|
◇◆テニスのメモ帖◇◆ |
第314号 |
平成24年1月1日 |
明けましておめでとうございます。今年は良い年でありますように・・・ 平成13年9月の創刊号から、10年を経過し300号を超えました。これも 偏に読者各位の後押しがあったからで心からお礼申しあげます。繰り返し やネタ切れを超えて頑張ります。 スポーツの世界で、遵守すべきは「ルール」と「マナー」と思っています。 両者が失われた勝利は何らの価値もありません。それだけに「テクニック」 に終始する指導は改めて欲しいです。 テニスアカデミーのニック・ボロテリ・コーチは、コーチの基本として「自分 のスタイルを大事にする」を挙げています。その上で「ミスをしても下を向い てはいけない」と言い切っています。 彼が試合で選手に臨むのは、「絶対に自分のマイナス面をみせてはいけ ない」でした。これは前述の「下を向くな」と同じです。勝負の世界で、自分 の弱点を見せるのは絶対に駄目です。 「ルールとマナー」を、自分の中に構築している選手は逆境に強いです。 それは自分を支えてくれる力を認識しているからです。メンタル面は自分の 努力で為し得るものです。 オフシーズンを利用して、それらに接するのは自分の将来を無駄にはしま せん。流行の速読法ではなく、「意自ずから通ず」と言うようにじっくりと向き 合って頂きプラスにして欲しいです。 下記に、安岡正篤氏の著書から新しい人間像を創造して下さい。 |
||
| <六然訓(りくぜんくん)> | ||
「安岡正篤集」より、明の崔後渠(さいこうきょ)の六然訓を紹介します。そ の内容は、理解出来ても実践しにくいものです、しかし、時として思い出した り口にすると少し気が楽になります。 自処超然 (じしょちょうぜん) 自分自身に関しては、一向にものに囚われず、恬淡(てんたん)としてい る。人はよく見ているもので、モノに執着している人は、人が離れていく。 人処藹然 (じんしょあいぜん) 藹然とは、草木が盛んにさまをいうので、處人藹然とは、人に接するとき は、相手の気持ちが和らぎ、穏やかになるよう心がける。 有事斬然 (ゆうじざんぜん) いったん事がおきれば、グズグズしないで、束ねたものをマサカリで切る ように一気呵成にやる。 無事澄然 (ぶじちょうぜん) 事がない場合は、静かな湖面のように澄み切っている。私利私欲がない から心が澄んでいる。澄んでいるから融通無礙に動くことができる。 得意澹然 (とくいたんぜん) 澹というのは、水がゆったりと揺れ動くさまをいう。従って、得意絶頂の時 こそ、逆に静かであっさりとしていることが緊要だ。そうすると足をすくわれ ることがない。 失意泰然 (しついたいぜん) 失意の時にはうろたえ、呆然となるのが人間の常だが、だからこそ逆に 泰然と構え、大所高所から眺めてみる。するとそれまでは見えていなかっ たことに気づき、死地を脱することができる。そこで意気消沈したらおしまい この中で、最初に知ったのは得意澹然・失意泰然でした。会社合併に伴 う転社が続き、自分なりに苦しんでいた頃でした。当時の手帳の見開きに 大きな書体で記載しています。 当時の状況では、苦中での人生訓だったと思います。テニスのコーチを始 めて「六然」はその歩みを支えてくれました。だからと言って、加齢しても 充分に理解している訳ではないです。 これら先達の言葉は、自分の中だけで構築されるものではなく、プロと言 われる人たちの何気ない言葉から憶測されるのです。日常の中で繰り返す から良いのかも知れません。 しかし、「こうしなさい」「こうなんだよ」と言い伝えれば分かってくれるもの ではないのです。相手の気持ちを推し量り、その人となりを通じて分かり合 えるものだと思われます。 澹然・泰然の底にあるものは、安岡正篤氏の著書からの受け売りです。 当時、この言葉に触れてメンタル面から縋るような気持ちで著書を読み漁 りました。 どのような場面でも、周囲の変化に自分を失ってはいけないと考えていま した。スポーツにおける集中力は何よりも大切なものです。それは周囲に 迷わされてはならないものです。 箴言を耳にして、集中力の継続的な維持にチャレンジしますが これには 困難を感じるのです。その時は更に自分の未熟さを感じざるを得ないので す。絶え間のない試練なのです。 一時的には、その言葉の重みに自分を失うこともありましたが、まだ本来 的な修羅場を潜った経験がないので、それを選手に手に取るように教える 難しさを感じています。 「得意」はエースショットを決めたとき、「失意」はそれが決まらなかったと き、この両者間は僅かな違いですが、その格差はどう表現すれば良いか分 からないほど大きいものです。 結局は、その場で対処しなければ自分で解決したことにはなりません。自 分で解決するから、得意が自己自慢にならないし、失意が自信喪失になら ないのではないと思っています。 