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古代王朝の存在が匂う場所。(再掲載)

2016年12月13日 | 歴婆の勝手な解釈

古代天皇の系譜として、

ウガヤフキアエズ王朝を持ち出してきている代理であるが

この出典は皆さまよくご存じのことと思われるので、

省くこととして

このウガヤフキアエズ王朝があるいは、鵜草葺不合命が、

存在していた場所は

単純に九州日向だと考えている。

と、いうのが、

福井県三方郡(現在、若狭群?)三方町(三方上中町?)に

宇波西神社という神社があり

この祭神が鵜草葺不合命なのですが、

この宇波西(うわせ)神社の名前は

西からの波に乗ってきた宇(宇宙の宇というように、広大な存在をいいますので、単純に神のような人)

神の様に尊い方が、西から流れ着いた。

と、いうことだそうです。

 

それだけで、鵜草葺不合命の元いた場所が日向だったというのは無理があります。

この神社のある場所は、昔は三方五胡(六湖説あり)のうち、久々子湖のほとりだったのではないかと思うのです。

そして、海に面したところは美浜という場所に成ります。

その近くに日向湖(ひるが)という湖もあります。

ここで、あれ?と思うわけです。

日向(ひゅうが)

日向(ひるが)

「ひゅうが」と発音したとき

「ひるが」と、きこえなくないのです。

これは、西からの波に乗ってきた宇がこの土地を見たとき

「ひゅうが」だ、と、言ったか、

「ひるが」の土地を指していうときに

「ひゅうが」(のようなところ)と言ったかではないかと思うのです。

 

神様が「ひゅうが」というので、

あそこらは、「ひるが」ということにしようと、なったのではなかろうか?

と、なると、

逆推理をしますと、神様は「日向」付近に居た。と、言う事に成ります。

 

それだけでは、まだ、偶然ぽい誰かわからない神様ということになってしまうのですが、

この神社には

「王の舞」という伝統行事が残っています。

その名前からして、王なわけですから、

ますます、ウガヤフキアエズ王朝に近づいてくるのですが・・・

さらに、

この「王の舞」の内容が、まるで、海幸彦・山幸彦の争いを継承しているかのようです。

http://www.fukui-c.ed.jp/~cdb/gyouji/ounomai/

より、抜粋。

舞は五方に力強く鉾を突くように舞うもので、三遍返し(さんべんかえし)・本舞・雀踊り(すずめおどり)・ニギリメシなどと呼ぶ動きがあります。

舞の間中、おおぜいの警固(けいご)が舞人のまわりをとりまき、人を寄せつけないように気を配ります。

これは舞人を転倒(てんとう)させると豊年(豊漁豊作)になるという言い伝えがあるので、すきをうかがう者が多いためです。

*豊漁豊作と一言でかいてありますが、

海側の人間と山側の人間があり、海側の人間が王を転倒させると海側が豊漁

山側の人間が王を転倒させると、山側(地面側?)の豊作ということになっていました。

 

これは、王という名前に象徴されるのが、政権であると考えると

まさに海幸彦と山幸彦の争いで有り

あるいは、この争いにより、鵜草葺不合命王が日向から流されてしまったと、考えると

鵜草葺不合命の亡命理由というか、この土地に来ることになった真相ということになり

元から似たようなもの(踊り・舞)があったものに、かぶせて(隠れ蓑にして)、伝承しようとしたようにも思えます。

 

すると、うがやふきあえずという名前も実は皮肉な名前にも読み取れなくはない。

宇が家(世)ふきあえず

吹くという言葉の中には、芽が吹くというものがあり、

宇(前述の宇)が世の中を収めていく、その芽から摘み取られた。

とも、解釈できるわけです。

 

が、実際のところ、

山幸彦(父親)が鵜草葺不合命を流すということは、考えにくく

海側の人間・山側の人間という

王の舞でなぞらえられる「存在」が有ったと思う。


 -続きます。-

 

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