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あれやこれや書いたので、長いぞよ(再掲載)

2016年11月28日 | 代理の裏話

前記事から抜粋してきた。

******

真空管アンプできいたら、なんともなくて

トラアンプできいたら、歪みがでたので

6LTD

が、おかしいと考えたのではないか?ということ。

 

だが、この可能性を消去して考えていたのは

このブログで、幾度となく

真空管アンプは

「音をごまかしてしまう」ということを書いており

あるSPの低域も響きもないのを

真空管アンプでは気が付けないという怖さを指摘し

真空管アンプの造られた音に牛耳られてしまって

SPの性能がぼろい(失礼)ということが判らなくなる。

**********

こういうことがあったのち

A氏のSPの中高音がくっついてしまっていることについて

I氏が何とかしてあげようということで

真空管アンプの制作指導を行い

A氏のSPはきちんと音が出るようになったらしい。

 

これに対し、I氏は真空管アンプがSPをドライブするのだ。

と、いう見解をもっていた。

だが、代理は申し訳ないが

トラアンプで中高音がくっついてしまっていると判る以上、

SPの本来の性能は申し訳ないが出ていない。

その根拠として挙げられるのは

38cmウーハーが二つだったかな、

それに対してボックス容量は200あるか、なしではないだろうか?

38cmウーハーに対して300リットルは必要ということを考えれば

2つなら、600リットルは必要になる。

どう頑張っても、無理なのだから、

中高音がくっついているのが正常ということになる。

 

それが、真空管アンプで聴くと音が出る。

A氏は喜んだろうし

I氏は真空管アンプがドライブするんだと考えるのも無理がない。

 

だが、

スレッショルド・ステーシス2を聴いたことを考えると

真空管アンプではあれだけの重量級の低域や空気振動はおきない。

つまり?

もっといえば、

真空管アンプはわずかな帯域をビブラートさせることで音を出しているため

本当の低域やら、空気振動は起きていない。

で、あるのだけど

そのビブラートがきれいすぎて

本当の音でないということを見えなくさせる。

 

そして、SPの性能が判らなくさせるようなきれいな音をだしていて、

これが、耳のために良いのだろうか?という思いがあった。

たとえば、当方のトラアンプで聴くと

響きは無い、低域は出てない、生っぽさにほど遠い作り物の音に

高鳴り気味でくっきりしているため、迫力があるように聞こえるが

本当の低域は振動になる。

このあたりの話はどこかで書いた。

皮膚感覚というか、皮膚にも耳があるというか。

耳が聞こえない(しゃべれない・見えない)ヘレン・ケラーがダンスを踊るという。

それは、結局、振動を掴み取るからといえる。

 

それが、あたら、ちゃんと聞こえるため

健常者の耳は微細な空気振動を読み取れない。

そして、耳に心地よい音によって

完璧な音だと思い込んでしまう。

 

位相がずれると音が良くなるというのは

例えて言えば、カラオケのエコーのようなもので

このエコーが効いた歌声を本物で完璧だとは言いはすまい。

 

本当に声量のある歌手ならそれこそマイクも使わず、ホールに響く声をだし

エコーなど、かけない。

 

非常に申し訳ない言い方だが

真空管アンプはSP をドライブするのでないと思う。

本当のドライブというと

ステーシスの時に思ったが、

地響きを立てるような轟音をこもらすことなく

表現させてこそ、ドライブであり

低域らしきものが出ていない真空管アンプであれば

ドライブするという運転技術を駆使する局面に遭遇しない。

SPのほうが、勝手に鳴らしてくれる。

 

ところが、このステーシスのパワーであっても

どこかに書いたが

ここまでのパワーは却って良くない。

悪くすると、低域振動麻痺を起す。

真空管耳と同じというか、逆現象で

わずかな振動では、耳が反応しなくなる。

その振動・轟音の迫力じゃないと

聴いた気がしないとなり

これは、これで、耳にもよくないし

CD 本来の音とはいいがたい部分がある。

 

と、いうのが、代理と高橋の結論で

当方には不向き。と、考えた。

むろん、音は素晴らしいアンプであるが、

アンプに牛耳られてしまうというのは

真空管アンプとさして変わりがない。

 

