遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。

 



 

安保先生は12/6 急死なさったそうです。

過去の講演会で

「ここだけの話、皆さんだけに言っちゃうんだけっども、わだす狙われてるんですわ。研究室は何度も荒らされてるし もし、突然死ぬようなことがあっだらば殺されたんだと思ってねー!」と冗談半分(本気半分)に話し会場に笑いを振りまいてらしたそうです。

 ご冥福をお祈りします。

 

医学博士安保徹の公式サイトです

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

わたしは11月 参加を途中でキャンセルし 家族や友人に頼まれ購入した10枚のチケット 払い戻してもらった.....まだ確認してないけど.....のですが 10000円の参加費のなかに1枚 チケットが含まれていて それはキャンセルできないので 全体像は予測どおりか 観にいったのでした。

 

開演間際というのに 当日券売り場に大勢 ひとが並んでいました。

よい場面も多々ありました。

思ったとおり ロミオ ティボルト マキューシオの決闘場面と それにつづく 群集シーンはよかった。

生きるものの歌 の シーンは感動的だった。

(実際 この歌だけが 戯曲ロミオとジュリエットと 日本の高齢者をむすんでいた)

最後の ボレロも 若干冗長だがよかった。白いマフラーを一斉に宙にほうり投げるシーンは思ったほど効果をあげていなかった。

 

実はこまどり姉妹がよかった。さすがに60年のプロ暦 (自虐ネタだったが)ライブのツボを心得ていらして 一気に観客をもっていった。

それからあの生意気なネクストシアターの青年たち決闘シーンが思ったよりはよかった。ロミオを演じた方はちょっと物足りない。本家ゴールドシアターは期待ハズレ。

 

悲惨だったのは バルコニーのシーン .... 名シーンが笑えないお笑い。歌も含めた花束のシーン ファッションショー .... 学芸会 お遊戯会  そこに置く意味がない。

わたしは花束と ファッションショーに出るはずだったので キャンセルしてほんとうによかった。

構成がまずかった。 現代の老人デイケア施設シーン 老人たちの夢 と シェークスピアの悲劇がつながらない。息子夫婦を心中でなくした 悔やんでも悔やみきれない という 一参加者?のモノローグだけでは....

ネクストシアターの古典的というか正統な台詞回しにたいして 参加の高齢者たちの大仰なというか うけねらいの台詞

それはほとんど笑いにつながらず 失笑がおきていた。ちゅんちゅん ちゅんちゅん ロミオたちが すずめになって飛び跳ねるところとか...... 方向違いの一所懸命.... いささか胸をうたれつつ やるせないうら寂しさを感じた。たとえ本人たちが演出とおり喜んでやっていたにせよあんなことさせちゃいけない。

全体にチグハグ 寄せ集め感が否めなかった。構成力のない脚本家・演出家も生存できるほどこの世界は甘いのか。最後のシーン 観客席もまきこんだ 爆発的なマツリになれば まだ救われたのだが。

1000人以上の出演者というギネス記録だけがさきまわりして なぜ高齢者なのか なぜシェークスピアのロミオとジュリエットなのかという必然性がなおざりにされてしまった。

前代未聞の状況下で 関係各位はさぞたいへんだったと思うが 若手の演劇関係者は 謙虚というものを身につけてほしい。運営がしだいにいいかげんになり 受付も演出補佐も 礼を失した言動があったことは否めない。ついぞ陥りやすいのが演劇をしているオレは ワタシは特別だ という選民意識である。そこに堕してしまったら 役者としてはアウトだと思う。演劇の本質を見失っているからだ。

 

 

わたしはノゾエさんが 年配の参加者に滑稽な大仰な演技指導をしたのは間違いだと思う。なかにはきちんと台詞を言われた方もいて そのことばは胸を打ったのだから。だが つぎのひとがわざとらしい台詞回しをするとそこでジエンド。あの方たちは きちんと教えれば ふつうにきちんと台詞が言えたと思う。

