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以下転載

 <平成20年代は浅田真央の時代だった>というツイートをしたら反響があった。ふだん我々は平成○年代という呼び方をあまりしない。そうした意識がない。けれど、浅田選手の引退を知らされ、彼女が活躍した場面が次々と甦(よみがえ)ってきて、くしくもそれは平成20年代であり、そのディケード(10年間)も(そして平成も)まもなく終わろうとしていることに気づく。偉大なアスリートというのはそういうものだ。かつて長嶋茂雄の引退に、一つの時代の終わりを感じた人も多かろう。“同時代”という近ごろ、耳にしない言葉を思い出しもする。

 2005年、15歳の浅田真央は初出場のGPファイナルで優勝するが、年齢制限で翌年のトリノ五輪に出場できず。政治は小泉政権の末期で、06年発足の第1次安倍内閣から7年連続で首相が代わった。バンクーバー五輪は19歳の時で、キム・ヨナに敗れ銀メダルに涙した。翌年、東日本大震災勃発。21歳で母の死の直後、全日本選手権で優勝を果たす。そして3年前、23歳にしてあのソチ五輪へ。

 浅田真央が活躍したこの十余年と世相の流れを重ねると、その時々の自分が何をしていたかが自然と甦ってくる。かつてのスターはそういうものだった。この29日は美空ひばりの生誕80年だが、ひばりの曲を聴くと、昭和の自分史が甦る中高年世代も多いだろう。美空ひばりの死は昭和の終わりと重なった(ひばりの没年<52歳>を既に現在の松田聖子<55歳>が超えているのも驚きだが)。

 浅田真央は今世紀最大の日本のアイドルだ。10年前、まだ“アイドル冬の時代”と呼ばれていた頃、私はそんな発言をした。現在のアイドルブームはAKB48以下、ほとんどグループだ。かつての南沙織や山口百恵のようなソロのトップアイドルはいない。彼女らはテレビがメディアの主役だった時代のスターだ。テレビで唄(うた)えば、国民全員がその顔を知った。今や紅白歌合戦で唄われる歌を誰も知らない。しかし、浅田真央を知らない日本人はいないだろう。彼女の五輪での演技を日本中が見た。トリプルアクセルを跳ぶ瞬間、この国の何千万人もの人々が同時に息を止めた。着地に成功すると、日本中が拍手して、歓声を上げた。まさに国民的アイドルだった。

 平成20年代は難しい時代だった。リーマン・ショックがあった。大震災や原発事故もあった。職を失い、故郷を失う人々も多くいた。格差社会や少子高齢化の加速も叫ばれた。この国の未来像や希望が見えない。そういう時代に浅田真央は活躍した。氷上で華麗に旋回して、飛翔(ひしょう)し続けた。みんなが「真央ちゃん」と呼んだ。真央ちゃんが現れると場がパッと明るくなった。その笑顔に癒され、誰もが元気になった。まさにアイドル(=偶像)だった。

 最大の舞台はソチ五輪だ。4年前の惜敗のリベンジで日本中が金メダルを期待した。が、ショートプログラムでまさかの16位!? メダルすら絶望的だ。真央ちゃんのフリーをどう見たらいいかわからない。固唾(かたず)をのんで見守った。そうしてあの生涯最高の演技! メダルに届かなかったのは悲劇ではない。浅田真央は、希望や目標を失った私たちに大きな勇気をくれた。

 思えば、メダルも五輪もスポーツさえもが人間が作り出した文化や制度にすぎない。だが、ユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『サピエンス全史』によれば、実は人類が繁栄したのは虚構を信じたからだという。神も国家も法律も貨幣も人類が作った虚構である(動物には意味がない)。

 憲法記念日に安倍首相は、2020年に憲法改正を施行したいと発言した。それは東京五輪の開催年であり、この国が大きく生まれ変わる「日本人にとって共通の目標の年だ」と言う。虚構の目標を掲げ、国民を先導することが政治家の役割かもしれない。しかし、時に偉大なアスリートは虚構の価値さえ変更する。浅田真央は、金メダルやオリンピック以上の感動を私たちにくれた。



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