これでは、CDPの違いや性能が判らない。

 

システムとしては

鑑賞用ということになる。

 

実際、A氏が真空管アンプでは、SPが、ちゃんとなる。

と、いうので、

高橋はあっさり、答えていた。

 

「それは、真空管アンプの音ですよ」と・・・。

このたとえだけではわかりにくいと思う。

 

すごいケーブルに変えたら音が良くなった。

「それはケーブルの音ですよ」

 

そう、システム自体の性能は何も上がってないのに

一点だけの音を聴いているという考えはない。

 

結局、音の入口であるCDPから

出口であるSPまで

そのパイプであるアンプが牛耳ってしまっている。

 

本来、レコードの時でも、

どうやって音を良くするかとトーンアームを替えたり

いろいろ、触った人がいると思うけど

今はCDPになって簡単に触れなくなっている。

 

アンプはCDP から、送られてきたデータを

忠実にSP に伝えるのが良しなのに

CDP自体がまともな性能を出していない。

 

このため、アンプに頼るしかなくなったと思うし

SPも然りだとは思う。

 

だが、LTDまで持ってきた今

変なアンプは余計にLTDの性能を判らなくしてしまう。

 

あくまでも、忠実にCDPの音を伝えるだけで

良い音が出ているわけだ。

 

そこが、判っていないという処で

真空管アンプだと音が出ると考えてもらっては困るのだけど

どうしても、

真空管アンプだときちんと表現できるという考え方をしてしまう。

 

今回のCD事件で思うのはそこだといっていい。

 

いかに、CDのデータを忠実に表現しても

真空管アンプの色づけ能力に染められて

ぼろぼろのデータさえ、良いように表現してしまえるというのはどんなものだろう?

 

いわば、口で歌っているだけの歌手が真空管アンプであり

一見声が良いので、口だけなので深さや厚みという声量がでてないのを

声量がないときがつかせなくしてしまう。

ちょっとの声にエコーマイクを入れて増幅させている。

と、いうイメージなのである。

 

これをして、表現できるというのは、無理があると思ってしまう。

 

こういうのは、ちょっと、違うと思うが6LTD でマライア・キャリーのあるCDを聴くと

裏声を駆使して、喉を振り絞り、かすれた部分がでてきて

必死に歌っているのが判るのだが

850音質改善版できくと

何の苦労もなくあっさりとうたってしまうように表現されてしまう。

こんなに上手に?軽々と歌ってない。

このこともあって、きれいに的確な音が出ていることが

現実ではないと思うようになった。

 

真空管アンプもいわば、そういうことなのだと思う。

真空管色に染めることで

人間の情緒・情感部分を刺激して

現実でないのが判らなくなる。

 

つまるところ、補正効果に優れている

ごまかしてしまう。

 

のである。

その巧みなごまかし戦術にのみこまれてしまうと

真空管アンプでは音が出る

と、思い込んでしまうことになる。

 

たぶん、真空管アンプもトランジスターアンプもという人は少なく

真空管アンプに移行してしまった人は

真空管アンプ一本やりの人は

たとえば、マライヤの「ソウル」に触れることは無いだろう。

 

高橋としては

WADIA 850 音質改善においても

そのあたりは、非常にきにしていて

LTD化にあたっては

深み、厚みを引き出すことで

正直、6LTDほどではないが

マライヤの「ソウル」ともいえる必死な歌声が出てくるようになっている。

 

良いCD と良いCDPに巡り合いながら

「真空管の音を聴いてるだけですよ」は、非常にさびしい。

わざわざ、口だけの歌手にしてしまうことはなかろうにと思ってしまう。

 

たぶん、ここでどれだけ代理がわめいても

6LTDとCDPの音を忠実に伝えるアンプとアンプからのデータを忠実に再現するSP という

三つ巴を聴かない以上は、

真空管アンプをくさしてるとしか思われないだろう。

 

だが、こういうシステムを組んでしまうと

逆に真空管CDPによる真空管の音の良さも良くわかる。

むしろ、変にごまかしてしまう真空管アンプより

トラアンプで真空管CDPの音を忠実に再現したほうが

より、真空管の良さが出てくる気がする。

 

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