素人の高齢の参加者をこんなものだと見下してはいなかったか。そして観客を見くびってはいなかったか。もし この試みに今後があるとしたら 今回のことを踏まえて よりよいものにしていただきたいと切に願う。

1万人のゴールドシアターは 高齢者 ネクストシアター ゴールドシアター 参加した方々のためのものであって 高齢者にとっては半年間の生きがい 関係者には幾分かの実入りにはなっただろうが観客に見せる 3000円のチケット代をとる内容ではなかった。

 七色の町(この歌手はいったいダレ ) ドレミは効を奏していなかったが 歌 音楽 というものにどれほどのちからがあるか見せつけられた。生きるもののうたとボレロがなかったらこの試みは成り立ちもしなかった。その意味で慧眼というべきか。そして 唯一芝居らしかった決闘のあとの群集シーン・呼びかけ これをもっと生かせばよかったのに.....そのふたつは勉強になった。

 参加者のみなさまへ

ずけずけと書いてごめんなさい。わたしはウソがつけないのです。今後 芝居を続けたい方もおられるだろうが 観客の心に迫るリアルな台詞にするのは苦労なさることでしょう。でも あきらめないで 芝居にチャレンジしてください。芝居とは生きることを学ぶことです。ですから 役者でひとをたいせつにできないひとは本物ではありません。人生 死ぬまで 学びです。俳優 わざおぎとは 役者とは このことばは深い意味を持っています。差し出がましいことを申しました。どうか真摯に芝居にむきあってください。本来 芝居は ちいさな小屋のものです。 観客と役者の息遣いを感じる場所で その醍醐味をあじわってください。みなさまのご健勝とゆくてのさいわいをお祈り申し上げます。自分のためだけでなく 日本をすこしでもよい状態にして 次の世代に託す 現役引退の如何に関わらず わたしたちは その責務を負っている わたしはそう信じています。ありがとうございました。

 .....

劇団昴 のある方が あきらめない オレたちは 芝居で 戦う 芝居でこの国をかえるんだ とおっしゃったことを ふと 思い出しました。

 



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




 

今日もマスメディアが正義ツラして話している

歌の安売りするのやめてくれ 日本から歌が消えていく  日本から言葉が消えてゆく

俺達の東北、仙台、俺達の九州、熊本、そして福島…オリンピックもいいんだけどよぉ、

若者の貧困どうする 地域の過疎化どうする 

騙されねえぜマスコミ 騙されねえぜヒットチャート 

今日もどこかで戦争で 澄んだ目の少女が殺されてる

ウ・タ・ヨ・ノ・コ・レ ウ・タ・ヨ・ノ・コ・レ 

.......

 

ほんとうに 安い歌が多かった。

歌といえるのは 絢香 大黒マキ 鬼束ちひろ 薬師丸ひろ子 このひとたちの歌は胸に響いた。

秦くんもサエなかったし

juju とか 嵐とか  V6とか もろもろ なんなんだ....

と思っていたので ガツン ときました。

 

メディアに魂を売った 司会者や 歌手たちが 鳩が豆鉄砲 みたいなお顔なさっていて溜飲が下がった。

 

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

感覚 というのは だれでも 持っている。六番目の感覚も 持っているはずだ。

 

先日 わたしは 夜 友人の家をおとずれた。

およそ 2時間 ....ほんとうは 1時間のつもりだった。

だが なぜか 腰が立たなかった。

数回 ラップ音を聴いた。ピシッ バシッ かなりおおきな音だった。

そこに なにかが いた。友人はなにも気づかないようすだった。

 

ようやく よろよろ たちあがって 家に帰ったが 頭痛が襲ってきた。

激しい頭痛... わたしは 憑いてきたなにかを はずす ノリを唱えた。

 

ここで気持ちがわるくなった。これ以上は書けない。

わたしに求めないで わたしは その任ではない。あなたが 気づかせてあげて。

 

