芦都六男レーシングTV

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キャンディーズ解散向けラストソング用と思しき「つばさ」を聴いた今更感想:

2010-07-02 | Weblog

キャンディーズのベスト盤に入っている解散コンサート向けのラストソングと思しき「つばさ」を聴いていると、私はあなたと今別れて(結婚と云う)一人きりの孤独な日々に突入する、だけれど絶対に泣かない、と云う悲壮なまでの強い決意を感じさせるさびのフレーズがにわかに大宴会場での披露宴みたいなオープンで明るい、第三者の観衆にはなんてこと無く緊張感がほぐれるムードともどもエンドイントロではティンパニーが鳴り響く中、日航とも全日空ともエールフランスともつかない壮大な747ジャンボのディパーチュアと思しきクライミングシーンによって締めくくられるような、ジェット版の「あずさ2号」とも思える、一つの権力的にも強引に閉じられる大団円のエンディングを迎える:。札幌キャッツアイなる拙者いとこの三人姉妹のような話でもある訳、だが、彼女達が東京の短大で下宿していたのか札幌市内の短大に通っていたのかを失念している拙者には、上二人の姉が上京して当時拙者が過ごしていた千葉県船橋市内で精神所区大学で出国内でも稀有なるアイルランド言語学者だった父方祖母と同居の家を訪れて一泊、そして以後は二度と東京地方の少なくとも当時は小学校高学年から中学生になろうとしていた拙者芦都六男の前に姿を見せることは無くなり、北海道至上主義者の道民意識からなかなか用事も無く東京に遊びに行くこともできずに、良縁をまとめるのが親戚の中でも群を抜く母親つまり拙者の実母の姉の息のかかった見事なまでの見合い結婚により札幌市内で子供をもうけ、毎年どこか官僚的にもこなれた大人の慇懃無礼(=笑顔で大人らしい角のとれたソツの無さを内心では無感情もしくは非礼的にも繰り広げていく人間のよくある官僚的であってビジネス的なるマニュアル的所作のこと:。但し、北海道民は無感情では親戚にも笑顔を作ったりかいがいしくしたり挨拶できないと云った、人生に偽りが有ることを由としない私小説作家的なところのある「性格」なので、親しみの感情ほどのものを認められる:)により送られてくる年賀状にも一時期熱心にカラーの家族集合写真による地方らしい見栄による伯母が仕組んだ有人ロケット打ち上げ成功話としての報告とて見られていた:。そしてどこか親戚の美人姉妹にもオーバーラップするところのあるアイドルの解散イメージソングにいつもよりも少しだけ真面目にも耳を傾ければ、軽薄でミーハーでお騒がせで若さと愛嬌だけが取柄で強がりだった筈のキャンディーズの三人組にも青春があった、そして人生の旅立ちの刻がついに訪れたる、の、らしくない、意外な程に泣かせるナンバーとの思いに至ル:。



思わせぶりながら何てこと無い情景を描いたナンバーがひたすら続く昭和元禄のアイドル芸能界、は、しかしながら戦争をしらずチャッカリした都会育ちの戦後ッ娘な女達の花道でもあった、と云う訳、か:。以前に「あずさ2号」はファザコンマザコン大国での自己犠牲心的なる見合いの風潮が強く、フォーク世代の同棲で最愛だったかもしれない男との愛の日々に酔い痴れ励まされ喜ばされそして頑迷な地方在住で旧家の親の意に沿おうとしているかのようにいつしかすれ違い摩擦に疲れたる心を背負って「あずさ2号」は甲府へ向け、短大なり大学卒業ととともに、そして彼氏の元に二度と戻らない、或る意味では人生最後の旅立ちに、少なからず見合いで知り合った男と出発して行く:。チャッカリした現代ッ娘は「たぶん旧国鉄のディスカバージャパンの場代だし、恋人お乗り換えキャンペーンに違いない」と云った声を発するかもしれないし、「相手の男はたぶん年上の広告代理店もしくは商社マンとか、高額所得者だわ。学生ってお金無いから」と云ったことを云うかもしれない、が、確かに世の中の女達って場当たり的だし気が変わりやすいし今だったら彼氏のチェンジも年中無休、と云った印象が持たれたりしてしまう:。そして現代ッ娘に関して云えば、飽きっぽいので携帯電話の機種を乗り換えるように男を乗り換えるのも恒例行事、なのだが、当時は「女はクリスマスケーキ」なんぞと云われたりしながら、24才までに結婚していないと世間体が悪いなどとして、今思えばたいして好きでも無い男性と結婚してしまった、と云ったパターンは、今になって熟年離婚ブームに結びついたりしている:。そして、昔の女は、結婚までに自由恋愛の相手とセックスをしておきたい、とする考え方が強くて、仮に当時初心なまま東京の大学を卒業していった上京女子大生だったとしても、本当に好きな男性は夫以外、と云った「特有の考え方」を持とうとする傾向が見られていたし、だからと云ってそうそう簡単に本命に出会える訳でもなかったから、「処女を棄てる」ことに焦った女子大生は一部の人気遊び人の男に群がり部屋なりラブホテルなりで結ばれるための順番待ち、そして「純愛」を重視する性格の女子大生は残りの半生を世間体に捧げながらも女性と云う名のロボットとして生きようとしながらもしばしば、そう云えば、と云った風にもほのかな昔を思い出すなどしながらも過去を引き摺ることも多かったような一般論を耳にしたこととてありけり:。



