みんなすてなんじょにがするべ!

今なすべきは意見を持ち発言すること。どうも心配な雲行きのこの国、言うべきことを静かにしっかりと言い続けたい。。

ベトナム・ミーソン遺跡で「安倍改憲」を思った  その2

2017年10月05日 | 憲法守るべし
からしだねさん、コメントありがとうございます。
ブログを書くとなるとかなりの時間を要しますし、それに応じて目が疲れるのでずっと休んでおりましたが、とてもと言うほどではないが元気でした。
岩手の野党共闘は、民進党の裏切りの張本人の一人がいるので壊れましたが、野党と市民の共闘を再構築する動きも始まりました。ただ、中身は参院選当時のようにすっきりした形の共闘ではなく複雑のようです。それも時間とともにすっきりした形ができるにちがいないと思っています。


ミーソン遺跡です。煉瓦の建物とそれへの彫刻、石への彫刻で構成されるチャンパ王国時代の遺構です。7~13世紀のヒンドゥー教の聖域だったところです。今は世界遺産に登録され保護されていますが、ベトナム戦争中は米軍の空爆によって大半が破壊されたということです。遺跡の内部には銃撃の跡があり、不発弾が置かれていました。米軍の枯葉剤によって周辺のジャングルは消滅し、今も植林によって回復する作業が続いているそうです。


ベトナム戦争には、アメリカに従って韓国軍が参戦した。その韓国軍について、「サイゴンは解放された」(木谷八士、1975年「新日本出版社」)に、ベトナム労働党(当時)ホイアン市委員会の幹部の言葉としてこう記されている。
「ホイアンからダナンにかけて韓国からきた青竜師団、白虎師団などの連中が実に残虐きわまることをしました。このホイアンには歴史上たくさんの外国人がきましたが、、米軍と韓国軍こそホイアン市民にとって、ともに天をいただかない敵でした」
B52は沖縄からベトナム空爆に出撃した。しかし、自衛隊はベトナム戦争に出ていかなかった。憲法9条と国民のたたかいが許さなかったのだ。自衛隊が参戦していたら、「ともに天をいただかない敵」としてベトナムの人々の憎しみをかったかもしれない。     (つづく)

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1 コメント

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9条は日本の宝 (からしだね)
2017-10-06 08:31:08
ブログ主様、私へのメッセージありがとうございます。確かに、段々年を取って来ますと「目の疲れ」はいかんともしがたいものがありますね。私はドライアイ用の目薬を使っていますが、ブログ主様もどうかお体は大切になさって下さい。

ベトナムと言うと、私の場合どうしても「ベトナム戦争」が最初に連想されてしまうのですが、今回の記事で教えて頂いたように、長い歴史と文化を持つ国なのですね。昨年のイラン旅行記も勉強になりましたが、今回も色々なことを教えていただけそうで楽しみです。

ところで澤田教一さんの写真展に行ったときに知ったのですが、ベトナム戦争はアメリカ側があらゆる国のジャーナリストを国籍に関係なく受け入れ(?社会主義国は無理だったでしょうが)、何の検閲も行わずに報道することを許した唯一の戦争だったそうです。そのおかげで世界中の人がベトナム戦争の現実を知ることが出来たのですね。

今回の記事でブログ主様は「B52は沖縄からベトナム空爆に出撃した。しかし、自衛隊はベトナム戦争に出ていかなかった。憲法9条と国民のたたかいが許さなかったのだ。」と書かれていますが、このことは本当に大切ですね。

今回の選挙で最も問われていることだと思います。

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