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=313040&g=131207

 

ひき肉も買わないで 自分で叩いたほうがいいようです。

SFのように 貧乏人は 人造肉やタブレットしか 食べられなくなりそうです。

すでにそうなってるかもしれませんね。

野菜が高いからと 野菜ジュース..というもの で 代用しないほうがいいですよ。

食べ物は 即 細胞になる からだになる。

一年で 98パーセントの細胞がいれかわる。

食の質は ボディの質。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

一昨日 電話をもらって 夜会って 食事して その夜は 母の家に泊めてもらった。

たくさん 語り合った。

昨年 もはや遠い昔に思われるが わたしは北海道をたずね ひとりで車を駆って 荒れ野 北の海を見た。

そこで蝦夷のまぼろしを見た。山が呼ぶのを聴いた。なにか恐ろしいモノの呼び声も聴いた。

わたしは恐れおののきながら かろうじて立っていった。

とても 応えられないと思った。

でも それは 8月 奈良さんとのコラボ 日高見国記 アテルイ王の宝に結実したのだと

今 わかった。

北海道を旅した終わりにコタンの絵美ちゃんのアトリエに泊まった。

連れて行ってもらったオンネトウは美しかった。

 

絵美さんは 高木さんと「山笑み」のコラボのあと .....新国立の舞台に立ち 

今秋 スペイン公演に行った。

なにか おおきな ものが 絵美さんを呼んでいる。呼ぶ声に 絵美さんも こたえているのだと思う。

 

ただ それには いくつもの障がい 鍛えを 絵美さんは 乗り越えなくてはならない。

鍛えは 乗り越えられる魂にあたえられる。

 

そうわかってはいても 親子ほど 年のちがう絵美ちゃんに おとずれるであろう津波

を思うと 駅で別れのとき 涙をおさえかねた。

 

 

 

 

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

若い樋口さんには浅田真央さんを抜きたいではなくて 自分を越えたい と言ってほしいと思います。

わたしにとっては 鐘を超えるプログラムは存在しない。

地を這うような安定したジャンプを見たいのではなく

高々と飛ぶ華麗なジャンプを見たいのではなく

セクシーさを見たいのではなく

つくった 表情やドラマを見たいのではなく

音楽とひとつになった 音楽そのものの氷上の舞を見たい。

祈りのような ... 光ふるような ・・・

それが見たい。

NHK杯を 見て 不在を強く 感じました。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

1年ぶりにとある会におじゃましました。 トマト 山田清一郎さんの戦争孤児のものがたりを語りました。

その帰り 珈琲館で Aさんが 

わたしもういやなのよ コンビを組んでいるYさんて 「語っている自分が好き」 のひとなのよ。わたしは「ねぇ こんな素敵なおはなしがあるの 聴いて 聴いて」 なんだけど。

するとBさんが あら いいじゃない わたしは自分のためにだけ語ってる。

 

さてここで   なぜ 語るか 

1 語る自分が好きだから

2 素敵なお話を聞いてほしい

3 自分のために

そして ちかごろ メンバーが書いてきたこと

4 わたしの語りに耳を傾けてくるひとに語りたい

まとめてみますと

自分に向かう 

ものがたりに向かう

聴き手に向かう

 

たしかに 語りというものは己から出て 己に帰る.... 聴き手がいないと成立しない.... ものがたりがないと成立しない のです。

 

けれども わたしは 聴き手だけに語っていない気がします。見えないモノに向かって 語っている。

戦争と平和の語りであれば 無残な死を遂げた方に向かって 昔話であれば その土地の山や川の精霊に向かって 幾世代の亡くなった方々に向かって  縄文の語りであれば 名を奪われた神々 土地を追われ 駆逐されたひとびとに向かって....

ものがたりでなく ことばでなく ひびき .... 自分の体と魂を弦にした ひびき でもって つたえようとする

愛 感謝 祈り ....