レベルアップに、注力しながら苦労しているでしょうが、言いたいのは究極 的には自己練磨しかないのです。それは、自然に身に付くものと思います。 付け刃は脆いものだと伝えたいのです。 本当に、自分のものにしたいなら読書です。その解釈は、人によって多種 です。その中から真髄をピックアップするのは至難です。しかし、何かを見 付けた喜びは古い自分からの脱皮です。 私なりの脱皮に寄与してくれたのは、大学時代に読んだ「リップス著 倫 理学の根本問題」でした。最初は徹夜で読破し、それから赤ペンでの書き 込み3冊を駄目にしました。 いまは、残念ながら岩波文庫で絶版となっています。先日上京した折、神 田の古本街でこれを求めて散策しました。しかし、結局は1冊もありません でした。 |
||
| <限界への挑戦> | ||
| このメモ帖でも再三申しあげていますが、テニスの基礎を総括的な見地で 述べるのは苦手です。私の基本は、自分のスタイルを重視するのです。そ こから新しい自分を発見させるのです。 長い間、後輩や近辺の女子高・女子大のテニス部コーチをしていますが、 同じフォームをしている選手は殆どいません。それぞれ自分のスタイルを遵 守しているのです。 コーチとして面白いのは、この自由で自然なスタイルです。課題が選手の 数だけあるのです。これはとても愉快で面白いものです。そこから誰が抜き んでてくるのか興味は底知れないでです。 このために全員を集めて行うコーチは楽ではあっても苦手なのです。一 人一人が独特であるだけに全体コーチはあり得ないのです。それぞれ可能 性は高いのです。 その可能性を引き出すのがコーチの役目です。それ以外の何物もないで す。それを分け隔てなくアドバイスをしなければならないのです。これほど 楽しいものはないです。 自分の実力をアップさせるには、自分の限界を知りそれにチャレンジする のです。それを超えれば新たな目標が生まれてきます。この繰り返される 限界への挑戦が大事なのです。 自分の限界をどう把握すれば良いのか。これは現状把握にあると思われ ます。それが現状維持であれば限界は見出せなく、現状打破こそが自分 のレベルアップをサポートしてくれるのです。 例えば、サービスの場合現役時代からダブルフォルトを殆ど経験してませ ん。サービスは入るのが当然と言うほど練習したものです。いまでも後輩に は言っています。一人で練習できるんだと だから、絶対的な自信がありました。後はこのサービスを如何に強力とす るかです。体格的な問題で確実性の追求に終始しましたが、後はコース設 定を如何に勝利へ結びつけるかでした。 自信を持つと、不思議なほどスイングに無駄な力が入りません。そうなる と確実性を強化するには「トス」の正確さとなります。スピン・スライス。フラッ トのトスはすべて異なります。 サービスはトスで決まるのです。後はトスの位置にあったスイングでボー ルの能力が出るのです。1stサービスは基本的に左右ともセンター狙いが 主体となります。 2ndサービスは、フォアサイドはスライスでサイドラインを狙い、バックサイ ドでは、スピンで同じようにサイドラインを狙います。左右へ散らすのです。 勿論レシーバーは右利きとします。 相手のレシーブが強い場合は、左右ともボディを狙います。それも得意な ショットを打たれないように、身体の回転がうまく効かないバックハンド側 打ち込みます。 |
||
| <落合元中日監督の回想の言葉から> | ||
□ 答えがある時は断定はしない □ ヒントは与えるが、指示はしない □ 大切なのは、考える力 □ 自ら課題を見つけチャレンジする □ 自問自答の大切さ □ 慣れはマンネリに通じる □ プロは結果 □ 課題をクリアすることで、引出を多く持つ |
||
| ◇◆<お知らせ>◇◆ <まぐまぐ> http://www.mag2.com/m/0000076260.htm <メルマ> http://www.melma.com/cat/00000316/ <ブログ> http://blog.goo.ne.jp/loveall_2010 ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ) ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp |
||
トラックバック
- この記事のトラックバック Ping-URL
- 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
- このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
- ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。









