて、集中的に本体を叩き壊してしま
おうとする。
その頃には、衣を脱ぎ捨てた景色が異様な色気をふりまいて、地上の至る所に錯乱した巨石を
落下させることになる。細胞分裂などという生易しいものではない。強震の渦の中で、平衡もな
にもあったものではない。
微震が極度に増幅されて、沼の水を干上がらせてしまった。
それでも、歩行する人々を眺める。足のない動物をも含めて。前進と後退、あるいは膨張と分
裂、それらは明確なバネを持っており非情でサディスティックな透明生物なのだ。血を持たない
とは全く嘆かわしい。やさしい人膚を直撃するのは、気まぐればかりではなさそう。
何処も危険な破片だらけ。酔狂さにあきれながら、嬉々としておびえながら、ひとまず檻を抜
け出る。
(1977年1月作)
from 「様相」No.5 1978
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