いつも できるわけではないけれど。

そのために 自分を磨きたい。

 

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

時間がないので 以下をごらんくださいね。

パククネさんは 日本にとって 最悪な大統領でした。

日本におねだりして援助だのなんだの引き出すのに 国内的には 反日をあおるという

恥ずかしい手口を弄する方でした。

が いよいよ 終わりのときがちかづいたようです。

米国FTP 中国FTP 失敗 国内は惨憺たるありさまです。

韓流は 無いほうがいいですね。

http://www.mag2.com/p/news/229147



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

来客のとき 一度 買いましたが 2度と買いません。

寒いし すきまから羽がとびだして すぐ使えなくなった 値段は値段。

 

もっともニトリだけでなく

羽布団もフェザーコートも もう買わない。

クリーニングして 30年前のをつかっています。

 

羽毛をむしられる鳥さんたちがかわいそう。

とても 痛いんですよ やっと 傷口が治ったかと思うと また むしられる。

羊さんにも もうしわけないが.... ウールが一番。

良質の品物を買って ながく ながーーく 愛用品にする。

 

ウサギのファーは買わないでください。

生きたまま 皮をはぐ うさぎは鳴けないから 涙をためてる。

 

食べるためは仕方がないが おしゃれのために 動物を苦しめるのは

耐え難い。

化粧品も 動物実験をする会社のものは買わない。ちふれ セザンヌで充分です。

 

自分の後生のためにも 殺生はなるべくしないほうがよいと思います。

 

 

 

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

http://blog.sizen-kankyo.com/blog/2012/12/1246.html

温暖化が本当なら 11月に雪はへんですね。

さて どちらがおかしいのでしょう。

両方とも おかしい....のかも。

気象操作は いまや 常識です。

気象庁さん や テレビは 偏西風が蛇行したので といっています。

偏西風はHAARPで ちょいちょい ....

 

ところで 冬の偏西風といえば 世界初の大陸間横断兵器 は日本が開発したんですよ。

その名も風船爆弾 冬の偏西風にのせれば 2.3日でアメリカ大陸に到着しました。

およそ9300個ほどが飛ばされ 285個がアメリカ大陸に到着

そのうちの1個のおかげで ...というのもなんですが 原爆投下が3.4日遅れたとか....

 

アメリカという国は やな国です。国民は別ですよ。

そのうしろにいるあの国はもっとイヤ

教徒で無い人間はスベテ ゴイム 殺しても苦しめてもかまわない。

原爆もトウキョウダイクウシュウも 3.11も.....

もっと 許せないのは 日本国のなかの裏切り者 いかにも 愛国者のフリをして

国を売り 国民を売る あの方々.....

 

首相も弾劾できないものか....

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

11月11日の練習のあと 決心し 13日の補講の際 やめることを伝えました。

お稽古場の雰囲気をあと一度感じたくて 1時間 練習に参加しました。

それでも やはり この態勢と つかわれることばで もう学ぶことはないと感じました。

購入した10枚のチケット キャンセルして 静かに消えるつもりでしたが キャンセルは

むつかしいらしく スタッフの方と話し合いました。

このMさんという女性スタッフはすばらしい方でした。

話し合いがすみ 公演の成功を祈って 辞しました。

そのあと 思いかけぬことが起きて やめるべく 手を置かれたのだと感じました。

14日の小学校での 4年生 6年生 との それぞれ 1時間はすばらしい時間でした。

 

戦争で 最後まで 生き抜いたひとはどのようなひとだと思いますか?

子どもたちからかえってくることばはわたしの胸のなかでとどろきました。

 



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




 

http://www.asyura2.com/11/genpatu18/msg/325.html

 

チェルノブイリ後も 免疫系の疾患が多かったようです。

今 乾癬特集が 組まれるくらい 以前はあまり取りざたされなかった乾癬が増えているようです。

実はわたしも 2011年 震災の年の夏から 乾癬に苦しみました。

痒い ボロボロ 皮膚がはがれる

皮膚科の診察を受けたあと どうせ 原発事故によるものだろうと クスリもつげず 耐えました。

あったかくなるとひどくなるのです.... 春も終わりの頃 それまでの症状にくわえて右のかかとが分厚くなって皮膚がボロボロになっていました。

それが ふと気がつくと 症状が消えていた....