しかしながら、多くの見合い主婦は過去を封印することに長けていると云った特徴も見られる:。と云うのも、戦後の封建的なる見合い話にも懐柔策が持たれるケースがわりとあって、気に入らない相手なら断っていい、などとする「自由見合い」派の親もいたからである:。「24才までには結婚しなさい、しかしながら、或る程度の好みは自分で決めていい」と云う訳、だ:。世間の親は、乱世の現在、しかも自由恋愛が主流となっている現在では、都会に近い田舎では、離婚も横行で、娘が未婚でも体裁だけの男にくれてやるくらいだったら寧ろ恥ずかしくない、とすることの多くなった風潮の中では、親のほうに依存心が強く出てしまい、ただ親の側が淋しくて心細いからと云う理由だけでとくに娘を親許に縛り付けようとするケースも少なく無い:。そして、娘にちょっかいを出そうとする男に対してはまるで恋のライバルであるかのように嫉妬深かったりするケースなんぞも:。都会の自由恋愛そして田舎の自由度の高い見合いによって、親が家柄だの子孫繁栄だのを独裁的にお膳立てプロデュースする形式による封建的な婚姻制度は、現在ではほぼ消滅している:。自由見合いの難点は「自由見合いは自由恋愛とは似て非なるイベント:」と云った一点に尽きそうだが、親の反対無くスムーズに進むし、自由見合いの機会を生かしてわりと好みの相手と知り合ったとする「あずさ2号」組もいたりするのであろうか:。 そして、其れがいかに「自由見合い」であろうと、世間の悪い遊び人なる男達と云うよりは親の世界から出ている「クリスマスケーキ説」すなわち世間体論を盾に、自由見合いと云う名の強制見合いをさせていたのは時代の趨勢、では無かったか:。そして、義務的に権威的な親によって制度化された自由見合いのどこに本当の自由があるのか、と云った議論、が、東京地方の世間では自由恋愛派がせせら笑う然として繰り返されていたような記憶すら:。



芸能界が描くシーンはたいていは歴史的なエポックメイキングなりそれなりの有名人のエピソードを描いた罪無き暗喩性だったりするものである:。そう云えば、いかにも「あずさ2号:」臭いところのある東京都吉祥寺生まれながらもあっという間の転居により長野県松本市で高校卒業いっぱいまで育った昔々の女子大生人気の遊び人イメージで売っていた軽口トレンドライターの田中康夫が長野県知事に就任していた時代には、扶桑社の週刊誌Spa!に連載されている「ペログリ日記リターンズ」に登場するジャルウェイズ勤務と思しきスッチーのW嬢は現在も田中康夫と付き合い続けている最後のSW(=但し、田中康夫は長野県知事在任中に休暇を取り海外旅行しているが、一応一人を除きすべての女達と別れた後とされる成田で誰だかベテランスチュワーデスらしき入魂の女性を連れて旅立つ光景がテレビカメラによってニュースワイド番組のクリップ映像として放映されたことありき:)とされている中、仕事があるという事もあるのだろうが、けっして「あずさ2号」で信濃路に移住した訳でもSW稼業を辞めた訳でもなかった、と云うのが現実に起こった一つの「現実のあずさ2号物語」的顛末だったりするもの、であると思しき:。


 


画面のジェットヘリは東京成田の敷地内から、何故か通常なら許可の下りない発着を行なっていた機影、を、三里塚さくらの丘にて撮影したヴィジョン:。


 


JAまた:。

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