なぜなんだろう と考えて 思い当たるのは 関節療法。

これは甚先生のネーミングですが 実態は筋膜リリース 癒着した筋膜をはがすことで

リンパの流れがよくなった....それとも全体に免疫がよくなったのかもしれません。

わたしが関節療法の施術師をめざして 勉強をはじめたのは 筋膜リリースによって

姿勢がただされ 歩行が楽になり

同時に筋肉に記憶されていたトラウマが解消されたらしく 精神的な安定と 

即決断 即実行に切り替わった 目の覚めるような自身の変化によるものなのですが

肉体の内部もまた 変化しているようです。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

http://weather.goo.ne.jp/earthquake/id/20161122055958/

http://ameblo.jp/tachiren-1123/entry-12221877772.html

 

海底には ちきゅう号によって何箇所も 爆薬が仕掛けられています。

 

これからも ずっと 脅されつづけるということでしょうね。

さて なんの警告かな... アベさん なにをやらかしたのかな...

23日以降の安倍さんの行動 国会のようす から 推測できるでしょう。

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 

みなさま つかまらないようにいたしましょう。

⇒ こちら

以下抜粋

「警官の誰もがこの矛盾だらけの日常に納得してはいない。が、反則金などを徴収することで我々が国民の税金以外で賄われていることも事実だし、ぶら下がっている特定の企業や天下り法人の先輩諸氏たちが生活できなくなるので、昭和43年に改正された道路交通法に基づいた形で進められている交通反則通告制度以降は当たり前に現在も適用されているってわけ」

「罰金刑よりも小さな違反で反則金を得られるほうが我々警察側は利益が出るってわけね。利益って言い方は間違いなんだけど、対外的にそう見られてもおかしくはない。こんなこと俺が言うのもおかしいんだが、飲酒運転の取り締まりを捕まえてもその罰金は国庫に行ってしまうので我々は決して得をすることはない。そんなんだから飲酒の取り締まりは一時停止違反を待つ警官よりも取り締まりをする機会が少ないってわけね」

 飲酒運転を摘発すればその担当者は評価が上がると思いますが、国庫へ罰金が流れてしまうことで警察に利益がもたらされない……。

「ギリギリ青キップで検挙するやり方は俺ら警官の間では当たり前の実態だったりする」

「ネズミ捕りでも所轄によっては赤キップを切らないよう青キップでの速度違反で寸止め検挙を行なっている連中も実はいる。決して公にはならないんだけどね。これが知れ渡ったら堂々と30kmオーバー当たり前で走行する者が出てくることを懸念しているからなんだけども」

「ちょっと気になったんですが、1年間でドライバーが反則金で納付する額っていうのはどれぐらいなんでしょうか?」

「ザックリ言っちゃうと750億~800億円ぐらいかな。その年度によって前後するけども大体はこれぐらい。反則金だけで、大幅な速度超過や飲酒運転などの重い罰金刑は含まれてない」

「かなり莫大な納付額なんですねぇ……。ってことは、摘発件数が増えると増額、減ると減額ってことになるんですか?」

「まさにそう。結局それが努力目標へと繋がるわけだ」

「努力目標?」

「世間的に言うノルマってやつだよ」

「ああ、なるほど。その年度の目標を警察庁と総務省で定めた納付額へ達成させるべく、小さな違反を待ち構えて取り締まるってことに繋がるわけですね」

「そうだ。そのとおり。摘発件数や事故件数が増えるほど納められる額も増えていき、各自治体へ配分される特交金も潤うっていうカラクリなんだよな

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« 前ページ